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CNET Japan ブログ

ブログとコラムとtwitterと愛しさと切なさと申し訳なさと。

2010/04/28 21:44
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プロフィール

千ヶ崎 隆司

「君に」と言いながら、実際のところは自分の脳内をデフラグするために始めたようなブログです。 少しでも読んでいただいた方の役に立つような情報を書けたらと思っています。 ちなみにタイトルの由来はYMOの名曲から。 更新頻度を上げるために四苦八苦しております。申し訳ありません。 基本的に「エライ」人の間違いを考えることがテーマになっています。 ご意見等がありましたらtwitterアカウント「@tchiga_cnetj」まで。記事のソース等も貼り付けて行く予定です。
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その昔、かの偉い人は言いました。

耳のある者は聞くがよい。
今の時代を何に比べようか。それは子供たちが広場にすわって、ほかの子供たちに呼びかけ、
「わたしたちが笛を吹いたのに、あなたたちは踊ってくれなかった。弔いの歌を歌ったのに、胸を打ってくれなかった」と言うのに似ている。
なぜなら、ヨハネがきて、食べることも、飲むこともしないと、あれは悪霊につかれているのだ、と言い、
また人の子がきて、食べたり飲んだりしていると、みよ、あれは食をむさぼる者、大酒を飲む者、また取税人、罪人の仲間だ、と言う。しかし、知恵の正しいことは、その働きが証明する。

(マタイによる福音書 11章15節〜19節)

この文章が興味深いと感じるのは正しさの証明が、全知全能たる神によるものではなく「知恵そのもの」の働きであるというところです。とはいえ、全知全能ゆえに知恵=神そのものととらえることも可能で、解釈は人それぞれとも言えます。

さて、CNET Japan ブログネットワークが大変なことになっています。本当は静観を決め込もうと思っていたのですが、やっぱりそれは当事者の1人として、意見を表明できる立場としても卑怯なように感じたので、この記事を投稿します。

と、いいますか、先週末はAdobeがまたステキな発言をしてくれちゃったり、事業仕分け第2弾の仕分け人の素人丸出しっぷりなど、色々書きたいこともあったのですが、その時期と重なるなんて、まさか!これが陰謀か!等とありもしない陰謀説を唱えたくなる状況です。

先週末に私のところにもCNET Japanよりメールが届きました。何か不味いこと書いちゃったかな?とか、エントリの少なさでついに抹消か?と思ったりしましたが、内容はくだんのものでした。

私のところには「実名での継続」とあり、もともとHN自体がイニシャルをいじったもので本名も珍しい部類に入るので見る人が見ればすぐにばれてしまうもので、ネット等での活動はHNを全て統一していることもあり、これといって実名の公開に抵抗はないので、案外すんなりと継続することに決めました。

そんなわけで、私は継続させていただきます。ということを宣言します。というか、私なんかで良いのかな?というのが本音でもあります。(反朝日的なエントリいくつか書いてますし)

私のブログは更新頻度が極端に低かったり、続きを書くと宣言したままなかなか続きが書けていないエントリがあったりと、申し訳なさでいっぱいだったりします。本当に申し訳ありません。すいません。実際、公開しているエントリと同じくらい下書き状態のものがあります。しかもミーハーだったりするので、時事的な問題はすぐに反応して書いてみたくなり、かといって完成形まで持って行くことが出来るものも少なく、また下書きが増えていくというステキなスパイラルに陥っていたりします。本当に申し訳ない限りです。

こんな有様でも継続させてくれたCNET Japanの担当の方には感謝しています。しかも、継続まで。

とはいうものの、一応ローンチ時代から参加させてもらっていたので、心境はそれなりに複雑で、反発されている方々の意見も解りますし、賛同できる部分も多々あります。ちなみにtwitterで1度ハッシュタグつけてつぶやいてみたのですが、反映されていなかったりします...orz

そんなこんなで昨晩、継続の意思表明の返信メールを無駄に2時間くらい掛けて書き、このエントリにつながるわけです。

継続の意思がメール確認直後に決まっていたにも関わらず、返信メールが昨晩になってしまったのは言うまでもなく、現在のブログネットワーク上の反発を受けてのものであり、この状態では気持ちよく継続を表明できないなぁと思ったのと、今後の成り行きをちょっと見ててみようという他人本位な意思に基づくものです。

ですが、#cnetjのtwitterやCNETブログを眺めているうちに、継続するならそれなりに意思を表明するべきだと思ったことと、反発がだんだんと感情的になってきているな、自分とは感じ方が違うな、と思ったためこのエントリを書いています。

正直なところブログ閉鎖に関して1番始めに感じたのは「ふーん」といった程度のもので、まぁ仕方がないのかな、と感じました。それはtwitterの存在や、無料であるから、といった類ではありません。単に企業として維持しておくだけの価値がなくなったのだな、と思ったからです。お知らせのメールやsnafkin7氏が示したスポンサー向けの資料[aiasahi.jp]を見る限り、広告主に対してCNETブログの訴求効果がなくなりつつあるのだと私は読み取りました。

そこでCNET側が考えたのが、今回のコラムへの移行と実名化であったと思います。これは安直なもので、反発は必至だと思いますが。

以前、とある会社が自社製品への偏向的な報道に対して、会社のオフィシャルブログで抗議の意思表明をしたところ、「ブログで書かずにPDFとか文章で書け」といったような非難のコメントがついていました。まだそういった、ブログやコラムなど名称のそのものの「格」みたいなものに価値を見いだす傾向、風潮があるように見うけられます。これはマスメディアだけでなく、インターネットでも同様です。

媒体はどうであれ、それが文字という情報で公式のメッセージとして発信されたものであるならば、価値は同じもののはずなのですが、形式を重んじるという面もあります。みんなが大嫌いで非難するお役所仕事的なアレです。この矛盾はなかなか面白いですけど。

しかし、情報ととらえるか資料ととらえるかで、その格も価値もまた変化することは確かです。また、透明化を叫ぶに当たって、一番簡単なのが実名での掲載です。新聞等では実名を曝さないことは逃げとして非難されますが、ネット上では匿名性が尊重されます。媒体は違っても情報は情報です。個人であるか企業であるかの問題は別であり、自身の発信した発言に責任を持つことには変わりはありません。

そういった状況下でのコラムへの移行、実名化、という単純且つ明快な方法を選んだのだと思います。それは事業それ自体の中身を吟味せず言葉の揚げ足取りに終始する事業仕分けと構造は同じです。しかし、営利目的の企業にすれば、数時間掛けてプレゼンを聞いて初めて解る素晴らしさよりも、一瞬で見える格や箔らしきものを選んでしまうでしょう。

言い換えれば、それだけ日本の広告業界は希薄であるともいえ、広告主側の軽率さや無理解、情報収集能力の低さ、ひいては社会的責任のなさがまかり通っていると言えるでしょう。

ブログの閉鎖に関して言えば、ブログの価値を訴求できなかったCNET(朝日インタラクティブ)側に非もありますが、参加者・執筆者として価値あるブログネットワークを構築できなかったという負い目も感じます。エントリ数も少なくPVも最弱の方の私が言うことではないかもしれません。申し訳ありません。ごめんなさい。

また、ブログとtwitterを比較の対象にするのは違うように感じます。情報の即時性や発信の容易さではブログはtwitterに敵わないかもしれません。しかし、140文字という文字数で理論の構築や執筆者の考え、根底にある思考や思想、バイアスを書くことは難しいですし、読み取ることも難しいです。twitterのHashtagにしても複数のつぶやきを時系列に並べて初めて価値が見いだせるものだと思います。

私はあまり文章を書くのが得意ではないのか、1つのエントリを書くのにものすごく時間がかかります。めんどくさくなって投げ出してしまうこともしばしばあり、その結果エントリも少なく、それでいてPVも少なく、good!なんてもっと少なく、下書きばかりがたまっていくという悪循環でもあります。これは本当に申し訳なく思います。

twitterはコミュニケーションツールとしては手軽であり、とても面白いものですが、あくまで情報源となり得えてもそれ以上にはなり得ないというのが私の意見です。

逆に、ブログもとらえ方によってコラムに近しいものとなり得ますが、情報の羅列や個人的日記のようなものでは情報としての価値は下がってしまいます。長ったらしく書けば読むのにも一苦労で、読者にはたまったものではありません。(まさにこのエントリ!)

そうすると、何処に価値を見いだすかは個人や主催者のプライオリティに依存することになります。今北産業で十分と思う人もいれば、レスの流れを楽しむ人もいます。

そして、今回に限らずコミュニティが形成された状況でもっとも問題を複雑にするのが、感情の問題です。CNET Japanブログネットワークは4年という歳月の重みがあります。その重みはそれ自体が価値を持つものですし、参加者は愛着がわきます。私もこのブログネットワークは好きです。これだけのネームバリューを持ちながらも、自由な意見交換が出来るのは他の情報系サイトには無い特色です。ブロガーとして参加させてもらったことに本当に感謝していますし、なくなることに寂しさや切なさ、愛しさを感じます。自分で文章を書いているのですから当然です。

ですから、閉鎖と同時に閲覧が出来なくなるのはもったいないと思いますし、アーカイブとして残して欲しいと思います。今風に言えばそこには「思い」が詰まっているのですから。この「思い」を受け止めて欲しいと思うのは当たり前の感情です。

昨年のNTTデータが運営するDoblog閉鎖の時も、資産としてのデータをどうするか?という議論をやっていましたが、本来攻められるべき箇所は、そこではなくRAIDとバックアップの違いもわからないクソSEが運営していたということです。ですから、資産価値うんぬん以前の問題であり、議論する箇所はそこではなかったはずです。それにも関わらず突然の閉鎖でデータをどうするか?などと議論がすり替わっていました。日本の大手がこの体たらくであることに危機感を持つべきはずが、個人がDoblog上で築き上げたデータに対する「思い」が先行した結果、初歩的ミスを犯した運営体制よりもその後の閉鎖の仕方に批判が集中する結果となりました。CNET Japanでもその傾向があり、全くそこに触れないアルファブロガーやキーパーソンなるよくわからんがそれなりにIT業界で成功した人が大勢いたことにIT業界の質の低さと将来の不安を感じました。ぶっちゃけ、彼らの情弱っぷりには怒りすら憶えます。その程度の知識でよくもまぁ最先端とか言えたモンです。wikipediaのほうが100億万倍役に立ちます。ブログネットワークで1番いらないのは彼らであると私は言いたい。あの程度で金を取るな、と。

あの時と論点も質も違いますが、今回も論点を見誤れば、本質的な解決には決してつながりません。感情的になるほどに論点は見えなくなってずれていきます。朝日だからしょうがない?本当にそうでしょうか?朝日はネットへの参入は他の新聞社よりも比較的早く、それなりのノウハウを持っているはずです。

なぜブログではダメなのか?なぜコラムなのか?そして、何で私が継続の対象なの?間違ってない?継続希望でごめんなさい。

議論において感情論は非論理的で説得力に欠けます。にも関わらず議論が膠着状態になるほどに人は感情的になります。相手のレスポンスが悪ければイライラするのは当然です。そういった意味でもCNET Japan(朝日インタラクティブ)側からのリアクションを求めます。遅ければ遅いほどに問題はこじれていくでしょう。

同時に読者ブロガー側も自身の資質の高さで勝負するのではなく、ネットコミュニティのあり方、CNET Japanのあり方、CNET Japanにおけるブログの有効性を立証していかなくてはいけないと思います。結局は金になるか、ならないかが企業の行動心理の根幹にあるのですから。

そこで、冒頭の引用になるわけです。CNET Japan側にも読者ブロガー側にもこの引用は適応できると思うのです。もちろん私自身にもです。

今回の閉鎖がどのような方向と結果になるのかは、これからのCNETの動きを見なければわかりません。しかし、この騒動をそれなりに納めないとよろしくない方向に向かうのは確実ですし、私も含めコラムへの移行組も気持ちの良いものではありません。

企業の経済活動でゼロサム・ゲームになることなどないですし、トレード・オフの関係はつきものです。ですから、だからこそ、CNET Japanにはきちんとした対応を望みます。

最後に、このエントリで何が言いたいのかというと、私は真言宗で、仏教徒だったりします。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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