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恐るべき青少年たち

2008/04/27 22:49
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プロフィール

クロサカタツヤ / KUROSAKA, Tatsuya

インターネットや通信、放送サービスが大きく変容する中、産業、政策、技術開発等の最新動向や、情報通信サービスと社会の関係性を考える上での「新たな視点」を、さまざまな分野でコンサルティング活動をしているクロサカタツヤ氏がお届けします。
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いわゆる青少年ネット規制法案については、私も気になっていることの一つである。結論としてはこの法案自体には反対なのだが、法案の背景や問題点はさておき、これからのネットと社会の接点を検討する契機にはなっていると思う。まだ状況は流動的なのだが、後述の通りおそらく「ひとくぎり」のタイミングでもあるので、一度整理しておきたい。

状況整理

まず本件については、議論の前提となる情報についての誤解や錯綜が、混乱に拍車をかけているように思う。というわけで私の知りうる範囲(かつ書ける範囲)でまずその整理から。無論、私の書いていることがすべて正しいというわけではないので、そのあたりの判断は読者に委ねたい。

●裏で警察庁が動いているのか?
NO. 発端となったのは、某政府機関の犯罪対策関連部署に所属し、現在は東京を離れている某氏でほぼ間違いない。従って本件自体の動きについて、警察庁全体としてはむしろフォロワーとなる。また警察庁自身は、すでに施行されているある法律の改正による対応を別途目論んでいた(私見だがこの法改正の方が今回の法制化よりも明らかに真っ当である)。その矢先にこの動きで牽制されたので、実は彼らも現在の動きに必ずしも好意的ではないと思われる。

●高市議員のスタンドプレーなのか?
NOが80%程度。彼女の動きの後ろ盾として某重要閣僚が見え隠れしている。またこのタッグと連携する形で、教育再生会議周辺の一部が法案成立の推進に動いている。先の「ロクなことがない」という首相の発言を引き出したのはこのあたりのようだ。従って先般の動きには教育畑も絡んでいるということだ。ただし20%ほどYESとしたのは、来る総選挙を睨んだ世間への露出を意識しているはずだから。これはメディア・ポリティクス全盛の時代に生きる議員としては仕方ない面もあるのだとは思う。

●自民党内でコンセンサスは得られているのか?
NO. すでに同党総務部会PTが対案を出している(読売新聞が既報)通り、党内の電気通信畑からの反発は少なくない。無論、単にショバ荒らしへの嫌悪感というだけでなく、これまで政府と業界を巻き込んで重ねてきた「丁寧な議論」の成果を台無しにしかねないことへの警戒感のようだ。上記の対案がこれまでの同部会周辺での議論に沿ったものであることからもその意向がうかがえる。

●民主党は賛成しているのか?
条件付の様子見、というところ。彼らなりの落としどころがあり、自民党と合意できれば賛成・反対は時局・政局に合わせるようだ。その意味でキャスティング・ボートを握っているというほどには至っていないのだろう。ただそもそも世論そのものは法制化にむしろ前向きであったり、マスコミも必ずしも反発していないので、「名誉ある撤退」の道をある程度確保しないと、沈静化寸前で突然暴れ出す要因となる可能性は否定できない(これは高市議員に関しても同じことだろう)。

●成立の可能性はあるのか?
自民党内のスケジュールとしては、実は先週半ばが大きな山場だった。先週半ばにとあるイベントが開かれるか否かで当面の進捗が決まるところだったからだ。様々な立場からの反対表明やカウンターとなる動きがここをターゲットにして出揃ったのもそういう背景がある。結果として同党内の法制化プロセスにはまだ載っておらず、同法案を超える重要課題(道路特定財源制度)が山積していること、またすでに首相も外遊中で国会は30日を除けば連休モードに入ったこと、通常連休後はしばらく国会が止まること、会期まであまり時間がないこと等を考えると、継続審議が関の山というところだと思っている。ただしいくつかの要因があり、まだ油断できない状況ではある。

法案自体は不要だが

冒頭で述べた通り、私自身は今回の法制化には反対である。理由は単純で、現実のネットの構造や社会における位置づけを直視していない法律だから、である。私自身はさほどリバタリアニズムを標榜するつもりはないが、明らかに機能しないことが予め分かっているものは作るべきでないとは当然思う。また万一の懸念だが、「萎縮効果」という副作用をむしろ一義的に期待しているなら、「恥を知れ」と一喝すべき倒錯の極みである。

同法案の詳細を読むにつけ、あるいは当事者の話を聞くにつけ、この法律はほとんど無用の長物だと思わざるを得ない。大体、ポルノ書籍販売のアナロジーでネット・コンテンツを捉えようというのは、同じ宗教の一つだからといって神道と統一教会を同一視するかの如き愚行である。そんな浅はかな法律は、思春期の性に対する関心の爆発の前に吹き飛ぶのがオチだ。子供たちの潜在能力を甘く見るのもほどほどにすべきだろう。

ただし、法案の必要性が叫ばれる背景そのものを一笑に付せるかというと、それはまた別の話。正直、エロ・グロへのアクセスにはもはやハードルがないと言うべき状況にあるし、またすでに私が知らない世界の方が明らかに多くなっているとも思う。そういう意味で、親という立場の人々がある種の恐怖感を抱いていることには一応理解できるし、なにより私自身も一児の親である以上、他人事ではないのが正直なところである。

もっと包括的な議論の契機とすべき

もちろん難しい問題ではある。というのは、私は基本的に子供のコンテンツ・アクセスについて親が責任を持つべきという「ペアレンタル・コントロール」の考え方を支持するからだ。ならば親の役割を制度が肩代わりするのは、親としては責任転嫁であり、裁量権の一部が結果的に奪われるので権利喪失でもある。また親が負担していたコストを社会が負担するのだから、ソーシャルコスト(社会コスト)の増加を招くことになる。迷惑千万とさえ言えるだろう。

ただ親ががんばってコスト負担することで問題解決できる状況ではない、とも思わせてしまう現実があるのも事実。このあたりはネットというメディアの特性と人間の対峙の仕方(教育を含む)、あるいはその際の家族・コミュニティ・社会が果たすべき役割が十分整理されていないこととによる混乱なのだと自分自身も思う。さらに言えば、そもそも社会経済状況からして、親自身が「自分が生きるのに精一杯」という状況に追い込まれている可能性も否定できない。

だからこそ、今回のような小手先の法制化ではなく、もっと抜本的な議論を進めるべきタイミングなのではないか。それこそ日本国憲法には「言論の自由」や「知る権利」という漠然とした概念でしか「市民と情報」の関係について規定されていないが、それらでさえネット誕生以前に作られた代物である。そう考えるとそもそも憲法改正まで視野に含めていいテーマなのかもしれない。

実際、迷惑メール防止法やプロバイダ責任制限法のように、小手先の対応に終始して結果的に機能していない法律が「屍累々」の状況である(とあえて言ってしまう)。こうした問題意識は政府の中の人にももちろんあって、ゆえにたとえば総務省が情報通信法(仮称)のような「より大きな視野に立った法整備」に取り組んだり、経済産業省が産業構造審議会あたりで「産業構造に関する大きな議論」を進めはじめているのだろう。いずれの動きにも具申したいことはいくつかあるが、こうした方向感やスケール感はもっと立法府も業界も共有していいはずだ。

別に日本だけが悩んでいるわけではない

というわけでまとめると、

・(予断は許さないが)法制化は難しい状況
・私自身は法制化には反対
・ただその気持ちは分からなくはない
・もっと抜本的な議論を進めるべき

というあたりが結論となるが、最後に付記しておくと、ネットと社会の接点というのは、別に日本だけが悩んでいるのではなく、世界中あちこちでみんな悩んでいる問題なのである。

機会があれば改めてエントリを起こしてみるが、今年の2月にオーストラリア政府法務省の中の人(APECの中の人を兼ねている)と現地でサシでじっくり話す機会があったのだが、当初1時間の予定が大幅にオーバーしたその理由は「いやオレだって悩んでいるのよ…事件や裁判はいっぱい起きるし、米国企業はじゃんじゃんサービス作り出すし」ということだった。

というわけで政府や国会や業界の中の人も、(のんびりでは困るが)焦ることなく問題に対峙していいのではないだろうか。むしろ世界秩序が変化しはじめ、その中での日本の行く末が案じられるこの時にこそ、情報経済の議論を拙速に行うと将来的な経済価値や事業機会を大きく毀損してしまう危険性があることこそ、十分意識されるべきだと思う…というあたりできりがないので結んでおく。

 

(追記 4/28 10:25)読み直して分かりにくい箇所があったので加筆しましたが、趣旨は変わっていません。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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