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CNET Japan ブログ

撮影者のきた道

2008/08/09 00:13
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プロフィール

クロサカタツヤ / KUROSAKA, Tatsuya

インターネットや通信、放送サービスが大きく変容する中、産業、政策、技術開発等の最新動向や、情報通信サービスと社会の関係性を考える上での「新たな視点」を、さまざまな分野でコンサルティング活動をしているクロサカタツヤ氏がお届けします。
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Googleストリートビューが日本でも始まった。楽しいサービスではあるのだが、率直に言ってこのまま進められるのかは疑問だと思う。法制度面からの確認も含め、いくつかまとめておく。
 
 

法制度面の課題

まず法制度面について、ざっくり言えばプライバシーに関連するあたりだが、日本ではプライバシーに関する明確な法規定はない(憲法か、民法の「不法行為」くらい)ので、具体的に「この法律に違反している」という類のものではない。その前提で、係争になりそうなものについて、思いつくだけでも以下の課題があると思う。

(1) 人格権としての肖像権の侵害
肖像権には人格権と財産権の両方の側面があるが、前者については要は「勝手に撮るな」という話である。これは肖像権がプライバシー権の一部として規定されていることからも分かるように、プライバシー侵害として不法行為による損害賠償(民法709条)が可能となる。特に日本は米国に比べてプライバシー権がより認められる傾向にあることから、米国よりもデリケートな問題となる。

(2) 財産権としての肖像権(パブリシティ権)の侵害
もう一方はパブリシティ権としても規定されるもので、「勝手に撮った写真で商売するな」という話である。特にGoogleの場合は、すでに顔面をマスキング処理していることからも分かるように、画像解析・認識技術を有しているということである。となるとこれらの画像と広告のマッチングは容易であり、大きなポイントだろう。またこの素材をWebAPIで公開した場合、マッシュアップ先で商業行為が行われたとしたら、そこにも飛び火する問題である。なお、まだ議論は揺れているところだが、パブリシティ権の範囲は人間の肖像のみならず建造物等にも及ぶ可能性があることは留意すべきだろう。

(3) より幅広なプライバシー権の侵害
肖像とは別に、その場所にいたことを知られてしまうことも、一種のプライバシー侵害である。すでに「ラブホテルに入ろうとする二人」が話題となっているが、自分がいつどこにいるのか、という情報はプライバシーそのものである。

(4) 威力業務妨害
上述の情報(肖像、位置情報、時間情報、等)を隠匿することが業務要件となっている場合、後述の威力業務妨害に該当する可能性がある。たとえばこれらの画像を使って「Nシステムマップ」のようなものを作る人は相当短期間の間に出現するだろうが、これは警察にすれば威力業務妨害の一種となる(Nシステムの存在そのものの妥当性についてはひとまず棚上げする)。また民間事業者であっても、「ここに出入りしていることを取引先や競合に知られたくない」というケースは少なからず存在するだろう。

※追記:警察に対しては威力業務妨害ではなく公務執行妨害では?という問い合わせがあった。確かに公務に関するものであればその通りであり、かつ公務執行妨害はその妨害要件が制限されている。また警察を直接被告とした威力業務妨害については成立しない旨の50年ほど前の最高裁判例もある。となるとNシステムマップだけでは威力業務妨害にはならないという指摘は妥当だろう。ただ、Nシステムマップにより何らかの悪戯的行為(これからNシステムを壊しに行きます、といった掲示板への書き込み等)のために警察が警戒を強化したら云々、という議論はありうるだろう。

 

個人情報保護の精神からの逸脱

詳細は割愛するが、個人情報とプライバシーは法的には一応分けて扱われるものである。このうち、今回のストリートビューは、あくまでプライバシーに関する問題に抵触しているのであって、(表札や写り込んでしまった氏名記載等の問題は一部あるが)基本的には個人情報保護法の領域ではない。その意味でこの論点はあくまで心証に関することなのだが、少なくとも以下の二点に関しては、同法の精神に照らした限り、かなり乱暴な印象がある。

一つは、日本の個人情報保護法は原則としてオプトイン(事前通告による情報取得)を前提といるのに対し、今回のストリートビューはオプトアウト(通告なしに情報を取得し、事後の異議に対応する)のアプローチで行われているということ。実際、ストリートビューの準備をしているという話について、私は業界のウワサとしては知っていたが、生活者としては何ら通告を受けていない。

もう一つは、第三者への提供が行われていること。すなわち、単にGoogleが勝手に撮ったというだけでなく、それを何ら条件を設けることなく、広くあまねく晒しているということである。また晒す(サービス・インする)ことに関しても何ら事前の通告がない状態でもあり、自らのあずかり知らぬところでプライバシー侵害が起きている可能性は否定できない。

まして日本では最大で全人口の半分強がPCベースのインターネットを利用していない状況にあり、この人たちは今現在でもストリートビューのサービス開始を知らない可能性がある。実際、私の両親は知らなかった。だが私の実家もバッチリ写真に撮られているように、今回のサービスはこの人たちも半ば勝手に巻き込んでしまっている。

以上をまとめると、同意なく勝手に撮られ、同意なく勝手に晒される、極めてゲリラ的で暴力的なサービスという印象を形成する人は少なくないだろう。むしろこのサービスを好意的に受け取れるのは、PCインターネットに慣れ親しみ、Web2.0の空気も十分に吸い、米国のWeb事情等にも比較的明るく、最終的に「個人情報保護法なんかやめちゃえ」と言い出しかねない、しかしそれゆえに人口構成上は圧倒的にマイノリティな「楽観的ネット・ネイティブ」の一部に限られるようにさえ思う。
 
 

Googleの思うツボか?

前述の不法行為による損害賠償請求について、日本は過失責任主義を採っているため、原告は被害を自ら立証しなければならない。また裁判となればどうしても不都合を公開される部分が生じることもあり、実際に訴訟に至るためには原告側のハードルが高い。

ただ今回は、一般の係争事案に比べれば、誰が何をやっているかが明確である。となると立証すべきは、その事案が本当に何らかの不利益(名誉毀損、価値毀損、精神的苦痛等)を与えているのか、というところになるが、これ通常でも係争によって明らかになることであり、となると今後裁判に持ち込まれる可能性は低くない。

それこそGoogleの思うツボ、という向きはあろう。現に彼らはこれまで著作権の領域に関し、あえてグレーな部分へ踏み込んで裁判を誘発し、徹底的に係争することで勝利を勝ち得るか、裁判中に疲弊したところで札束を積み上げて買収という形で屈服させる手段を採ってきた。今回もその手を使うのでは?と考える人は少なくないだろう。

もちろん前述の通り、日本ではプライバシー侵害については民法の不法行為による損害賠償という、いわば「札束での解決」しかありえない。また懲罰的損害賠償という概念もありえないから、その札束も「束」というほどのボリュームではないかもしれない(実際これまでの判例ではそうなっている)。となると、改めてキャッシュリッチなGoogleの思うツボ、と思われても不思議はない。
 
 

カネさえあれば何でもいいのか?

しかし今回、これまでの著作権に関する係争のアプローチと最も異なるのが、係争の対象が著作権という財産権に関するものではなく、個人のプライバシーという人格権に関するもの(その主体は多くが個人)だ、というところにある。

著作権については、かの中山先生もそれを財産権として取扱うこと自体に議論の余地があることは指摘されており、Googleもそうした論点を争っていることから、彼らの係争には意味があったと思う。しかしプライバシーが人格権であることは揺るがないし、人格権侵害を繰り返す企業は、言ってみれば反社会的な存在である。率直に言って、「カネさえあれば何でもいいのか」という声が出るのは何ら不思議ではない。

またそうした声が高まれば、何らかの行政判断に近い動きが行われる可能性はある。実際カナダでは、同国のプライバシー保護法に違反する可能性があるというプライバシー・コミッショナー(行政からは中立な立場にある、プライバシーや個人情報に関する判断を行う存在)の見解が示され、Google側もいくつかの妥協策を提示したが、最終的に一度スタートしたサービスが現状では停止されている。

日本では前述の通り、プライバシーに関する明確な法規定がない(繰り返すが、個人情報保護法はそれとは異なる)ため、カナダと同様の手続きにはならないだろう。しかし逆に消費者保護の流れを受けて、行政が何らかの規制を行う可能性はある。こうした規制自体の是非、また規制を呼び込んでしまう可能性を含めて、問題は多い。
 
 

Googleにその資格があるのか?

ざっと思いつくままに並べてみたが、この問題の根っこにあるのは、こうした個人のプライバシーに踏み込んだサービスを展開する資格が、本当にGoogleにあるのか、というところである。

いわゆるWeb3.0(パーソナライゼーション、レコメンデーション、行動ターゲティング等)の動きがここにきて活発化しているのは周知の通りである。しかしそのサービスの中身を考えれば考えるほど、私はWeb3.0を生業とするには「資格」が必要だと思うようになっている。

これは行政による明示的な許認可というような話ではない。要は、プライバシーも含めた個人の様々な情報を渡し委ねる上で、本当に信頼に足る相手なのか、ということである。CNETや日経ビジネスオンラインで実名のブログや記事を書き、Gmailを使い、twitterで日々つぶやく、そんなかなり「晒し系ネット・ネイティブ」な私だからこそ、このハードルは相当に高いものだと思っている。実際、私のような人間は、極めてマイノリティであり、また増えてもいないのである。

それに、そんな私でさえ(いや内情を知っているからかもしれないが)、そこらへんのポッと出のSNS事業者やポータル事業者なんぞに、私の個人情報は扱わせたくないと思う。それこそAppleのMobileMeでも「Appleってそんなに信用できる会社だったっけ?ジョブズにもしものことがあったり、Macが2世代連続でコケたら、終わりじゃね?」と思ってしまう。Yahoo!やGoogleも立派な会社と思っているが、それでも不安は一抹どころではないし、そう簡単に払拭できるものでもない。
 
 

プライバシーから逃げてはいけない

これを言うと、「お前は下位層の仕事をやっていたから、通信キャリアに対して愛着があって、だから彼らがやるべきとでも思っているのだろう」と揶揄されるかもしれない。確かにそういう面は否定しないが、私とて、キャリアがベストだとは思っていない。それでも、彼らには個人情報を長きにわたって取り扱ってきた実績があり、それが彼らに対する信頼の礎となっていることは認めるべきだとは思う。

もちろん、内実としては、キャリアとて完璧なわけはない。むしろ信頼にあぐらをかいて脆弱な部分は大小を問わず散見される。またキャリアに対する社会的信頼を悪用し、不当で不正なビジネスを展開するキャリアも、残念ながら日本にはいくつか存在する。まったくもって残念ながら、早晩問題が表面化するだろう。私にはもはやどうすることもできない。

それでも志の高いキャリアは、こうした個人情報やプライバシーに関しても、積極的な対応を検討している。たとえば先日ウィルコムが次世代PHSのインフラを使った「BWAユビキタスネットワーク研究会」の設立を発表し、定点カメラやセンサの大規模ネットワーク構築を発表したが、この席上でもプライバシーに関して、十分な議論を尽くし、この問題から逃げたり乱暴に扱うことなく、なお積極的に展開を進める旨が触れられた。こうした姿勢はもっと評価されていい。

以上、あれこれ憎まれ口を並べてきたが、それでも私自身はストリートビューは楽しいサービスだと思っている。それこそマンハッタンのストリートを眺めていると、あああのビルのあのオフィスは打合せによく行ったな、とか、あそこのメシは評判だけで味は悪かった、などと楽しい思い出を引き出してくれる。それに、Googleがやらなくても、いずれ誰かがやるサービスではある。

だからこそ「いいか悪いか」といった底の浅い議論にはまったく意味がないし、当事者たちもこの有意義な資産をもっと丁寧に扱って欲しいと、ただただ願う次第なのである。先行する国々での議論の蓄積がすでにある以上、それを十分踏まえているようには見えない現状は、「デリカシーが足りない」と言わざるを得ないだろう。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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