お使いのブラウザは最新版ではありません。最新のブラウザでご覧ください。

CNET Japan ブログ

アニー・ホール

2011/07/21 10:30
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

プロフィール

クロサカタツヤ / KUROSAKA, Tatsuya

インターネットや通信、放送サービスが大きく変容する中、産業、政策、技術開発等の最新動向や、情報通信サービスと社会の関係性を考える上での「新たな視点」を、さまざまな分野でコンサルティング活動をしているクロサカタツヤ氏がお届けします。
ブログ管理

最近のエントリー

他人様の陰口を聞かされた。その中身があまりにつまらなすぎて、途中から話もろくに聞かず、でも聞いたふりをしていなければならない義理もあったので、「なぜこの人は陰口を叩いているのだろう?」とその構造をぼんやり考えていたら、そちらの方がおもしろくなってきた。待ち人も来ないので、思い出しながらエントリを起こしてみる。
 
陰口はいつ生まれるか。大抵は、自分の思い通りにならなかった時にオギャアと産声を上げるわけだが、陰口を叩く人はなぜ面と向かって批判しないのか。
 
私とて聖人君主ではなく、おそらくこのエントリを読まれている皆様も同様であろうから、皆で胸に手をあてて考えてみましょう。陰口を叩く理由として「相手に対する配慮」を挙げた人、まだまだ修行が足りません。そんなのは大抵の場合は建前です。
 
さておき。まず陰口のモチベーションの所在を探ると、
 
・とりあえずカタルシスを得たい
・しかし相手の方が社会的(ゲームの外部)立場は優位
・だから自分が憤っていることを相手や公に知られるのは不利
 
というあたりだと思う。この際、立場の優位性というのは、表面的なプレゼンスみたいなことだけじゃなく、たとえば「選挙を控えた議員にとっての有権者」みたいなことも含まれる。抽象化していえば、陰口を言いたい人の社会的生存を脅かす潜在的権力構造をも内包しているってこと。
 
ところが、これは大抵の場合、興奮状態と情報の非対称性がもたらした錯覚であることが多い。つまり、陰口を叩きたくなる状態の場合、すでに相手も同様の状態にある可能性がある。というか大抵そんなもんである。
 
だとすると、先手を打って公に批判を展開し、相手を潰してしまった方が勝ちということになるが、ゲームの外部からすればそれは結局「痴話喧嘩」であることが多い。ならば相手を瞬殺できるほどの話ではなく、従って表立った批判では共倒れを引き起こすことが容易に予期される。というわけで実際には、表立った批判にはなかなか結びつかない。これこそが「陰口」の誕生である。
 
陰口のおもしろさの真骨頂は、この「囚人のジレンマ」な状況が、「カタルシスを得たい」という初期のモチベーションを強化するということ。批判したい、でもできない、だから陰口を言う、でもそれは何にもならない、なのでさらに陰口を重ねる。そんな循環に拍車がかかる。そこがまた、陰口の燃料となる。
 
この状況になると、陰口の性質も、単なるカタルシスではなくなっていく。来るべき決戦の時に備えて、相手の様子をうかがいながら、また周囲を見ながら、敵の敵は味方というロジックでラポールの形成を図ろうとするのである。私が聞かされた陰口というのも、そういうことなんだろうと思っている。
 
そして構造自体が耐えきれないほど、循環が大きく強く高速になったその時に、何が起こるか。政治のアナロジーで言えば、それが政局ってことですね、はい。外部とはいえ砂かぶりのポジションでゲームを観察している人たち(新聞記者等)が、政局を好物とする理由も、たぶんそこにある。人の不幸は蜜の味、火事と喧嘩は江戸の花。
 
そう、陰口を巡る駆け引きというのは、実は当事者ではなくウォッチャーのポジションを得ることが、一番楽しい。そして「ゴールドラッシュで一番稼いだのはGパン屋」理論に基づくと、そのポジションで騒いでいるのが、たぶん粛々と儲ける王道である…おや、待ち人が来たようだ。
 
そんなわけで、あなた方の陰口合戦に、どうぞ巻き込まないでいただきたい。でも陰ながら見守ってますよ。ムフフ。
 
タイトルは、ウディ・アレンの傑作から拝借。映画を観た方なら、なんとなく私の気分を察していただける、かも。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
運営事務局に問題を報告

最新ブログエントリー