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CNET Japan ブログ

とてもヴァーチャルな「リアル」な人たちの夢物語。

2008/10/23 21:47
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プロフィール

千ヶ崎 隆司

「君に」と言いながら、実際のところは自分の脳内をデフラグするために始めたようなブログです。 少しでも読んでいただいた方の役に立つような情報を書けたらと思っています。 ちなみにタイトルの由来はYMOの名曲から。 更新頻度を上げるために四苦八苦しております。申し訳ありません。 基本的に「エライ」人の間違いを考えることがテーマになっています。 ご意見等がありましたらtwitterアカウント「@tchiga_cnetj」まで。記事のソース等も貼り付けて行く予定です。
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アメリカの金融破綻に端を発した世界同時株安が始まって早数週間。TIME誌などはアメリカ、ヨーロッパの状況を取り上げ、ブラックマンデー以来の世界恐慌になる、なっているというような論調で、大統領選も見据えつつ全世界規模で報道していますが、日本のマスメディアは東証株価が9000円割れを起こしても未だに「世界恐慌か?」という台詞を言ってみたり、株価が反発すれば喜んでみたり、でもやっぱり下がると「世界恐慌なのかー?」と慌ててみたり、と全く持って何が言いたいのか解らない今日この頃。

株価が下落すれば、株が買いやすくなるわけですから、それをチャンスと思って買いに走る人がいるのは当たり前で、そうすれば株価が反発するのは当然の理。しかしそれでも、確実に株価が落ち続けている現実を何故直視しないのでしょう? 

一方、国会では、世界恐慌の恐れがあるのなら特別予算等、景気対策・金融政策を早めに決めて手を打たなくてはならない状況にあるのに、野党は政権交代にばかり固執し、揚げ足ばかり取ってまともに予算委員会をやっているのかどうかも怪しく、かといって立派な対案を出せるわけでもなく、協力するでもなく、マスメディアも協力して足を引っ張る政界ゲームに夢中な世の中です。

マルチ商法問題も与野党双方が献金をもらっていたためにうやむやになる不思議。それ以前に、安倍内閣の時には細かい経理ミスでも執拗に責め立て、大臣の自殺という状況まで発展したにも関わらず、それ以上に違法性が高く、金額も馬鹿にならない小沢代表周辺の不透明な金回りは、視聴者がもうスキャンダルは飽きたっぽいのでスルーですか? 

予算委員会を見ている限り、一番まともで、一番国民のことを考えて答弁しているのが共産党だけというのは、不思議な気持ちにさせられてしまいます。スキャンダルでしか与党を批判できず、直接討論することから逃げ続け、衆院解散を早めたいがために党の方針を簡単に変えてしまえる民主党に政権担当能力があるとは誰が思えましょう。

誰がための政治か、誰がためのマスメディアか。それを忘れた、もしくは初めからそんな事を考えてもいなかったのなら、まさにそれは衆愚であると言わざるを得ません。

最近になってニコニコ動画やYouTubeに各党が党チャンネルを開設していますが、それも当然のような気がします。まず「バイアス」ありきで語られる社説や報道よりも直接有権者に訴えられるし、直接意見を聞くことも可能ですから。 

麻生総理のホテル飲食問題にしても、しっかり残業代もらって、タクシーチケットで悠々と返っている人たちに、一般庶民の感覚とか語って欲しくもありません。一般庶民は、会社がつぶれて欲しくないからサービス残業は当たり前だし、下請けは明らかに赤字が出るような仕事でも、明らかに納期がぎりぎりで突貫でやらなくては間に合わない仕事でも、必死になって働いています。著作権権利者でもあるマスメディアたるテレビ局、出版社は著作権で1つのコンテンツで何度も利益を得ているにもかかわらず、それを制作している制作会社は常にぎりぎりの時間と金額で作業しています。そんな彼らに一般庶民の代弁が可能でしょうか? 

さて、そんな馬鹿馬鹿しい状況で、私が個人的にとても気になるのは「実体経済への影響」というフレーズです。実体経済とは、リアルな家計に直接影響する物価などの範囲だけを指すものではなく、現実に存在する貨幣を基準とした生産から消費までの、きわめて基本的且つ根本的な経済を表している訳ですが、在るはずのないお金や、これから発生するであろう、もしくは失うであろうお金を操作していたら大変なことになってしまったのが金融業界です。初めから無いもののはずなのに、それが実体を脅かしているという現状を不思議に感じてしまいます。

生産と消費という経済活動の根本を忘れ、目の前の数字のみを追い、短期的な取引に終始し長期的視野を失った結果がこれではないのか、そう思えてなりません。それはまさに現実(リアル)が非現実(ヴァーチャル)に踊らされている状態です。では、これは金融に限ったことなのでしょうか?

実体経済とは言うものの、その言葉を使うマスメディアの言葉にリアリティを感じられないのは、何故でしょう。実体経済への影響を示す証拠として上げられているものは、消費者物価指数やら金利やら、結局のところ数字ばかり。何ポイント下がった、あがったといわれても、ピンときません。

私は、戦後価格が上がることの無かった「物価の優等生」である卵が、値上げしているのを見て、本気でヤバイ!と感じました。それなのに、値上げ報道もいつの間にか当たり前のように忘れ去られています。なんで?食物自給率の低い日本にとって重大な危機であるはずなのに・・・。

なんだか、現実を知るためにニュースを見ているのに、そこにリアルを感じているのかが解らなくなってしまいます。まるで、ヴァーチャルな事のように。セカンドライフのような感覚のように。 

現代社会において、ヴァーチャルなものはしばしば、批判の対象となります。しかし、その批判すらリアリティが無いのです。

ゲームが人をダメにする、犯罪を誘発している等、いわゆる「ゲーム脳」にしてもゲーム脳が証明できたわけでもなく、科学的根拠に乏しく、統計的調査も行われたわけではありません。

青少年育成に悪影響を与えると言われている、18禁の美少女ゲームにしても、実証するデータもなければ科学的根拠もなく、実態調査をしているとは到底思えないようなトンデモなもので、その出所も怪しいのが現状です。

さらに、最近は犯罪の低年齢化、凶悪化が問題視されていますが、それの根拠になるデータも90年代以降、平成に入ってからのものでしかなく、犯罪率はお巡りさんのがんばりのおかげで実は減少傾向にあります。戦前・戦中までとはいかなくても、戦後からのデータを分析し統計学的根拠に基づいた論を展開するべきです。

「私の若い頃は・・・」などと言いますが、データに自分の生きた時代を含めようとしないのは、自身の過去を否定されるのが嫌でごまかしているとしか思えません。学生運動・大学闘争の果ての赤軍派のテロ行為、浅間山荘事件、ハイジャック、当事者を置いてけぼりにした成田闘争、それらを「若気の至り」やら「理想があった」やらの言葉で片付けてしまうつもりなのでしょうか?「ごね得」発言は誰に向けられたものか、それすらはっきりさせることもなくただ批判するだけ。

日銀総裁人事にしても、市中でそれなりの経験と実績のある人物を持ってきていますが、実際にその人の経済学的・金融学的な根拠を示す論文なり、学位なりがあるわけでもありません。その人がケインジアンやらマネタリストやら市場主義者やらの(現状ではどれも懐疑的ですが)どういった学説に基づいているかも解らずじまいで、結果的に無意味と思われる(言われている)金融政策を連発していたりするのが実情です。経歴だけでは「その道で食べてきた、それっぽい人」止まりであることに気がつくべきではないでしょうか?

科学的根拠・統計学的根拠、そういったものを無視した論争に現実味があるとは思えません。それ以前に論理的ですらないことが多いのです。

批判している人たちは、それを利用して自らの団体の政治的影響力を高めることが目的で活動しているとしか思えないし、なおかつ「結論ありき」から議論を開始している時点でお話になりません。 

また、数字ばかりを気にするあまり、オリジナリティも中身もないどうしようもないバラエティやドラマを作り続け、有識者と呼んでも良いのか解らない人間を連れてきてコメンテーターや司会に据えたりしているテレビ局も現実をみているとは思えません。

批判されることを恐れて、社会悪を描かなくなったドキュメンタリーがノンフィクションだと、ジャーナリズムだと胸を張って言えますか?伊丹十三氏の死後、エンターテイメントでありながら社会悪に敢然と立ち向かった映画を私は知りません。

マンガが原作のドラマを連発して、人気がどうのといっても、それは単に原作のマンガが優れているに過ぎないこと。サブカルチャーと言い卑下しておきながら、それによって視聴率を稼いでいる事にどのように説明をつけるのですか。

数字しか見ないで作られたコンテンツに現実味(リアリティ)はありますか?

国際的な視点で見てみるならば、小沢一郎氏の言う国連至上主義も、NATO軍による空爆を防げず、エスニッククレンジングを止められなかったユーゴスラビアの失敗や、「アメリカ主導」で行われていた国連軍の派遣がアメリカの撤退によって泥沼化してしまったアフリカの悲劇、アフガニスタン・イラクの不安定な政情、終わりの見えないイスラエル・パレスチナ問題など、それらを鑑みての発言なのか、とても怪しいものです。

そして、司会者の思想ありきで進行される討論番組。いちいち議員を呼んで討論番組の体裁を取る必要があるのでしょうか?議員のインタビューを取って、司会者している有識者もどきが(有識者の思想に感染している)それっぽいことを言っておしまいの方が楽じゃないのですかね? 

以上のような、そういったものを絵空事・夢物語というのではないですか?現実を顧みず、自身を省みない夢物語、絵空事、妄想にリアルはありますか?

数字を見ないリアル。数字だけのリアル。これらは本当に「リアル」と呼べるでしょうか?

本来、ヴァーチャルな世界はリアルを模して作られます。しかし、リアルな人たちは、リアルから目を逸らすことでヴァーチャルな議論ばかりをしています。

私はマンガが大好きです。特に好きなものと言えば新井秀樹氏「ザ・ワールド・イズ・マイン」や手塚治虫氏の「火の鳥」等です。そこには現実以上にリアルな世界が広がっています。どちらもフィクションであるから描けたリアリティです。「銀河英雄伝説」もただのSFと言い切れないほどの政治・人間に対するリアリズムであふれています。宮部みゆき氏の「理由」も綿密な取材に基づく圧倒的なリアリティに驚愕してしまいました。

また、西原理恵子氏の描く世界やその周囲の人たちの話が大好きです。ひどくめちゃくちゃで、いい加減なのに、そこにある優しさ、人間味は氏の感性があってこそのものです。昨年亡くなられた氏の元夫である鴨志田穣氏の本も素晴らしかったです。文章表現うんぬん以前に淡々と描かれる鴨志田氏の苦悩・それを支える周囲の人々。そしてあまりにも無情な現実。それらがリアルに感じられました。(しかし、帯に書かれた中身を読んでるとは思えない「アル中はたいへんだよねぇ」という的外れな言葉に憤りを感じもしましたが。みるところはそこじゃねぇ!何を見てきた!それでも評論家か!) 

フィクションであるから描けるリアリティ。ノンフィクションであるのに的外れなバイアス満載の言葉で失われるリアリティ。彼らは何を見て、何を感じてその発言をしているのか解りません。 

「事実は小説よりも奇なり」とは昔の人の言葉ですが、今では小説(非現実)を事実と偽ったほうが、人々には好評なようです。2chのスレの方が、リアルに泣けてしまう話であふれています。作られた、どうでも良いような話でも「感動」「号泣」なんて売り文句で「泣き所はここです!」とあからさまに解る物語で泣くことができなくなっている自分は汚れた大人になってしまっているのでしょうか?誰かに強要された感動ほど白けるものはないです。

それっぽいネーミングをつけて値段が高いだけで、中身のないものはもうたくさんです。

スイーツ(笑)

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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