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足りないものが足りない時代

2008/10/31 17:29
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いよいよ世界は本格的な大恐慌の入り口に差し掛かった。

米国的レッセフェールが振幅の大きなバブル&バーストとセットであることは、あまりにも当然のことであり、問題はそれが起きるかどうかではなく、いつ起きるかだけであった。世の中にはそうした種類の課題が数多くあるが、そういうものに限って、えてして誰もが忘れた頃にやってくる。

オバマが大統領になり、グリーンマネーのニューディールをやり、市場の規制が進み、デモクラシーはオートクラシーとは言わないまでもアリストクラシーへとゆるやかに姿を変え、皮肉なことに世の中はさらにフラットになっていくだろう。昨日まで悪口を言っていたあの国にまた一歩近づくのである。

しかし、いつの時代も真実は中道にあるのだから、そう悪い話ばかりでもない。世の中は右へ振れたり左へ振れたり、あっちやこっちへ往復運動を繰り返すのである。そんな中にあっても、イノベーションと生産性の向上は地道に粛々と続けられていく。

人間とは、かくも一喜一憂する生き物である、と思う。いや、もっと正確な印象をいうと、一喜一憂したがるよう宿命づけられているようでさえある。「富」を求めているというよりも、「富を求める動機」を求めているようですらある。

朝起きて、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行っていた時代には、そうやって夕食の支度をしたり風呂を焚いたりしているうちにもう床につく時間になっていた。そうやって毎日が繰り返されていたのである。

しかし、いま先進国ではなにもかもが便利になり、生活の面倒なことを全自動で片付けてくれる便利な道具が増えた一方で、やることがなくなった人間の脳味噌だけが取り残された。そういうときにロクでもないことばかり考えてぐるぐる空回りする脳サイクルが、もっとエキサイティングなものを、もっと頭を忙しくしてくれるものを、どん欲に外の世界に求めていく。その余剰サイクルが内に向かうと心の病を生むのだから、そのことを非難することはできない。

そういうヒトの性質をおもうとき、何の解決にもならない、間違ったゴールに向かってせっせと忙しく仕事をしている人達のことを、笑えなくなる。不毛な勤勉は思考の怠惰と同義である、などとわかったようなことを言ってみたところで、その不毛な勤勉をマジメに一生懸命やっている人たちよりも、物事を考えてばかりの自分のほうが幸せな毎日を過ごせているかどうかはわからない。

そういうヒトの性質をおもうとき、つまらないことで大騒ぎしたり炎上したりしている人達のことを、笑えなくなる。問題は、常にくすぶっている脳サイクルの供給過剰なのであって、それを満足するだけの大きなネタがないときには、何かをでっちあげたいという願望が生まれるのは仕方がない。その意味で、マスコミは正しく需要を読んで仕事をしているのである。

そういうヒトの性質をおもうとき、環境問題について大まじめに正義を振りかざしている頭の弱い人達を、戦争を政争の具にしている狡猾な人達を、笑えなくなる。大きな物語を自分よりも外側に求める人間の性質は健在なのであり、それを利用する人間の罪もまた避けがたいものである。

いよいよ米国経済の化けの皮は剥がれたが、中国などの新興国の成長はやや本物で、それを利用して最後にもう一花咲かせようと動く懲りない人達がいる。米国への一極集中の時代は終わり、これから世界はゆるやかな多極化に向かうだろうが、それには思いのほか時間がかかるだろう。

世界中のシステムに張り巡らされた糸のもつれをほどくのは大変根気のいる作業である。その糸がほどける頃には、そもそも国家とは民族や土地や言語や通貨だったのかということが問われ、世界全体を一国に押し込めた模型のような存在であった若い人工多民族国家アメリカ合衆国が、民族の独立を認めず公用語を定めず多数の州を擁しドルを刷り続けてきたアメリカ合衆国が、いよいよ世界そのものに化けて発展的解消をする過程だったということになるのかも知れない。

これから失業率が上がり、いよいよ治安の悪い時代がやってくることになるだろう。幸か不幸かこういう大変革の時代に米国で暮らすということの意味を、しっかり考えながら生き抜いていきたい。

Sixpence None The Richer / Don't Dream It's Over

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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