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未来は今

2009/10/11 07:40
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プロフィール

クロサカタツヤ / KUROSAKA, Tatsuya

インターネットや通信、放送サービスが大きく変容する中、産業、政策、技術開発等の最新動向や、情報通信サービスと社会の関係性を考える上での「新たな視点」を、さまざまな分野でコンサルティング活動をしているクロサカタツヤ氏がお届けします。
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オバマ大統領のノーベル平和賞受賞に驚いたので記念にエントリを一本。情報通信とは直接あんまり関係なさそうだけど、テレノールが実は世界的に展開しているとか、環境が次のキーワードになってきていることとか、私の頭の中では疎結合している。
 
 

思い切ったノルウェー国会

 
まず前提を揃えておくと、ノーベル平和賞はノルウェー国会が選んで決める。他は全部スウェーデンのアカデミーや研究所や銀行が決めるので、平和賞だけ異質なのは昔から指摘されてきたこと。
 
その上で私の第一印象はこんな感じ

うわ、ノルウェー国会、随分と思い切ったなあ。要はこれ、「イランにイスラエルを攻め入らせるな」という事前警告でしょ。やるもんだね。そして試される米国。

twitterへの書き殴りなので日本語が雑だが、カッコ内で言いたかったのは「イスラエルにイランへの侵攻をさせるな」ということである。これについて、カントリーリスクを日頃眺めているような人でなければちょっと分かりにくいと思うので、回りくどいが補助線を引いておく。
 
まず今回の受賞は、

  • 基軸通貨としてのドルの地位低下
  • 米国経済の歴史的なダウントレンド突入
  • 新たな資源権益確保への世界的競争(一部はもう戦争)の突入

というあたりとセットで見ておくべきだろう。もちろん「ウラで全部つながっているんだ!」という陰謀論ではない。あくまで、世界のトレンドとしてそちら側に向かっていることの一環だということで。
 
そもそもノーベル平和賞自体、非常に政治的な色合いの濃いもので、中立公正でもなんでもない。佐藤栄作、キッシンジャー、金大中、と過去の受賞者を並べただけでも、むしろオモシロ方面なのは一目瞭然。
 
とはいえ別にウケ狙いでやってきたのではなく、それぞれのタイミングにおいてそれなりの政治的意味を持ってきたのは間違いない。そしてそれは、ノルウェー国会がどこかのエージェントだということではなく、彼らなりに平和を希求した結果なのだと思っている。
 
 

平和を戦略物資とするノルウェー

 
ではノルウェー国会というのは、日本にひけをとらない平和ボケの脳内花畑ピーポーなのかと言うと、そんなこたあない。元祖平和ボケであるところの日本人には極めて分かりづらいので誤解の種なのだが、日本人は平和を所与のものと位置づけるのに対し、彼らは能動的に平和を構築しようとする。
 
たとえば、オスロ合意というのを覚えているだろうか。もう15年前になるが、歴史上、パレスチナとイスラエルが最も親密に接近したことがあった。PLOのアラファト元議長とイスラエルのラビン元首相が、紆余曲折の末、握手をした。この手引きをしたのがノルウェーである。
 
なぜノルウェーは平和を求めるのか。もちろん平和は誰しもが望むことだが、彼らには強いモチベーションがある。理由は単純で、平和じゃなきゃ食えないし、生き残れないのだ。北欧諸国全般がそうした立ち位置だし、特にノルウェーの場合は、北海油田を有する西欧諸国の中で最大規模の産油国である。そのあたりはこちらのリンク先が詳しい。
 
石油や天然ガスを持っているなら、有事の方が値段上がっていいんじゃないの?といううがった見方もあるかもしれないが、それは大間違い。そんなものは短期的なボラティリティに過ぎないし、ボラティリティがリスクなのは言うまでもないこと。基本的には平和という礎の上で順調に世界的な経済発展が進まなければ商売にならないのである。
 
無理矢理ここで情報通信ネタを突っ込むと、ノルウェーにはテレノールという通信キャリアがある。たかだか500万人の人口しか有しない同国だが、このキャリアの契約数は1億人を超えている。つまりかなり大がかりに世界展開しているのである。東南アジアも彼らの市場だし、グラミンフォンを立ち上げたのもテレノールである。このあたりからも分かるように、彼らのビジネスの基本は、すべて平和を戦略的に位置づけなければ成立しないのだ。
 
 

米国時代の終わりなのか

 
従って、彼らなりに平和の構築を目指すのが、彼らの繁栄のための国是となる。しかし一方で、人口500万人の小国では、自力でそれを構築することは当然できない。だから誰かに委託することになる。その手段としてのノーベル平和賞なのだ。
 
ただ、「授与する=委託する」と考えるのは、それはそれで単純過ぎる。むしろ最近の彼らは、平和賞を「牽制」の材料として使っているフシがあり、そこがオモシロ要素をもたらすところでもあるのだが、そこで意識すべき事項が、冒頭に挙げた世界的な経済トレンド。
 
率直に言って、パックス・アメリカーナによる世界平和の構築は、もう限界だと彼らは考えているのだろう。なにしろ米国は、動きこそハデだが、ベトナムからこっち、全然戦争に勝てていないという事実がある。ここ40年くらいで米国が勝った戦争って何だっけ?ノリエガの逮捕?第一次イラク戦争?どちらもビミョー、みたいな。
 
その米国の現在の懸案事項は、イランとアフガン。このうちアフガンに関しては、多分増派しないと撤退できないし(撤退戦とはそういうものだ)、撤退しないと次の展開がないから、増派はやむなしだと思う。問題はイランで、特にイスラエルがイラン侵攻について「ええんか?ええのんか?」とツルコー師匠みたいな状態になっているのは、BBCあたりを定期的に観ている方ならご承知の通り。
 
このあたりは、おそらく世界平和と資源問題の今後を決める分水嶺になる。その紛争解決を、ノルウェーはもはや米国に委ねたくないということなのだろう。戦争に勝てない、経済力も落ちている、まして中東産油国が「脱米ドル」をはじめている。陰謀でもなんでもなく、もう世界が米国をそんなふうに見つめているのだ。
 
 

でもその先は藪の中

 
それにノルウェーは米国に対して忸怩たる思いがある。15年前のオスロ合意も、おいしいところを持っていこうとして、最後にグチャグチャにしたのはどこの誰か、そもそもオスロ合意なのになぜホワイトハウスでクリントン元大統領を仲人に握手しているのか、という話。しかもラビン元首相が暗殺された年に、吉川晃司の代表曲が、大統領執務室から聞こえたとか聞こえないとか。それなんてモニカ。
 
そんなこともあって、今度こそ米国は牽制しなければならない、でも米国には委託できない、というところで、じゃあとりあえず牽制のところまではやっておきましょうかね、というのが今回の平和賞なのだろう、と私は思っている。なにしろオバマ大統領にも、あたかも現場中継の間にスタジオで鼻くそをほじっていたニュースキャスターがいきなり画面に戻されたがごとき戸惑いがあったようにお見受けする。うまいことやるもんである。
 
問題は、このままのこのこと引き下がって米国は衰退の一途を辿るのか、あるいは挽回の余地があるのか。さらには欧州を中心とした人々が多極化を含めた新秩序を作れるのか。見物といえば見物なのだが、ぼくらとかぼくらの子どもの世代の運命は、そのへんで決まることになるだろう。そしてそこに関して明確なビジョンがあるかというと、まったくなさそうな気配濃厚なのが現時点だろう。率直に言って、私は不安だ。
 
さておき、平和を(能動的に)求めるってのは、それすなわち戦いなのだという、なんとも人間の矛盾を感じさせる、なんともビミョーな平和賞だな、と思う日本の私なのである。そしてこのタイミングでヒラリー・クリントン国務長官が訪欧。もう鼻血が出そうな展開である。出ないけど。
 
タイトルはコーエン兄弟の作品からそのまま拝借。もしかするとこの映画が、我らがジャパンの道を示しているかもしれない。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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