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ITサービス業界の付加価値とは何か

2005/03/30 14:42
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ITサービス業界の商売はわかりにくい。同じITサービスでも派遣や商社のビジネスモデルならともかく、ソフトウェア受託開発の世界では、既存の会計のコア概念である原価や付加価値や資産というタームがうまく機能しない。債権・債務の原則的な確定タイミングである納品検収ベースのサイクルではキャッシュが回らないにも関わらず、リスクが高いためファイナンシングスキームのバリエーションは極めて限られており、リスクは顧客とサービスベンダーで按分していることがほとんどだ。数億円のプロジェクトが終盤になって何も終わっていないことが判明し、夜逃げしてしまった業者の話なども実際耳にする。

そんな不透明などさくさで、当然ながら不正も増えている。昨今相次いでいる不正の是正のため、ついに日本公認会計士協会が是正に乗り出してきた。本件についてはe-Tetsu Blogが詳しく追いかけている。

e-Tetsu Blog : 『情報サービス産業における監査上の諸問題について』

何というか、ちょっと哀しいことではある。

また、少し前の東葛人的視点が、昨今ITサービス業界の悲哀を見事にあらわしていた。

東葛人的視点 : MSのあまりに巨額の配当と、日本のITサービス産業のあまりに小さな市場

 今日の日本経済新聞の1面トップ記事を読んで驚いた。「増配592社に拡大」という見出しの記事で、3月期決算企業の3分の1に当たる600社が今期増配に踏み切るという内容。まあ、典型的なヒマネタだ。私が驚いたのは、記事中にあったマイクロソフトの特別配当の話。昨年12月に実施したマイクロソフトの特別配当は3兆円だが、この額は日本の上場企業の配当総額に匹敵するというのだ。

以前にも、東証一部上場企業の時価総額合計である約300兆円が、マイクロソフトとGEの時価総額を合計した約60兆円の数倍程度でしかないということがよく話題に上った。(NYSEの時価総額は東証一部の数倍である。念のため)

これらのデータが物語っていることは、日本の企業は付加価値を創出するという営みにおいて、米国企業に比べて明らかに後れを取っているということだ。

ITサービス業界に光を当ててみると、この違いはもっとクッキリ浮かび上がってくる。

 ところで、2004年のITサービス産業の市場規模はいくらだったか。経済産業省の『特定サービス産業動態統計』によると9兆6000億円規模だ。もちろん、下請け、孫請けなどのダブルカウント、トリプルカウントをそのまま数えての数字だ。この数字は大きいか、小さいか。試みにトヨタ自動車の連結決算と比較してみると、トヨタの年間売上高のほぼ半分。なんと小さな世界! それともトヨタが巨大すぎるのか。(「東葛人的視点」より)

つまり、ITサービス業界は製造業にとってかわって基幹産業の大役を仰せつかるようなこともなく、静かに一つ目のピークを迎えてしまったということなのだ。

さらに、上記の東葛人的視点でも指摘されているように、日本のITサービス業界では複雑な下請け構造により実体経済の数値はもっと低く見積もる必要がある。100円の商品を横流しして110円で売ってサヤを抜くようなビジネスに対しても、110円全額を売上計上する企業が多く、そういう横流し構造が二重三重に折り重なっているからだ。

ギクッとした経営者や営業はけっこういるだろう。そんな業界全体で水増しに水増しを重ねた結果が、約10兆円の市場である。それとてパチンコ業界の3分の1に過ぎない。

実際、商社や代理店のような商売をやっているところでは、こうした取扱高の総額を売上に計上する商習慣にどっぷり浸かっている。

これはAという商品を100円で仕入れ、101円で売るとき、「売上101円、利益1円」と表現するか、「手数料1円」と表現するか、という問題である。

商社の営業なら「年に100億の商いをこなしている」というのと「年に1億の収益を上げている」というのとでは、前者を主張したいというのが人情だろう。

だが折しも先日、日本IBMが「付加価値を付けることなく他社製品を売った分は売上に計上してはならない」という内規を厳格に適用し、決算を下方修正したことで業界を驚かせたところだ。この件については、先のe-Tetsu Blog東葛人的視点がそれぞれコメントを寄せている。

e-Tetsu Blog : 日本IBMの売上不正計上?
東葛人的視点 : 付加価値なき販売は悪か?----日本IBMの“不正行為”で改めて考えたこと

ここらあたりで、ちょっと余談をふってみよう。


2004年の暮れ、メディア・リンクスの粉飾決算事件というのがあった。これは手法としてはありきたりの、決算期の異なる会社間で商品をグルグルと回し、追跡が面倒なようにしておいて売上の水増しを図ったというものだ。

こういうお金の事情に不慣れな方のために、ちょっとベーシックなところからこの「水増しの手法」とやらをわかりやすく説明してみよう。

ある100円の商品Xを、まずA社がB社に売る。A社は100円を受け取り、B社は100円を支払い、商品Xを受け取る。その後、同じ商品XをB社がA社に売り、A社が100円を支払い、B社が100円を受け取る。これを交互にグルグルと100回売り買いすれば、利益はゼロだけれども売上は1万円となり、A社とB社はともにビッグディールをこなしている立派な会社に見える、というわけだ。物流を伴わない金融資産や情報財などの仮想財を取引する場合、売り買いに伴うコストが極めて低いため、この図式はますますエスカレートする。

いわゆる粉飾決算の古典的手法というのは、決算期の異なる会社を何社も介したり薄めたりして、このようなグルグルの調査や追跡を難しくするということだ。こういう風に説明されれば、そのバカバカしさは明白だろう。

ところがどっこい、この一見バカバカしく明白な架空取引と、真っ当で正常な取引との境界は、実は結構グレーなのだ。

こんな変な例を考えてみよう。AさんはBさんの肩を叩いてその対価として100円をもらう。これは正真正銘、真っ当な取引のように思われる。その後、Bさんがお返しにAさんの肩を叩いて100円をもらう。これをグルグルと交互に繰り返してAさんとBさんがそれぞれ500円の収入と500円の支出を持つことにも、一抹の疑念は残るものの特に問題がないように思える。だが、さらに実際に肩を叩くのは面倒だからとお互いグルになって、実際には何もやっていないが肩を叩いたことにして、それぞれ100万円の収入と100万円の支出を帳簿に記録することさえできそうだと気付くと、これが明らかに変なのはなぜか。

一つの理由は、このAさんとBさんの二人からなるシステムが完全なゼロサムであり、自己拡張する力を持たないからである。いくら商品Xを売り買いして売上を増やしても、A社やB社は社員の給料を支払うことはできない。給料は、収益から原価を引いた付加価値から支払われるものだからだ。では、利益ゼロの企業はすべて犯罪者か?と問われれば、もちろんそんなことはない。どうやら非常に込み入った議論になりそうだ。

社会を流通するお金の出元は最終消費者であり、その消費者を養っているのは雇用主であり、その雇用主のビジネスを支えているのは消費者であり、、、という鶏が先か卵が先かというような無限ループがそこには存在している。貨幣の歴史は循環と生成の歴史である。なぜ経済は右肩上がりでなくてはならないのか。行き止まりはないのか。そういうことに誰しも疑問を持ったことがあるはずだ。

そもそも近代会計における取引の基本は「等価交換」であり、取引の前と後、式の左辺と右辺はイコールで結ばれるというタテマエで成立している。B社が100円を払うということは、100円という財産を失うと同時に、B社が100円の価値があると思う商品Xを手に入れるということなのだ。「複式簿記は人類が発明した最も素晴らしいものの一つである」とはゲーテの言葉だが、中世イタリア、ベネチアの商人たちは、はや500年前にこのことに気付いていた。

しかしこのことは、付加価値発生のメカニズム、つまり「そもそもなぜB社が商品Xに100円の価値があると思うか」については何ら説明するものではない。「肩を叩く」という、サービスを提供するAさんは見かけ上ほとんど何も失うものなく100円というお金を獲得できる。Aさんが、私の肩叩きには100万円のブランド的価値があるとオファーすること自体は悪ではない。つまり、肩叩きサービスと100円は、イコールで結べるほど厳密に等価とは言い切れないことは明らかだ。このビッドとオファーの恣意性、およびそれと対極にある等価幻想こそが資本主義のカラクリである。

この議論を進めていくと、実は「解釈の差異がダイナミクスをもたらす」という情報理論や貨幣=メディア論の射程にズバリ落ちてくるのだが、ここではこれ以上踏み込まない。

ともかく、一方では意図的に仕組んだグルグル取引は悪だということ、一方では直接数字に表れない付加価値のフェアな評価はまったく容易ではないということ(そもそも無数にあるパラメータを1次元の数字に畳み込むわけだから)、この2点を押さえていただければいいだろう。まだまだこの業界は、共通の会計基準についてコンセンサスが得られたとは到底言えない状況にある。


話を元に戻すと、ITサービス業界にとっての付加価値というものは、現場でしか感じ取れない空気のような暗黙の存在である。取引金額の数字に出てこないからといって、それを過小評価するのは間違いだ。うまく説明できようができまいが、付加価値はその組織に直接ビルトインされているのは間違いない。

だが、現在すでにある基幹業務システム構築などのアプリケーションに固執する限り、ズルズルと緩慢な縮小を続けるだろうこともまた、間違いない。「システム・インテグレーション事業における対デフレ戦略」というエントリでも書いたことだが、これからは戦略を持たないことが最大のリスクとなる。

中でも会計数字は非常に強いメッセージ性と伝播力を持ち、従業員・役員・株主などのステークホルダー間で価値観をすり合わせ、一体感を演出するのに極めて重大な役割を果たすのだ。通説に反し、会計は刻々と変化する生き物なのだ。過去の慣習に狎れてしまうのではなく、自ら働きかけて飼い慣らし方を身につけるべきだ。

ITサービス業界は雇用の受け皿としてのキャパシティは小さい。需要と供給のほとんどが都市部に集中しており、製造業において工場の誘致が地域経済にもたらしたような雇用創出にはまだまだ至っていない。大企業を顧客にして一部の特殊技能を持った技術者だけを食わせて成立している、狭い業界なのだ。

これは裏を返せば、裾野の拡大に向けて今後発展する余地は限りなくあるということだ。

もっと早く生まれてきたらネット黎明期の波に乗れたのに、と思っている若い人たち。あるいはもう自分にはチャンスなんてないだろうと諦めている人たち。大丈夫、いつか同じだけの大波は間違いなく再びめぐってくる。だが、そのときに何ができるかは、それまで何をやってきたかだ。いま、この瞬間を大切にしつつ、テンションを上げておきたいものだ。

Buckcherry / Alone

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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