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CNET Japan ブログ

「一太郎」訴訟にみるソフトウェア特許のぶざまな現状

2005/02/05 02:44
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怒り心頭である。

ジャストシステムが「一太郎」と「花子」の販売禁止を命じられる判決を受けた(ただし、ジャストシステムは控訴する方針なので判決の効力は確定されないので注意)という、くだんの事件である。これはソフトウェア業界に勃発したテロリズムである。

CNET Japan : 「一太郎ショック」で鳴り響くソフトウェア産業への警鐘

ソフトウェア業界に属する人間として、怒りを通り越して脱力感にひたってしまう。極東ブログもこのトホホな判決とその報道状況に見事に斬り込んでいるし、13Hz!でも私が以下に述べない視点を挙げているので参考になるが、どうすれば歩み寄れるのか見当もつかない。判決文も見てみたが、こんなものが特許としてまかり通っているだけでも背筋が凍るのに、これが司法の場でも肯定されたということに、世の中の仕組みが狂いつつあると感じざるを得ない。法曹界のボンクラどもは何をやっとるんじゃ?と。

内容は敢えて詳述しないので、上記の他に必要ならここここここここ、それからバルーンヘルプとは何かを知りたければここを見よ。

どうしてこう、特許をめぐる紛争はこうもみっともないものばかりなのだろう?(なお、この青色LED訴訟の件については一年前のこのときに言い尽くしたので、和解の続報について改めて言うことはない)

いつもなら感情で判断してはならんと頭を冷やして自分の認識の誤りを検討することから入るのだが、今回ばかりは何も見つからなかった。よって、私はまず本件を徹底的に批判する立場をとる。

■ソフトウェアに特許はいらない?

まず率直な見解を述べる。のちに建設的な議論に発展させる。

まず、ソフトウェアに対して出す特許は、例外的に斬新で素晴らしいものに限るべきではないか(基本的に特許として認めない方針でよいのではないか)という議論をする。ソフトウェアの特許とはどうあるべきか。専門家の見地から、こういう「そろそも論」をぶつ義務があると感じた。

ソフトウェアというのは主に人間とコンピュータがインタラクティブに触れ合う「ユーザーインターフェース」の部分と、その裏でロジックを実行する「アルゴリズム」の部分の二つから構成されている。

前者が人間工学であるのに対して、後者は純粋に機械的な応用数学の世界である。

まず後者に関して言えば、アルゴリズムとはつまり「プロセスのモノ化」であるから、かなりの汎用化が期待できる。検索、整列、結合、分割などの厳密で基本的なものから、最適化や高度な検索などの近似的な解法まで様々なものがある。しかし、この分野はアラン・チューリングが基礎を固めた1930年代からほぼやり尽くされていて、ハードウェアの性能向上やコモディティ化といった外部要因の変化を前提にしなければ新しいものは生まれないし、それとて小粒なものになってしまっている。とはいえ、こちらは専門家だけに閉じた世界であるから、100歩譲ってまぁ特許にも一抹の理を認めるとしよう。

一方、ユーザーインターフェースとは何かというと、その価値基準は「人間がストレスなく使えるか」と「斬新で魅力的と感じるか」のどちらかである(世の中にはエンジニアの思い込みで設計された使いやすくも斬新でもないユーザーインターフェースに溢れているが、それは特許とは関係ない)。後者は主に「意匠」だが、こちらも普及すると刺激が薄まってきてやがて前者になる。

つまり、ユーザーインターフェースの本質は「プロトコル(約束事)」なのである。道路標識もドアも改札もエレベータもボールペンも伝票も、(それなりに文化が共有されていれば)誰でも間違えずに何をすべきか判断できる。人間の認知能力はもっともボトルネックになりやすく飽和しやすいパーツだから、ユーザーインターフェースにおけるイノベーションの基本は独創性ではなく標準化である。

テレビのリモコンの右上に電源ボタンがあるのは、別にそれが革命的で素晴らしいからではなく、最初はたまたま偶然の配置で、それがなんとなく浸透してくるにつれて次第にそこにあることが無意識のうちに自然だと感じるようになってきたからである。工業デザインの世界では、これをアフォーダンスという。アフォーダンスを担保しているものは記号の流通とゆるやかな暗黙の合意形成の歴史であって、ポストモダンの用語で言えばシミュラークルの増殖ということになる。(まるで言語みたいだね、と思ったあなたは完璧に正しい)

これに特許を認めてしまうと誰が不便をこうむるかというと、ユーザーなのだ。非専門家である一般消費者がそのとばっちりを受けることになる。今回のケースでも、ジャストシステムにとってみれば絵を変えるぐらいその気になれば何の困難もないだろうが、その気にならなかったのだ。ただ善意からユーザーにとって一番ストレスのない選択肢をとることの何が不正だろう。翻って、その善意を踏みにじるために行使される特許とは一体どういうものか。

しかも今回の裁判では販売禁止のみならず在庫廃棄までを求めたという。もし仮にこれが実行されたら、一太郎を必要としているユーザーは一体どうせよと?残念ながら松下製の同等製品はございませんので、マイクロソフト社のワードへの買い換えをご検討ください、とでも?しのぎを削る好敵手でもなく、ともに同じフィールドで正々堂々戦う関係にもない者同士が、特許をめぐって争うことほど産業発展にとって不毛なことはない。

MacintoshがWindowsにマネされたのは、Macユーザとしては腹が立ったしアップルの戦いを応援していたけれど、その実はというとマネされたことを誇りに思っていたし、本当にマネをやめさせたいとは思っていなかった。そして、それが結果的に社会にとってとてもいいことだったのだ。

ここまでを総合すると、少なくともユーザーインターフェースにまつわる特許というのは認めない方がよいという結論が必然的に導かれてこないか。

法や制度に振り回されるな。本質を見よ。
法は完全実行されないことにこそ価値がある。

■特許は何のためにあるのか

特許とは特定企業の知的所有権をめぐる私益を何でもかんでも保護するためのものでは断じてない。

特許法第1条には、このように趣旨が書かれている。

この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与する ことを目的とする。

特許は、守らねば潰されてしまうような個人や弱い立場の企業を保護し、発明を奨励することで、最終的に産業全体が活性化しますようにという期待を込めて、そのための手段として誕生したのではなかったか。

しかし現行の特許制度は、その弱者の立場にある当事者として言わせていただくが、もはや正反対の意味合いしか持ち得ていない。

「松下電器がジャストシステムをひねりつぶしたら産業全体が活性化されるんですか?」という質問ひとつで原理的な矛盾が導かれそうなものだが、どうもそういう明晰な議論はどこにも見えない。

より大局的に見れば、特許王国であるアメリカのソフトウェア業界があんな悲惨な状況になっていて、一方でグローバリズムの影響をまぬかれないから、国際社会(特にアメリカ)と競争していくには知的財産権の保護を奨励していかなくてはならない、という極めて外交戦略的な意味において特許を考えるというなら、わからないでもない(輸出90億円、輸入9000億円とその比100倍におよぶ腰抜けの日本のソフトウェア業界にそんな高い志があるとは思えないが)。それでも、すでに強者であるアメリカが得意とする土俵にへーこら上がっていったところで物量的に勝ち目はない。森鷗外は日本人よ二本足で立てと言った。一本は東洋であり、もう一本は西洋だ。我々には我々のルールがある。

私自身もソフトウェア業界のベンチャー企業に所属して技術革新のために日々仕事をしているわけだが、ソフトウェアビジネスの経験を積めば積むほど特許のナンセンスさが身に沁みてくる。2000年頃、あの悪しきビジネスモデル特許が華やかなりし頃にいくつか特許を請求してから、特許から一旦身を引いた。

いつか誰かから攻撃されるかも知れないから自衛のためにとりあえず特許をとっておこうという、それなりに自己正当化できるロジックと不信感の増幅というネガティヴ・スパイラルで成立し、いつの間にやら制度自体の存続が自己目的化した保険産業だと見透けてしまったからだ。核兵器の保有による抑止力と同じ底なし構造ではないか。

あえて丸腰になるには勇気がいるが、利他の精神のない誇りなきビジネスを続けるぐらいだったら店じまいするほうがマシだ。レイモンド・チャンドラーの言葉をもじらせてもらえば、「私利がなければ生きていけないが、利他がなければ生きていく価値がない」のだ。

その私利の面だけをとりあげても、いつか起こされるかも知れない訴訟のためにくだらない特許の請求項の作成に時間を割くよりも、クリエイティブで楽しいことのために時間を使いたいではないか。

■建設的な意見

ここで制度に対するより精緻な意見を述べる。対症療法的だが、即効性はあると思う。

現行の特許システムの最大の問題は「量的なものが斟酌されていない」ことであろう。特許法第29条柱書きには「産業として実施できるか」そして特許法第29条第2項には「容易に考え出すことができないか」という基準があるのだが、これらをあわせると特許を認定するような発明とは、ある日突然ひらめいてそのまま通るようなものではないということだ。そこには実現までの試行錯誤のプロセスがあってしかるべきで、アイデアよりインプリこそが技術的課題なのであり、どのぐらい時間とコストをかけてこれを実用レベルに持ち込んだかという証明を基準に盛り込むべきだ。

提出物として、設計に関する説明だけでなく、そういう設計にいたるまでのプロセスはどうだったか、その過程で起きた失敗がどう活かされたかを記述を添付する。それに要した人員と時間とコストのサマリーも添付する。産業のためのものなのだから、このぐらいのリアリティがあっていい。ここにウソの記述をする可能性があるとしても、いざ訴訟のときに白日の下にさらされることを思えば、抑止力としての効果は十分にあるだろう。

それから、特許法第29条柱書きの「産業として実施できるか」は、請願当時の判断でよかったわけだが、係争はその後何年も経ってから起きることがあるわけで、この条項の精神に照らせば訴訟を行った時点で「産業として実施して」いなければ、司法はこれを無効であるとしなければならないのではないか。

今回のようなケースやその他もろもろのバカバカしい特許騒動は、これでずいぶんと減るのではないか。

特許になる発明とは

■プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神

さて、肝心の松下の言い分はどうなのか。

「たしかに直接収益的なメリットはないかもしれない。しかし、我々は『知財立社』を目指しており、今回の件もその戦略の一環だ」

 知財立社については、2005年1月11日に松下の社長である中村邦夫氏が発表した「2005年度経営方針」で説明されている。成長戦略を加速させるために「他社と明確に差別化された強い製品のみが顧客から支持される時代。いくつものブラックボックス技術をもつ技術立社と知財立社を実現していく」と言う。(CNET Japan記事より)

ああ、情けないコメント。自分が手にするかも知れないささやかな利益と、相手が倒産してしまうかも知れない切実な不幸の非対称性を、どう天秤にかけたらこのような恥知らずなコメントができるのだろう?自分たちの戦略と都合を押し通したイラク戦争とどう違うのだろう?パックス・アメリカーナのパナソニック版を目指しているのだろうか?松下の創業者・故松下幸之助氏なら、この件をどう考えただろう?

昨日(2月4日)付けの「松下幸之助 一日一話」には、偶然だが、こういう記述があった。

松下幸之助 一日一話

「企業は社会の公器」

 一般に、企業の目的は利益の追求にあると言われる。たしかに利益は健全な事業経営を行なう上で欠かすことができない。しかし、それ自体が究極の目的かというと、そうではない。根本はその事業を通じて共同生活の向上をはかることであって、その根本の使命を遂行していく上で利益が大切になってくるのである。
 そういう意味で、事業経営は本質的には私の事ではなく、公事であり、企業は社会の公器なのである。だから、たとえ個人の企業であろうと、私の立場で考えるのでなく、常に共同生活にプラスになるかマイナスになるかという観点からものを考え、判断しなければならないと思うのである。

何とストレートで美しい言葉であろうか。資本主義の源流にあった、マックス・ウェーバーの「片手に聖書、片手に算盤」のプロテスタンティズムの精神の脈動がそのまま聞こえてくるような言葉ではないか。こういう信念をもって事にあたってきたからこそ、松下は世間の尊敬を集める企業となったのではなかったか。

中国古典と松下幸之助の知恵
ラジオ特許の無償公開

 昭和初期のことである。松下電器も、昭和7年(1932年)ラジオの発売にあたり、特許魔といわれる発明家が、ラジオの重要部分の特許権を所有していたが、わが国ラジオ業界発展のためにと交渉し、結局2万5千円という、当時としては破格の大金でその特許を買い取り、それを無償公開しラジオ業界に大きな驚きと賞賛をもって迎えられたのである。
 このように、幸之助は業界全体の共存共栄にも努力し続けたのである。

このような同業他社との「共存共栄」の精神はどこへ行ったのか。「水道哲学」の瑞々しさはどこへ行ったのか。松下幸之助氏を心から尊敬する者として、日本人として、恥ずかしく、また哀しい。この件に心を痛めている、知性と良識ある松下の社員たちの奮起に期待したい。

■金儲けと倫理の契機

マルクスは生産と労働を人間観の中心においた。社会主義が結果的に間違っていたとしても、これはマルクス理論の正しい部分である。ところが、現代人の労働観がどんどん歪んできている。まず自らの足下をよく見よ。

私たちは働いて給料をもらう。何のためか。まず私たちがそれによって生活をするためだ。うまいものを食べ、よい服を着て、よい家に住むためだ。その意味で労働は自利でよい。

しかしそれだけではない。私たちの妻(夫)を食べさせ、子を養うためでもある。その意味で、労働にも最小限、利他の契機は含まれている。働いて、金を儲けて、まず家族を養う。これは人類の最初の愛である。鳥の親が苦労して集めてきた餌を雛鳥にやる行為にもあるように、生物は本能的に利他の生活をしているのである。

それからさらに、自分の仲間が、会社が儲かるよう、会社の人すべての生活が成り立つように働く。それもただ食えればいいというわけではなく、人間らしく豊かな生活ができるというのは、素晴らしいことだ。

もうお分かりだろう?家族、会社の仲間ときて、地域社会、日本国、人類、あるいは自然のため、そういう利他を実現できて、はじめて労働という行為が生きてくる。自信をもって胸を張って生きていくとは、そういうことを言うのだ。

自分だけがこの世の中で生きているわけではないということ、関係性の中で生かされているということ、世界は思っているより小さくて狭いということ、そして金儲けにこそ倫理的契機が含まれているということ。

私は格好をつけてるわけでも博愛精神をアピールしているわけでも聖人を気取っているのでもなく、むしろそんな当たり前の基本的な社会構造が見えてない人間が、最低限の教養もないバカに見えると言っているだけだ。

私利私欲をとことん追求すればこそ利他に行き着く。騙し合いをやめて正直に生きればよいとは、なんともシンプルで気楽な生きざまではないか。そんなこともわからんバカは顔を洗って本の百冊でも読んで出直してこい。

■独立自尊を目指せ

福沢諭吉は独立自尊ということを強調した。「独立の気概なき者は、国を思うこと深切ならず」といった。自分の足、自分の思想で立っている独立自尊の人間がいないと、近代化は不可能であると考えた。しかし、日本は近代化したのに、むしろ独立自尊の人間がだんだん少なくなってきた。独立自尊とは「哲学」を持っている人のことだ。哲学といっても何も難しいことを言っているのではなく、自分の生き方を確立してそれを原理原則で明快に説明できるということだ。

あたなは自分の生き方、価値観を恥じることなく堂々と説明できるか?相対主義的ニヒリズムに堕してはいないか?私に言わせれば、それは自信のなさや社会への恐怖感と表裏一体だ。食うにも困るという切実な事情がなくなってしまったことが、かえって日本から独立自尊の人間を奪ったのか。

国際社会でやっていくとは、英語がしゃべれるとか知識が多いとかではなくて、「自分の原理」を説明できるかどうかということだ。民主主義とは多勢には従うが自分の説を曲げる必要はないことであると思い出せ。

■徹底抗戦せよ

さて、脱線が過ぎた。そろそろまとめに入らねばなるまい。

2003年以降にヨーロッパで起きているソフトウェア特許関連のトピックを集めておいた。皮肉な事に、特許王国アメリカではIBMやSUNなど大手ベンダーが特許の無償提供に乗り出してきている。。。

Lessig Blog : ソフトウェア特許に抗議するEU(2003年09月02日)

ブリュッセルでソフトウェア特許関連法案に対する大規模な抗議行動(2003/08/27)
EUのソフトウェア特許試案に非難の声(2003/08/28)
欧州の開発者がソフトウェア特許反対のデモ集会(2003/08/29)
欧州のソフトウェア特許指示の採決が延期に(2003/09/02)
L・トーバルスとA・コックス、欧州ソフトウェア特許法案に反対(2003/09/24)
欧州議会、ソフトウェア特許法案にゴーサイン(2003/09/25)
欧州ソフトウェア特許法案の制限は「行き過ぎ」(2003/09/29)
EUの指令可決で、特許戦争勃発?(2003/10/06)
欧州連合、ソフトウェア特許指令の修正案を承認(2004/05/19)
トーバルズら、EUのソフトウェア特許を非難(2004/11/24)
オープンソース界の大物らがソフトウェア特許を酷評(2005/02/02)

本件に関して、言いたいことがあればトラックバックでもコメントでもメールでも結構ですのでどんどんお寄せ下さい。誠実に対処させていただきます。(ただし、誰のための、どういう幸せのためのものか、という観点で誠意の感じられない議論は容赦なく切り捨てますのでそのつもりで)

特にソフトウェアでメシを食っている業界の皆さんにはぜひ関心を持ってもらいたいと切に願います。

知的財産権という言葉を不用意に振り回すバカが蔓延するのを防ぐのには努力を惜しみませんので、よろしくお願いします。

スローガンは「訴訟より、イノベーションを!」で。

松下電器産業製品不買運動

不買は本質的なアプローチではないと思うが、抗議の署名が可能なので一応紹介。

Sadist / Escogido

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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