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CNET Japan ブログ

ありふれた持病

2007/06/23 11:04
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先日、ぼくは日本にいた。

出張と休暇を兼ねて一ヶ月ほど滞在したのだけど、せっかくの一年ぶりの日本にもかかわらず、積極的に人と会おうという気分にはまるでなれなかった。

今だから言えるけど、とにかく毎日が苦しくて、ふさぎ込んでいて、情けなくて、そんな自分に焦りをおぼえてしまい、そしてさらに苦しくなるという悪循環にはまり込んでいた。何をやろうにも手がつかない、自信喪失のダメ人間になっていた。

ストレスは万病のもとだけど、ぼくの場合は肌に出やすいらしく、手足や首に湿疹が出る。ときどき、胸が締め付けられるような鈍い痛みとともに、心臓がドック、ドックと脈打つのが感じられたりもする。

いつも、こうなる原因は、だいたい自分でわかっている。

人間の悩みというものは、多かれ少なかれ、すべて自意識から生じている。

つまり、「周囲の人間から自分がどう見られているか」ということに対して感じる不安が「悩み」の正体だ。ミス・コミュニケーション、あるいはコミュニケーションの不在こそが、あらゆる「悩み」の正体だ。このことを悟ったのは中学生のときだった。人間の悩みなんて、10代の頃から変わらない。人間関係のないところに鬱病はないのだ。

ぼくはそのことを「知って」いるから、スランプに陥ると、体を動かしたり、ゲームや読書に没頭したり、自然を見に行ったり、静かな場所で瞑想したり、とにかく他者とのコミュニケーションを絶ってもがく。向精神薬に頼ったことはまだない。

それでも結局は、自己と他者(あるいは社会)の関係を見直し、新しい解釈を与えることでしか解決しないのもまた、人間の悩みというもの。自分に都合のいい妄想をしてみたり、自分に都合のいい言い訳を考えてみたり、「そうはいっても、自分はまだマシなほうだよね」と、上見て暮らすな下見て暮らせ的な卑怯ななぐさめを模索してみたり、ほかにも人には言えないような荒唐無稽な安心材料を見つけようともがく。そうやっているうちに、気がつくと少し楽になってゴールデンクロスを迎えている。

こういう精神状態は、それこそローティーンの頃からの付き合いなのでもう慣れっこなのだが、しかし今回はたいそう時間がかかった。

思うに、ほぼ完全な自由を与えられたときに感じる悩みというのは、本当に重い。

いまぼくは、かなり理想的な環境にいる。行きたい、と手を挙げてホントに行けることになったシリコンバレーで、やりたい、と思ったことをやり、こういうチームがベストだろう、と考えていたチームで、日銭稼ぎに追われることもなく、フェアな市場で、自分で行った意志決定をさしたる制約もなく遂行することができる。

しかし、こうした良い環境で自分の思うような結果が出ないと、自分を楽にしてあげるための都合のいい言い訳ができなくなる。いつもよくやるような、理不尽なシステムのせいだとか、あれこれのことで忙しいからだとか、そういう誰のせいにもできない。すべてが自分にはねかえってくる。自分の能力や性格の限界を目の前につきつけられる。

また、そんな状態であることがバレないようにと、人と接するときにはいつも以上に元気な自分を演じるために、余計疲れてしまっていたりもした。

もうそんな状態は脱していて、客観的に振り返ることができる段階になると、実にありふれた話で申し訳ないのだけど、このブログも含め最近ぼくとのコミュニケーションがとれなかった人に、こういう心境だったんだよということを伝えたくて、書いておこうと思った次第です。オチがなくてすみません。

徐々に本来のリズムを取り戻しつつあるので、今後も引き続きよろしくお願いします。

♪ My Chemical Romance / The Ghost of You

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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