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続・なぜ長崎は選ばれたのか

2010/08/10 16:21
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プロフィール

クロサカタツヤ / KUROSAKA, Tatsuya

インターネットや通信、放送サービスが大きく変容する中、産業、政策、技術開発等の最新動向や、情報通信サービスと社会の関係性を考える上での「新たな視点」を、さまざまな分野でコンサルティング活動をしているクロサカタツヤ氏がお届けします。
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昨日のエントリ(なぜ長崎は選ばれたのか)に、twitterやたまたま昨日お会いした方から、多くの反応をいただいた。
 
お会いした方とはその真意をじっくりとお伝えすることができたのだが、twitter方面は私の言葉足らずと、そもそも相対する時間が取れなかったこともあり、私がどこに疑問を感じているのかがなかなか伝わらなかった。せっかくコメントをたくさんいただいたのだし、いい機会なので整理しておこうと思う。
 
 

私の立場と疑問を改めて

 
まず私の政治的立場を改めて表面しておくと、私は原爆はできることなら無くなった方がいいと思っているし、一方でそれは当面無理だという現実も理解している。そして原爆を投下すること自体は人道に対する罪に等しいと思っているが、国際法に則ってその罪を問うべきだと言うつもりない。さらに言えば、戦後の日米同盟を、平和と繁栄の礎として原則的に肯定・是認する者である。そしてそんなアンビバレントさを適当に受け流しながら生きている、どこにでもいるであろう現代日本人の一人である。
 
さて、昨日のエントリを受けてtwitterでは、
 
・天候の影響
・地形が適していた
・現場の混乱
・三菱の工場があったから
・いくつかの候補地からたまたま選ばれた
 
といったご指摘をいただいた。これらは凡そ世間で言われている理由やWikipediaに書かれているような諸説であり、この問題に関心がある身として、私自身はこうした諸説は概ね把握しているつもりである。そして率直に申し上げると、それらはすべて、私の疑問を何ら解決するものではなかった。
 
そもそも私の疑問を改めて整理すると、
 
・なぜキリスト教が多数派を占める米国の軍隊が、
・同じ宗教を信じるキリスト教コミュニティである長崎に、
・原爆という大量無差別殺戮兵器を投下し、
・よりによって非戦闘員を殺害したのか?
 
ということである。この観点から上記の諸説に対峙すると、まず天候や地形に関してはその如何に関わらず、そもそも候補地として選ばれていること自体が不可解である。また現場の混乱というのは可能性としてあるが、原爆投下といった重大な軍事作戦を混乱した現場に決定させることは正規軍(しかも勝っている方)では可能性は小さい。
 
その軍事作戦の観点からすれば、三菱の工場があったというのは重要な要素だ。しかし昨日のエントリでも指摘した通り、それならば軍港・佐世保を攻撃する方が遙かに合理的であろうし、キリスト教徒の非戦闘員を巻き添えにする可能性も遙かに小さい。
 
というわけで、諸説の妥当性云々ではなく、そもそも問題と回答の性質が異なっているがゆえに、すれちがっているのである。
 
 

私の疑問の前提

 
ならば私の疑問の前提を、改めて整理しておかなければなるまい。
 
まず原爆の投下は、非戦闘員を狙った大量殺戮であり、国際法の精神に反する非人道的な戦闘行為である、と考えている。そんなこと誰でもやってるんじゃないの?という指摘はある程度妥当なのだが、原爆投下のような象徴的意味を強く有する軍事作戦は、その歴史的影響を考えればおいそれとするものではない。実際日米関係はそれによって大きなしこりを残したままであることが、なによりの証左であろう。
 
まして原爆投下は、敗色濃厚の中で追いつめられた弱者の暴発ではなく、その数日後には勝ち名乗りを上げることになる正規軍によって行われた軍事作戦である。原爆投下という作戦そのもの、そしてその投下予定地の選定に、無思考かつ無遠慮であったと考えるのは、あまり合理的ではない。
 
その上で、その時点ではまだ敵国だった日本に対しての攻撃という文脈だけなら、理解不可能とは言い切れない(これも歴史的には1945年8月9日時点ですでに日本は実質的な降伏状態だったのではないか、という反論も成立しうると思うが)。しかしそれなら、キリスト教コミュニティの存在する長崎ではなく、他の土地を選べばよかったのではないか。しかし彼らはよりによって長崎にいる宗教上の同胞を殺傷することを選んだ。
 
すなわち私は、米国による長崎への原爆投下は、あえてスキャンダラスな物言いをお許しいただければ、いわば「兄弟殺し」のように思える。それゆえ、広島への原爆投下とは、その社会的な意味合いが明らかに異なるように感じているのである。
 
 

メッカではなくカルバラーとしての長崎

 
この前提をご理解いただいた上でのご指摘も、いくつかあった。一つは「米国はプロテスタントであり、長崎はカソリックである」というもの。つまり長崎と米国は兄弟ではない、という論旨である。確かに分からなくはないのだが、しかし1945年当時の米国社会の(この分野に関する)社会的多様性や重層性を考えれば、カソリックを軽視していたという見解には、簡単には同意できない。終戦後ほどなくしてカソリックのJ.F.ケネディが大統領に就任することからも、そのあたりはうかがい知れる。
 
また、「政教分離の社会における意志決定とはそういうものでは?」というご意見もあった。つまり、勝つためには兄弟殺しもやむなし、ということである。確かに日本はかつて仏教徒の同朋を殺し合う戦争を繰り広げていることから、こうした見解も分からなくはない。しかしこれはある意味で日本的(あるいはアジア的)宗教観・社会観であって、キリスト教的な宗教観においてそこまで問題を単純化できるとは、やはり思えない。
 
その中で比較的に理解できたご指摘は、「日本におけるキリスト教コミュニティの存在と影響は相対的に小さい」と米国が認識していたのではないか、という仮説である。欧米社会(特に英米文化圏)にはイザベラ・バードの時代から「日本にはキリスト教(という至上の価値観)がない」とされてきた先入観があることからこうした認識が形成されやすく、また浦上天主堂は隠れキリシタン起源であることから占領統治にも利用しづらい、という合理的判断があったのではないか、ということである。
 
前回のエントリで「長崎への原爆投下はタリバンがメッカを攻撃するに等しい」というアナロジーに触れたが、メッカではなくカルバラー(シーア派の聖地)である、というようなことである(このご指摘も同一の方からいただいた)。私自身は、戦前の日本におけるキリスト教が海外からどのような評価を得ていたのか、あまり状況に明るくないため、判断できない点もあるが、私が知り得た中では最も自然な見解でもあった。
 
 

もう一つの課題

 
もちろんこれらのご指摘だけでは、私の疑問にあくまで仮説が呈されただけである。今後その検証を行わなければ、「腑に落ちる」というところまでは程遠い。そしてその取り組みが実際にできるかは定かでない、というより多分できないだろうというのが、日々の多忙に流される怠惰な私の実像でもある。
 
従って以下は、「この仮説が妥当だとすると」という仮定の話なのだが、太平洋戦争というのは実際のところ宗教戦争(あるいは価値観の戦争)だったのではないか、とも思えてくる。すなわち、神道や仏教にその精神的支柱を求める「日本的価値観」と、プロテスタントを背景とした「米国的価値観」の衝突、である。
 
実際、米国が占領統治下で導入した平和的民主主義(権力の源泉を一義的に暴力に求めない民主主義)をはじめとする価値観は、西洋というよりはむしろ米国のプロテスタンティズム思想(あるいはその中でもさらに先鋭的な思想)に近いような印象がある。当時の東宮(今上天皇)の家庭教師に、クエーカー教徒であるバイニング夫人が選ばれたのも、さもありなん。
 
ただ、仮説の上に仮説を立てる話で恐縮だが、だとすると戦後の日米関係というのは根本で「ねじれ」を内在している、とも私には思える。それは、日本がすでに明治維新以降に近代化を果たしており、その礎は神道や仏教といった日本的価値観「ではなく」、欧州の近代化精神にあったからだ。
 
それこそキリスト教的な価値観の直接的導入は、カソリック、プロテスタント、正教会等によってもたらされていた。また近代国家観による国家統治メカニズムの模倣、あるいは大陸法や欧州式軍隊の導入といった具体的施策の背景にも、当然欧州におけるキリスト教的な価値観を見出すことは容易であろう。すなわち欧州の近代化精神の導入に伴い、その背景にあったキリスト教的な価値観も、少なくとも幾ばくかはセットで導入されていたはずだ、ということである。
 
そうした西洋文化を背景とした社会基盤と歴史(なにしろ明治維新から太平洋戦争終結まで100年が経過している)をすでに有していた日本を、あたかも神道や仏教しか存在しない国であるかのように見立て、そこに上書きを施そうとすれば、自家中毒が発生するのはむしろ自然の成り行きでもある。そして、そうした米国による「思いこみ」と、それを正当化する「ご都合主義」の暴走の結果が、長崎への原爆投下だとすると、一応ストーリーとしてはきれいに整理されることになる。
 
 

ねじれの所在と原因を知るということ

 
もちろんこれは前述の通り、仮説に仮説を重ねている話なので、その程度の代物とご理解いただきたい。ただそれは単に私の妄想ではなく、実は業務を通じて得た私の実体験に基づく印象であることを、申し添えておきたい。
 
日本の法治は、戦前の大陸法をベースとした法体系の上に、戦後の米国的ガバナンスを取り入れており、実のところあちこち矛盾がある、と私は理解している。すべてを指摘することはできないが、私の身近なところでは、著作権行政しかり、放送行政しかり。どう贔屓目に解釈しても、制度と運用がかなり大きくねじ曲がっているのである。
 
その根本をすべて占領統治とその背景の齟齬に求めるのは、さすがに強引かつ無責任すぎる議論であろう。なにしろここは私たちの国なのだから。ただ、「一度作った法制度は原則としてきっちり守っていく」という日本の法治精神を踏まえると、その根っこの部分に何らかの要因の一つがあることも、否定できないと思っている。
 
そのすべてを抜本から今すぐ変えよう、といった急進的な動きをするのは合理的でないと思っている。だから私自身は今のところ、その必要性は認めつつも、憲法改正に前のめりになるつもりはない。ただ、少なくともどこにねじれがあって、その理由が何なのかを知っておかないと、現場の運用の解きほぐし方もおぼつかないと思っている。
 
その意味で、一番最初の問いである「なぜ長崎は原爆投下の候補地となったのか」という問いが、もしかするとそのねじれの象徴なのかもしれないと思っている。だからこそあえてその歴史の真実を知りたいと思うのである。つまりこれは私の仕事にとって、単に過去の話ではなく、現在の問題なのである。
 
 
これ以上は議論を進める材料を持ち合わせていないので、このエントリはこれにて終了しようと思う。ただ、政策や制度設計に関わる方とは、できれば共有したいアジェンダだと思っているので、そうした方面に関心のある方で何かお考えのある方は、引き続きご意見をいただければ幸甚である。それこそが、日々の多忙に流される怠惰な私を、少しだけ前に進める原動力になると思うので。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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