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昨今の政治状況を踏まえて

2011/06/02 10:00
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プロフィール

クロサカタツヤ / KUROSAKA, Tatsuya

インターネットや通信、放送サービスが大きく変容する中、産業、政策、技術開発等の最新動向や、情報通信サービスと社会の関係性を考える上での「新たな視点」を、さまざまな分野でコンサルティング活動をしているクロサカタツヤ氏がお届けします。
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諸般の事情で禁足的な状況になったので、ここ数日の政治状況について、日記的ニュアンスでメモを残しておこうと思う。といっても私は政治学を学んだわけでもなく、国政とはせいぜい間接的影響しか受けない程度の関係なので、あくまで個人的なメモである。
 
まず、不信任案が成立するかは、正直判断がつかない。ただ、判断がつかないという程度に状況が拮抗しているようには見える。数日前には周囲も含め「まあ不成立でしょ」と見立てていたので、ここ数日で事態が大きく動いたのは確からしい。そして、こうした目先の攻防を支える背景として、案外不信任案の成立や解散もありえるのかもしれないな、と思わせるだけの文脈の存在も、見え隠れしている。
 
一つは、菅首相のマインドセットが、すでに玉砕気分であるように見えること。現在の状況を踏まえて解散すれば現政権側(という括りも実際には詳細な定義が必要だが、ここでは割愛する)はほぼ敗戦必至だが、それでもなお党内を締め付ける材料として、解散をチラつかせている。一方締め付けられる側は、沈み行く船からは逃げ出したいので、来るべき選挙に向けて現政権とは一線を画する動きを取らざるを得ない。
 
すなわち、現政権が解散をちらつかせるほどに不信任と解散を同調する与党系議員が増えるという循環構造に入っているように見える。そして6月2日午前10時現在、その台風は勢力を増しているようだ。
 
もう一つは、世代交代への力学が働いている気配を感じる、ということ。これも諸々の詳細は割愛するが、どうやら与党には与党、野党には野党なりの、内部での権力闘争があり、これを期に世代交代(とそれを作り出し支えることで得られる隠然とした権力の獲得)を目指す向きがあるようだ。
 
こうした力学は与党側にも存在していて、与野党いずれも歩調を合わせているというのは、一方の世代交代させられる側にとってみれば脅威であり、対立構造が成立する。当然ながら交代させられる側が実権を握っている以上、こうなれば実権を握る者としては、伝家の宝刀を抜かざるを得ない。
 
さて、このように書くと、いかにも永田町の論理を振りかざす、お山の大将ごっこのように見える。確かにそういう側面は大いにあり、被災地が苦しみ続けているこのタイミングで茶番を繰り広げるのか、という理知的なあきれ顔を浮かべるに十分足る話ではある。
 
それでも現在の政治状況に何らかの希望を見出したい。そうでなければあまりに悲しい。というわけで若干無理があるものの、私は今回の政争を、実は国家権力を争うガチンコの戦いであるように見立てている。
 
実際、これまで凡そ〈政局〉と呼ばれてきた政治状況は、それが表面化した段階ではすでに決着がついており、勝つ者が勝ち負ける者が負けるという、いずれも予定調和的な代物でしかなかった。かつての「加藤の乱」とて、すでに乱として表面化した時には、そちら側にしか進みようがないという蓋然の産物であったと、私は思う。
 
しかし今回は、どっちに転ぶかはフタを開けてみないと分からない、という状況にある。そして現時点で最高権力の座にある首相は、解散総選挙に踏み切る覚悟があるようだ。
 
だとすると、私たち国民の側にボールが投げられる、ということである。しかも今回は率直にいって、現職も候補者も、選挙に向けた十分な準備ができていない。つまりあちこちで、互いが互いを素手で殴り合うような、ガチンコの選挙が行われる可能性があるということだ。
 
ならばこの状況は必ずしも否定されるべきものではない。この先の日本の雌雄を決める重大な局面で、いきなりボールを渡された国民の側は当然戸惑うわけだが、しかし私たちの選好がより直接的にこの国の意志決定に反映される、おそらく数十年に一度しか訪れない機会である。むしろ私たちはこの政治状況を歓迎すべきものとして、覚悟をもって受け入れるべきではないだろうか。
 
そしてこれは、被災地においてもまったく同様だと思っている。
 
4月に入ってから隔週くらいのペースで被災地に足を運び、自分なりに被災者と向かい合っているつもりの人間として、この2ヶ月強の間、私はにわかに苛立ちを感じていた。復旧・復興に向けた動きが遅々として進まず、被災地ごとに状況がまだら模様となる一方で、東京以西の関心が緩やかに被災者から離れつつあることに、もはやこの国は国としての体さえもなしていないのではないか、と憤っていた。
 
しかし、被災者にも国民としてこの国の将来を決める参加してもらう機会として、この政治状況を位置づけられるのかもしれない。だとすれば、このタイミングでの不信任案可決と解散総選挙は、いかにも強制的かつ乱暴な方法ではあるが、むしろこの局面を踏まえた方が、「急がば回れ」的な事態の打開につながる可能性がある。少なくとも私はそう信じたい。
 
もちろん現時点では、状況がどうなるかは、まるで分からない。ただ、この国の将来を決める時期が近づいているのは、どうやら確からしい。そして突然やってきた機会に対して、意志決定に残された時間は少ない。だからこそ〈自分にとって〉よりよい選好ができるよう、私たちはもっとこの状況を直視し、また自らがこの国に何を求め、またそれに向けて自らが何を果たせるのかを、考え、また議論するべき時なのだと思っている。
 
少なくとも私は、現在の政治状況に、シニカルになるのは、やめようと思う。



※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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