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MVNO・イズ・ノット・イナフ

2009/02/17 00:41
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プロフィール

クロサカタツヤ / KUROSAKA, Tatsuya

インターネットや通信、放送サービスが大きく変容する中、産業、政策、技術開発等の最新動向や、情報通信サービスと社会の関係性を考える上での「新たな視点」を、さまざまな分野でコンサルティング活動をしているクロサカタツヤ氏がお届けします。
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少し前にR25の取材を受けてMVNOについて話したのだが、もう少し補足しようと思っていたら、有難いことにソフトバンクモバイルとイーモバイルの話が出てきたので、そんな話を少々。
 
 

何が問題なのか

まずはソフトバンクモバイルモバイル(以下SBM)の問題をケースにするのが分かりやすいだろう。概要はなんだか盛り上がっているこちらをざっくりご覧いただくとして、そもそも本件は免許制度の根幹を揺るがす事態だ、というのが最初の視点。

賛否はあれど、日本の電波行政は許認可制を採用している。役人憎しといういまの日本のコンテクストだと、どうしても許認可を出す側にばかり注目が集まるが、許認可制とは、それを受ける側の資質の問題も同時に問われて、はじめて成立する制度である。

ということは、許認可をする以上、それを受けた企業は基本的に自分でそれを使うことが前提となる。クルマの免許を考えれば分かりやすいが、免許を受けた人が「この人は運転できるから」と勝手に代理人を立てて運転させてはならないということ。そうでなければ、誰が何の根拠でもってどのような責任の下に誰へ免許を与えたのか、分からなくなる。

今回の場合、総務省は当然、自分でインフラ整備を行い、開発するものだと思って、SBMに対して免許を交付した。実際、SBM が受けている免許は、今回イーモバイルから調達したサービスを(周波数帯こそ異なるとはいえ)自社開発するこたことができる。PHS事業者のウィルコムが異なる技術である3Gを調達するのとは、訳が違うのである。

それを彼らが財務上の都合で勝手に諦めた。従って、免許を受けているのに自社開発できないとなると、そもそもそれは免許を有する資格を備えているのか、という話となる。それが今回の問題の本質である。
 
 

モンスターとしてのNTT

ここで二つの論点が出てくる。一つは現状の許認可制度自体に対する疑義。もう一つはユーザ視点からすれば「そんなの関係ねえ」というもの。

まず前者については、楠さんからもパネルディスカッションの方にトラバをいただいた。通信行政を眺める立場としては、気持ちはよく分かるのだが、そこに手をつけるとなれば、株主の同意を得ながら、キャリアの資本構造をいじらなければならない。僭越ながらいまの総務省にそんな大層な仕事をやる力量はない。

まずもって日本の通信産業を実効支配しているのは、総務省ではなくNTTである。そしてそれは彼らの化け物のような政治力だけでなく、純粋に事業としてがんばった成果でもある。電電公社の民営化で多くの人は、旧電電公社(つまりNTT)の弱体化を見込んだはずだが、現実としては彼らは民営後にさらなる成長を重ねたのである。

もちろんNTTの事業基盤の礎は電電公社時代に国税によって作られたものである。その一点において彼らはあまり大きな顔をしてはいけない、と私も思う。ただ現実として、その資本をもとに事業を育て、その事業をもとにまた新たな資本を調達し、という成長を続けてきたのは、やはり彼らなのだ。

それに、経済状況が厳しいとはいえ、全国規模のインフラを自前で作れないのは、SBMとイーモバイルだけだ。結果的にそれは20年以上をかけて培ってきた民営化の流れの否定でもあり、通信キャリアの「企業経営」をお手伝いしている立場としては、同意できるものではない。
 
 

オークションができない日本

あるいは米国の通信行政を見ている方からは「周波数オークションやればいいじゃないか」という声も上がるだろう。彼らがボロ儲けしているのを見れば、垂涎ものとさえ言える。

しかし私はこれにも懐疑的だ。というのは前述の通り、NTTがモンスター過ぎて、フェアな価格競争なんぞはとても成立しないからである。もしそこでNTTを排除するか彼らに不利な条件を付けるとしたら、今度は逆にオークションで期待される収入は得られないだろうし、そもそもそれは商法で十分係争可能な事象となろう。

実際FCCの周波数オークションだって、Googleがあれこれ盛り上げてくれたが、結局は通信キャリアが高値でかっさらっていったのである。そしてFCCはウハウハになったが、落札した費用負担は消費者に転嫁されていく。この姿を日本の現状に置き換えれば、許認可制でNTTをチクチク刺していた方が消費者利益に資する可能性さえある、ということになる。

断っておくが、オークションが悪いというのではない。条件さえ整えば悪くない制度だと私も思う。その条件が、いまの日本のモバイル業界では整っておらず、まずそこから始めないと意味がない、ということなのである。
 
 

安かろう悪かろうというボディブロー

というわけで遠回りをしたが、こうした構図はMVNOでも敷衍できる。MVNOは本来、安定したMNOの基盤上で、上位層のビジネスを花開かせるための仕組みであり、MNOの堅牢さが前提となる仕組みだ。ところが今回のSBM問題により、彼らが(MVNO制度の想定する)MNOとして事業基盤がまったく堅牢じゃないことが明らかになったのである。これではMVNOが正しく機能するはずはない。

なぜそんなMNOが生まれてしまったのか。これはvodafone撤退時のいろいろな経緯があって一口に説明できる話ではない。ただその後の事態を拡大させた要因として、消費者が彼らをある程度支えてしまったというのも、問われなければならないだろう。消費者が安かろう悪かろうを受け入れる風潮に、産業全体が引きずられたのが、この数年のモバイル業界の低迷を招いている。これは典型的なデフレ病である。

もちろん、事情の分からない消費者を、一概に責めるわけにはいかない。ただ、サブプライム問題や金融危機に対して「米国人のバカ」という批判がまかり通ってしまうのと同じ議論が、日本のブロードバンドや携帯電話の消費者にも適用されてしまうのも、悲しいかな現実である。

特に、技術が成熟しておらず、それどころか改めて大変革期に入ったモバイルの世界では、産業弱体化を促すボディブローとして徐々に効いてきている。誰が悪いというつもりはないが、「そんなの関係ねえ」とはしゃぐのは、結果的に無邪気すぎるという状況に入りつつある。
 
 

事業の質が改めて問われる

というわけで、いみじくもSBM問題が亀裂となって、日本のモバイル業界の歪みや課題を表出させたわけだが、それでも人生は続く以上、少しでも健全化に近づけなければならない。

まずは改めて、通信キャリアの資質というものが問われなければならないだろう。事業の健全性はもとより、業界全体を毀損するような結果を招くコベナンツにより資金の質が劣化していないか、あるいは資本管理が適切に行われているか、といった視点も必要となろう。

またNTTのアンバンドルも、中長期的には進めていかなければならない。NTTという会社が背負ってきた資産や負債を考えれば、尊敬もするし立派だとも思っているが、産業構造の視点から考えれば、あれだけ極大化しているのは、やはりバランスが悪すぎるし、その大きすぎる求心力がベンダーの国際競争力も奪っているとも思う。

ただこれは極めて難しい議論である。というのも、世界経済がここまで傷んでしまった以上、短期的に考えるとNTTに大きく寄せた方が効率的だという議論も成立するからだ。むしろ一度全部寄せた上で、それぞれの部門が独自のガバナンスを改めてどこかのタイミングで持てるようにするとか、そういった長期のアクションプランが必要かもしれない。
 
 

重さを増す行政の責任

ところが困ったことに、こうしたアクションは、担当者の任期が2年しかない霞ヶ関にとって苦手なところ。またNTTもそうした彼らの足下を見て動くのがまたイヤらしい。実際こうした話を進めていくと、政治がちゃんと絡んでくる。いくら某社の民主党出身社長室長が永田町でチョロチョロ動いたところで、NTTって「両党に」議員を何人送り込んでいるんでしたっけ?という話。

そして彼らは、外部の経済環境などまったくお構いなしに「2010年問題」という名の内戦(かつ冷戦)を行っている最中である。そりゃ鉄道の遺構を買ってくれと光輝く頭を下げたところで「帰れ」の一言を喰らわされるはずだ。もはや気の毒といえなくもないが、同情するならカネをくれ、と言われるのがオチだから同情はしない。

閑話休題。そろそろ日本の通信行政も本格的に動かさなければならないタイミングが来ているはずだ。それはMVNOのような目先の手段だけの話でなく、人口の減少に伴い今後衰退していく日本経済の中にいる通信産業の面倒を、一体誰が見ていくのか、という「そもそもの話」に切り込んでいかなければならない。

おそらくそれは、市場による監視だけでなく、行政の役割もさらに必要となるところだろう。場合によってはちゃんと分割に向けて裁量を果たすくらいの覚悟が必要である。もちろんこうした話は事業者と行政の癒着を招きかねないだけに、前長野県知事の執務室を超えるくらいの、極めて高い透明性の担保が求められる。

またこれは、NTTをはじめとして、多くのキャリアが公開企業である以上、資本の流儀に踏み込むおっかない話でもあり、それくらいの覚悟が必要だ。いずれにしてもスーパーヘビー級の話であり、なんとしてもご子息をauの庭で遊ばせている場合ではないと、私は切に思うわけである。

というわけで、なんだかとっちらかってきたので、今日はこのへんで。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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