お使いのブラウザは最新版ではありません。最新のブラウザでご覧ください。

CNET Japan ブログ

日航ニアミス判決に見る、安全管理における日本の後進性

2010/11/01 01:41
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

プロフィール

寺本由美子

本名とタイトルのペンネームが異なっているのはご愛敬(話せば長~い物語あり)。IT系の話題からゲームのレビューまで、自由気ままに発信します。iPadやiPhoneなど、大好きな電脳小物についても熱く語りたいですね。Twitterにも出没中。ブログへのコメントも、@kirifue へどうぞ。
ブログ管理

最近のエントリー

実は飛行機に乗るのはやや苦手なのですが、航空機やその周辺技術については興味がありまして、航空事故についても軽く見過ごすことができません。そんな筆者にとって、かねてより気がかりな裁判がありました。2001年に静岡県焼津市の上空で日航機同士がニアミスを起こし、急降下した907便の乗員・乗客100人が負傷したという事故での、航空管制官2名の過失を争点とする裁判です。26日、最高裁は上告を退け、この事故で便名を間違えて回避指示を出した管制官2名に有罪判決が確定しました。

27日には北海道でも管制官が旅客機に誤った指示を出し、あわや山に激突というミスがあったばかり。このような現場のミスは航空業務に限らず、広く鉄道、医療、製品開発の分野でも日常的に起こっています。ハインリッヒの法則によると、1件の重大事故があれば、その裏には29件の軽度の事故があり300件のインシデントが潜んでいるそうです。

人間はミスを犯すもの、どんなに注意深く行動していてもミスが無くなることはありません。では、ミスの発生後に被害を最小限に抑えるにはどうすればよいのでしょうか。

 

複合的な事故原因

一般的にミスや事故は様々な要因が重なり合うことによって起こります。これらヒューマン・エラーは「Active Failure」と「Latent Failure」の2種類に分類することができます。「Active Failure」は即座に悪影響が現れるもの、「Latent Failure」はシステムに内在する欠陥です。

日航ニアミス事故の原因として考えられる要因を「Active Failure」と「Latent Failure」に分けて列挙してみます(ただし、筆者なりにあらゆる可能性を考慮したものに過ぎず、本来の原因かどうかは断定できません)。決して管制官のミスだけで発生した事故ではないことが分かると思います。

Active Failure
●管制官が上昇させなければならない907便に対して、便名を取り違えて降下を指示した。
●監督していた管制官も誤りに気づかなかった。
●TCAS(空中衝突防止装置)は上昇の指示を出していたが、機長は管制官の指示に従った。

Latent Failure
●当時はTCASの精度が低く、誤作動が多かった。
●TCASと管制官の指示と目視が矛盾している場合の優先順位が明確に決まっておらず、教育・訓練が不十分だった。
●管制レーダー上のCNF(コンフリクト・アラート)機能についての教育が不十分で、管制官が慣熟していなかった。
●事故発生空域の当時の1日の取り扱い機数は492機にも及んでおり、日本でも有数の混雑空域である。
●民間航空機が飛行する空域は、自衛隊・米軍の訓練空域のために十分確保されていない。
●2000年7月の三宅島の火山噴火の影響で、民間機が本来入域しないルートを通過するようになっていた。
●激務により疲労が蓄積し、判断力が低下していた。
●自分の行動は正しい、間違いは起こりえないという思い込みや過信があった。
●スタッフ間のコミュニケーションを阻害するような要因があった。あるいは、日常的にコミュニケーションか不足していた。
●航空管制では「管制の指示は国土交通大臣の命令である」とされており逆らい難い。

有罪判決の根拠として、前者のActive Failureが大きく作用しているのは明らかです。ですが、Active Failureを見つけ出して処罰することで航空機事故は防げるのでしょうか。否。人間のミスを完全に防ぐことが不可能である以上、事故の発生前からシステムに潜むLatent Failureを発見して是正することが必要となってきます。

 

刑事罰よりも原因究明のための報告と調査を

最高裁の判決は「責任のすべてを被告らに負わせるのは相当でない」としつつ、管制官2名を有罪としました。被害者の感情に対する考慮が必要とし、有罪は妥当との意見もあります。

しかし、この判決がまかり通るとすれば、管制指示にミスがあった場合は制度上の不備があっても管制官個人に責任が負わされるということになりかねません。また、刑事責任の追及を逃れるために、ミスやエラーを隠蔽する行為を誘発する恐れがあります。

ヒューマン・エラーによって発生した事故やヒヤリハットの報告はものすごく重要です。関係者の報告や証言、機器の記録といった生の情報を収集して綿密な調査や検討を実施することにより、システムの不備や問題を事前に発見し解決することが可能となるからです。Latent Failureを一つずつ潰し、その成果を共有して現場へフィードバックすることが安全性の向上に直結するのです。

米国でNASAと米連邦航空局(FAA)により1975年から運用されている自発的航空安全報告制度(ASRS)では、調査後に情報は匿名化され、犯罪行為を除き行政処分から免責されます。豪州のASRSでも受領された報告は匿名化され、報告者の同意なしには公表されません。

米国では安全報告制度が正常に機能することにより、年間数万件以上の報告が上げられているそうです。これに対し、当時の日本での報告件数は年間50件にも満たなかったというのです。その理由はエラー及びインシデントの報告というシステム自体が未整備であったことに加え、自己の非を認めてしまうと処罰の対象とされるため自発的な報告をためらう風潮があったのだと推測されます。

もちろん、現在では安全管理システム(SMS)の導入により予防的安全対策の重要性が認識され、報告制度も改善されつつあります。一方、航行や管制などのシステムに不備があり事故が予見できない場合でも有罪たりうるという判例が確立されると当事者が萎縮してしまい、報告制度自体が形骸化する可能性大です。

国際民間航空機関(ICAO)による世界航空安全性ロードマップ(GASR)には、次のような記述があります。

報告は通常、民間航空輸送従事者による自発的報告か、安全上の目的のみに使用することを目的とした記録に基づいてなされるが、自発的報告には報告者自身が自らの非を明らかにするような内容のものもある。この種の安全情報を継続的に利用できるようにするためには、これらの情報が不適切な目的に使用されることがないように保護措置を取ることが不可欠である。安全に関連した目的以外に安全情報を使用すると、将来この種の情報が集まらなくなり、安全に悪影響を及ぼす。

日本の安全制度は国際基準に到達しているとは言い難いのが現状です。事故の再発を防ぐには、捜査や刑事罰よりも原因究明のための報告と調査が優先されるべきです。刑事罰はあくまでも個人のミスに対する懲罰に過ぎず、安全性の確立に関しては全く逆の効果しかありません。

航空業界のインシデントだけではなく、医療現場における過誤や製造業・IT産業における設計・製造ミスなど、およそ人間が係わる業務の安全性の担保には、ミスを前提にシステムを構築することが肝要なのです。責任の所在のみを追及するという日本の非科学的な体質は早急に改めるべきでしょう。

 

参考文献:
「世界的な安全対策の動向」国土交通省航空局 2005年
「航空輸送の安全確保に向けて」[参考資料編] 航空輸送安全対策委員会 2005年
「航空分野における安全情報活用の取組み」ANA整備本部品質保証部 2006年
「世界航空安全 ロードマップ」ICAO 2008年
内田 幹樹(著)「機長からアナウンス」新潮社 2004年
内田 幹樹(著)「機長からアナウンス第2便」新潮社 2005年
杉江 弘(著)「機長が語るヒューマン・エラーの真実」ソフトバンク 2006年
轟木 一博(著)「航空機は誰が飛ばしているのか」日本経済新聞社 2009年

 

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
運営事務局に問題を報告

最新ブログエントリー