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ケータイじかけのPC

2007/07/02 15:20
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プロフィール

クロサカタツヤ / KUROSAKA, Tatsuya

インターネットや通信、放送サービスが大きく変容する中、産業、政策、技術開発等の最新動向や、情報通信サービスと社会の関係性を考える上での「新たな視点」を、さまざまな分野でコンサルティング活動をしているクロサカタツヤ氏がお届けします。
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スキゾキッズの漂流
ここ数回の更新を振り返ると、ケータイ・インターネットの興隆に感慨を覚えたと思ったら、DoCoMo2.0に違和感を表明し、一方でiPhoneにも疑問符を付けている、そんな自分がいる。並べてみると「これぞスキゾキッズのなれの果てか」とでも自問してみたくなるくらい、分裂している。

しかし正直なところ、あれこれ見比べていると、分裂した認識になってしまう方がむしろ自然だとも思っている。それくらい、状況が変化しているように、私には見える。おそらくこの変化する状況を統合するには何らかの「パラノイア」が必要なのだろう。たとえばiPhoneに熱狂してみたり、あるいはPCを捨ててケータイ・インターネットの生活に入ったり。

一方で、状況の変化は局地的なものではなく、世界的な規模で、しかも猛烈なスピードで起きている。それこそAppleですらGoogleに買収されかねないし、そんな巨人となったGoogleへの風当たりも強まりはじめている。マイクロソフトもすでにVistaの次に向けて動いているし、フィールドは違えどOracleの動き方も興味深い。

こうした「大きく強く速い変化」だと、単純なパラノイアだけでは対抗できないようにも思う。やはり、スキゾキッズらしく漂流していた方が、少なくとも気分の落ち着き先を見つけることができる。台風の波間では、なまじ漕ぐより波に身を任せた方が安心のような気がするのと同じだ。もちろん、沈まなければ、の話だが。

PCなんていらない
幼少のころから、PCやワークステーションに触れて育ってきた。インターネットを日常的に使うようになってからそろそろ15年が経つ。そんな私を含め、こういうライフヒストリーを経た多くの人間は「インターネット=PC(もしくはWS)で利用するもの」と認識している。また彼らの多くは、世界もきっとそういうふうに回っている、と信じている。

だから、すでに日本のインターネットはケータイでアクセスする方がメジャーだ、という現実を突きつけられると、戸惑う。なにしろ、このBlogが日本のインターネットのメジャーユーザに届いていない、ということだ。正直、はてブに「これはひどい」が付くよりもガックリである。そしてこのガックリは、PCを使ってこのエントリを見ているあなたも一蓮托生なのだ。

もちろんオトナなので取り乱したりはしない。頭では「そうかもね、特に若年層はケータイが基本だよね」と理解してみせることはできる。しかし本当は自分がマイナーな存在であることを直視できなかったりもする。今ケータイでインターネットを使っている若いユーザもいずれはPCに来るよ、とどこかで思っている。しかし彼らは多分来ない。

なぜ来ないのか。この問いに対して、当の彼らは事も無げにこう言うだろう、「だってケータイで十分じゃね?」と。そう、日本のケータイインターネットは、サービスパッケージも含めて、非常によく出来ている。メールもサイトも音楽配信も、あるいはおサイフでさえも、ケータイがあれば事足りる。というよりケータイがなければ始まらない。つまりPCなんていらない。

Do It Yourselfという不親切
そんなPCとケータイの溝を埋めるのがiPhoneなのだ、という人もいる。Appleとgoogleの最強タッグにコワイモノなんかあるものか、とも。確かに私もそうなればいいと思う。しかしそうした意見を見聞きするほど、私にはiPhoneはまだPCに依った端末、あるいは音声電話に依った端末、のように思える。前者であれば仲間だが、ということは少数派だ。後者はかつて私もその一員だったが、言葉も流儀ももう忘れた。

話は少し飛ぶが、これと同じ構図を私はWebサービスでも味わっている。たとえば私はgoogleの可能性に畏敬も畏怖もしているし、独立してからというもの、メールにせよチャットにせよ他の情報サービスにせよ、googleのツールに相当依存しながら仕事している。しかし日本ではYahoo!のアクセス数がダントツなのはよく知られている通りである。

googleとYahoo!の違いは何か。大きく異なる両者なので比較しづらいが、私は「PCっぽさ」あるいは「インターネットっぽさ」の有無のような気がしている。PC・インターネットっぽさは、ユーザの自律性(自己決定、自己責任、Do It Yourselfといった価値観)をサービスの前提としているということだ。つまり「使える人はいくらでも使い倒してください」というものだ。

一見するとユーザを自律したオトナと見立ててくれているようで気持ちがいい。実際googleのツールをいろいろ自由に使えるのは楽しいと私も思う。しかし、それこそDo It Yourselfがノコギリや金槌を使えない人にはしんどいのと同様、そもそもの仕組みがよく分からない人は、何だか面倒(そして不親切)と思うだろう。そういう人には、Yahoo!の方がきっといい。それに私だって、いついかなる時にもDo It Yourselfは、確かにしんどい。

統合しないでいいのであれば
iPhoneは、たとえばこうした「Do It Yourselfできない人にとっての不親切」をどこまで改善しているのか。私の関心の中心はそこにある。だからギークの意見にもスーツの意見にもあまり興味はない。知りたいのは、たとえばネブラスカあたりで年金暮らしのおばあちゃんが、生活費節約のためにネットが必要となった時、「iPhoneなら便利でいいねえ」ということになるか、だ。

期待はしている。ただ現状ではまだ厳しいかな、とも思う。まず値段が高い。ヘタをするとPCの2倍くらいになりかねない。またiPhoneを使いこなすにはPCが必要だ。だったら諦めて遠く離れた息子や孫に電話とFAXで助けを求めた方が楽だろう。実際アメリカの空港では、「孫にネットで予約してもらったんだけど…」とプリントアウトされたeチケットの控えを持つ老夫婦がカウンターの前でよくジタバタしている。飛行機に乗り遅れたくない私は、よくそうした人たちを助ける。彼らはPCも携帯電話も満足には使えない。

では日本のケータイはどうか。少なくとも還暦を過ぎた程度の人であれば、メールを打つことくらいはできるだろう。そしてそれは「年寄り向き」と設計されたがゆえではない。言うまでもなくケータイは高齢者より若年層に使われているはずだ。すなわち、PCインターネットをも飲み込むユニバーサルさなのである。ケータイが強い所以である。

ならPCでもiPhoneでもなく、フツーのケータイでいいじゃん。こういう声が再び聞こえてくる。そしてその声はとても大きい。そして私もそれでいいと思う、もしPCがPCとして残るのであれば。やはり私はPCの方が好きだ。大体テンキーでこんなに長い文章が書けるものか(いや長すぎるか)。

ともあれ、PCにしかできないこと、PCの方が便利なことは、やっぱりあるのだ。だからせめて、PCとケータイが当面は別々に共存する環境であってほしい。そしていつか両者を統合する日が来たとしても、せめて両者に配慮した形で統合してほしい。

私が欲しいもの
そう、ここまで徒然なるままに書いてみて、何が欲しいのかがようやく分かりはじめた。PCインターネットのココロを理解しつつ、日本のケータイ・カルチャー程度に洗練されたサービス。まだ大枠すぎるけれど、そういうものが私は欲しい。

じゃあiPhoneの開発に日本のベンダが参加していればよかったのだろうか。そうかもしれない。けれどそうしていたら今のようなガジェットとして洗練されたiPhoneにはならなかったようにも思う。このあたりの矛盾をどう解いていくのかが、情報通信サービスの課題であり、またブレイクスルーの鍵でもあるような気がしている。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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