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日本は今

2009/04/30 01:14
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プロフィール

クロサカタツヤ / KUROSAKA, Tatsuya

インターネットや通信、放送サービスが大きく変容する中、産業、政策、技術開発等の最新動向や、情報通信サービスと社会の関係性を考える上での「新たな視点」を、さまざまな分野でコンサルティング活動をしているクロサカタツヤ氏がお届けします。
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日本はもう立ち直れないらしいという話がtumblrで流れてきたので、「そうですね」と棒読みしてみるエントリでも書いてみる。タイトルはコーエン兄弟の若かりし頃の作品から。

まず日本が立ち直れるかどうか。私自身の考えは、昨夏に書いた拙稿で、経済理論に則った結論を概ね出している。かいつまんで約せば、

  • その前に米国がヤバイ
  • 「巨大で立派な新興国」である米国の社会基盤の方が脆弱
  • 米国がアルゼンチン化するのではないかと心配でたまりません
  • でも日本もある程度は傀儡っぽいところがあるのである程度はヤバイ
  • まして日本にもダメなところは相変わらずいっぱいある

というわけで、何も努力せずに安全安心安定成長を続けられる国なんて、いまやどこにもないんだよ、という結論となる。今日の繁栄とて泡沫のものよ、というのは去年のガソリン高騰で思い知ったわけだが、より構造的な問題という意味では、たとえば待機児童の多さなんて話もそのあたりの文脈で引っ張ってこれるだろう。

その上で「おもしろいな」と思ったのは、在外邦人(特にベイエリア在住の方々)による日本批判というのは、何ら日本社会にコミットしていない人たちによる身勝手な意見だ、という反論があちこちから噴出したこと。

二昔前くらいなら、シリコンバレー礼賛の空気がネットを支配していて、そういう反論が出てくる余地はあまりなかったように思う。そう考えると、いろいろ変わっているんだな、というのがまず最初の感想。

一方で、身勝手だという反論も、私自身はほんのりと「なんだかな」と思うところがあった。というのは、家族の転勤に帯同したなどの事情ならいざしらず、自らの意志で日本を離れた在外邦人は、日本にいるのが辛くなって海外に出て行った、いわば脱北者のようなものだと私は考えているからだ。

だとしたら、そんな彼らが脱北者が北朝鮮の悪口を言うのは当然だし、正面から対峙したところで、そもそも位相のねじれた着地点のない議論が展開されるのは容易に想像がつく。というわけで私としては冒頭の通り、「そうですね」と棒読みするしかないのだと思うのだ。

もう一つ、仮に彼らが脱北者だとしたら、そんな彼らに目くじらを立てて「黙れ帰れ」と反論するのは、逃げたい人を「逃げるな」と押さえつけるのと同じような話であり、やはり気持ちが悪い。一般に、逃げたい人には相応の理由があるわけで、それを批判して逃げ場を封じたら、文字通り行き場がなくなってしまう。そんな社会や風潮は嫌いだ。

その反論が、逃げなくてもいい人(つまり強者)のシバキなのか、もしくは逃げられない人による劣等感のカタルシスなのかは、どちらもあると思うし、どちらでもいい。とにかく逃げ場を提供するという意味でも、またそもそもすれ違う議論に無駄な労力を使わないという意味でも、「いろいろ分かった上で黙って愛でる」器量、力量、矜持が必要なのではないだろうか。

むしろ、「日本はダメになる」という大した裏付けもないアジテーションに煽られるオトナがいるとしたら、その人はそもそも社会的、経済的なポジションを有していないということになる。20代であればいざ知らず(いやむしろ20代はどんどん揺さぶられてください)、三十路を過ぎてそんな揺れるオトナたちばかりになっているのだとしたら、そりゃ確かに日本は残念な国になってしまうことうけあいである。

まとめると、他国に借金をしまくって経済(というかドル)を無理矢理維持し、愛国条項で商流を保護主義で縛り、気がつけば街中がスペイン語で溢れかえっている米国も、不惑を過ぎてもなおワクワクしちゃっている日本も、どっちも大変。なので、私たちの世代は何にせよがんばらなければならないのだが、がんばらなければならないことがあるってのは実は幸せなのかも分からんね、という思いを改めて強くした次第。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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