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CNET Japan ブログ

『ブログ』に限界などありはしない。

2007/11/27 01:39
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プロフィール

寺本由美子

本名とタイトルのペンネームが異なっているのはご愛敬(話せば長~い物語あり)。IT系の話題からゲームのレビューまで、自由気ままに発信します。iPadやiPhoneなど、大好きな電脳小物についても熱く語りたいですね。Twitterにも出没中。ブログへのコメントも、@kirifue へどうぞ。
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佐々木俊尚より:

 11月23日、「ブログ限界論」をテーマにしたRTCカンファレンスに出席した。このテーマについてはご存じの通り、上原仁さんの事前アジェンダ設定がかなりの波紋を巻き起こし、さまざまなブログでさまざまな意見が書かれた。議論がどう広がっていったのかについ[続きを読む]

そもそも「ブログに限界がきた」というのがどういうことなのかよく分からない。人間が書く、作るブログであるから、限界があるとすればその人の限界なんだと思う。そういう自分を振り返ると確かにいつも限界を感じていて、情けなくなることもしばしば。ブログなのに当たり障りのないニュース的な記事になってしまったり、逆に個人的な意見にのみ終始する文章を書いたり、自分が目指しているものが何なのかを見失う。

隣の芝生は青く見えるのか、よそ様のプログを読んで共感したり反発したり、いずれにしても面白いことはあってもつまらないと感じたことはそう多くはない。いや、つまらないときもあるのだがそういうブログはスルーしてしまうので、あまり記憶に残らないのかもしれない。

一口にブログと言えども内容は様々。高度に専門的なものから、日常のつぶやきのようなものまで。それは多種多様な書物と同じように進化・発展してきている。ただ、書いているのはシロウトが大半なので、物事の一面しか捉えていないとか、表現に問題があったり、どこまで内容が正しいのか分からないといった側面もある。

それは仕方がないことだし、今後も改善されるとは思わない。だからこそ自由で面白いメディアなのだとも感じている。勘違いや間違いだけでなく、その人の意見そのものにもいくらでも突っ込みを入れられるのがブログの醍醐味だろう。ブログの文章はその人を表し、ブログの面白さはすなわち人間の面白さである。

もちろん上原仁氏が書かれたように、悪質なブログや丸写しブログ、SEO対策ブログなどを含めれてしまえば、世の中につまらないブログが溢れてきているという状況なんだと思う。そこを一緒くたに考えるかどうかで、そもそもの前提が異なってくる。

また、時期を同じくしてトラックバックスパムや悪質商法を促すようなブログ、SEO対策だけのために自動生成されるブログなどが増加し、ブログ本来のリンク関係や個人発言の信頼性、おもしろさがどんどんと失われて行きました。こうして、いつのまにか日本のブログは「なんだかつまらない」ものに成り下がっているように見受けられます。

「そんなものは排除してしまえ」というのが私の意見である。ただ、どうすれば効率よく排除できるのか。「日本のブログは『なんだかつまらない』ものに成り下がったんですか?」では、そのあたりの手法についてまとめてある。たとえ排除できなくても、それは本来のブログとは別物なのだから「無視」の方向でいいと思う。

その上でつまらないブログが増えたと感じるのは、ブロゴスフィアの広がり方からして当然なのかもしれない。何となく始めたブログで、元々そんなにやる気があるわけではないという人は結構多い。一方、閉ざされた社会であるmixiに鞍替えしたり、最初はやる気があったがだんだん飽きてしまうとか仕事が忙しくて更新する時間が無いなど、様々な理由で発信者のブログ離れも同時に進んでいる。『ブログ限界論』の次のくだりだ。

しかしながら、魅力的な文章でアクセス数を集めたブログの書き手たちはいつしかその熱量を失い、牙を抜かれた獣のように「丸い」文章しか書かなくなって更新自体も止まってしまうような姿が散見されます。

しかし人は人、面白いと感ずるブログに出会えたなら、私はそれで満足できる。佐々木俊尚氏はその辺りのことを、1970年代のSFと対比している。結局、良いブログは自分で探すしかない。ブログファンにとっては、その過程がまた楽しかったりもするのだが。

いまのブロゴスフィアをめぐる状況は、1970年代のSFとまったく同じように思える。ブログは普及し、浸透し、拡散しつつある。いまやかつてのあたたかいブログ共同体は、現在のブログ圏域とイコールではなくなっている。失われた共同体を懐かしんでもしかたないし、日々面白いブログは日本のあちこちで生まれてきているし、それを一生懸命発掘して必死で読まなければならない。

ブログの魅力は最大公約数的なときもあればピンポイントのこともあり、読み手によって違う。人間同士の接点としてブログが機能することもある。個人の能力やブログに接する機会には限界があっても、人と人のつながりに「限界」という言葉はあてはまらないだろう。

最後に、発信者としての自分の話で恐縮だが、実は何かを目指して或いは誰かのためにブログを書いているわけではないことに最近になって気づいた。手段や過程がそのまま目的となる。今何を言いたいか書きたいか、何がしたいのか、そんな利己的な理由でブログを更新するのもアリだと思うのだが如何だろうか。あわよくば、自分の意見に共感する方が一人でもいてくだされば御の字なのだ。そこに人様とのつながりを見出すことができれば、なおいっそう幸せである。

追記:

今後もブログを発展させていくには、発信者の意識を高めていく必要がある。「自分のために」と書いておきながら矛盾しているのだが、それは自分に対しても当てはまる。私のブログのように読者の反応がほとんどないブログでは、多くの人に読まれているという感覚が薄れてしまう。しかし、読んでくださる人がいる以上、何か少しでも役に立つことを書きたいとか、自分の内にあるものを還元していこうとか、そういう気持ちを持つことが大切なんだと思った。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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