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世の中をぶっ壊す悪意なきテクノロジー

2004/12/14 03:07
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だんな、テクノロジーが世の中を変えるってことがどういうことか、わかってるかい?

なに、コンピュータが便利だ?インターネットは素晴らしいって?

残念ながら、おいらはテクノロジーそれ自体の小便利さになんざこれっぽっちも興味がなくって、ようするにテクノロジーが社会の根源的価値観を揺さぶることの不安ってことが後にも先にもおいらの関心事なのさ。極端な保守主義だって?悪くないね。そう呼びたきゃそうラベリングすりゃいいさ。ただし、おたくが保守主義ってことの意味をもう一度だけでいいからよーく考えてくれりゃの話。いいかい、ここから先の話はぶっとんでるから、覚悟を決めておくれ。

なに、ブログが面白い?ソーシャルネットワーキングなんちゃらがどうしたって?惜しいね。社会性とか関係性とかいうものがより具体的なテーマになったという点で、なかなかの線は行ってる。この辺はまた機会を改めて論じようじゃないか。だけど、今回話したいのはそういう次元のことじゃない。

良きにつけ悪しきにつけ、社会を揺さぶるようなテクノロジーってものは、その定義により、物議を醸すもんだ。たとえばバイオテクノロジーの世界には、試験管受精・代理母・向精神薬・遺伝子工学などのキータームがあって、その先には長寿化によって代謝しなくなる社会組織の停滞、胎児の仕様を選別するデザイナー・ベイビーの登場、人格や知能や犯罪や同性愛などに対する神経薬理学的なアプローチ、そして選択的遺伝にまつわる新手の優生学の再興などなど、根源的な不安を誘う宗教的・政治的・倫理的に切実な問題が山積みってわけさ。

そんでもって、振り返ってみてどうだろう。ここんとこのインフォーメーションテクノロジーの世界は、「より良い」だとか「便利」だとかいうご都合主義に溺れちまってないかい?かつてオーウェルハックスリーが描いた未来のような「ヤバそう」だとか「とんでもない」っていう感覚は、どこへ行っちまったんだろう?

pro-(賛成)とanti-(反対)は、それ自身の階層においては対立する概念かも知れないが、もうひとつ上のレベルから見たら、本当の対立構造は「ホット(賛成と反対の論争) vs クール(無関心)」だってことは、だんなも知ってるはずさ。

ためしに、もしあんたがCIOじゃなくったって耳ダコなはずの繰り言、それも21世紀序盤の流行語大賞級のキーワードをピックアップしてみようか。

「我が社の製品は高性能・高品質でビジネス・プロセスを最適化して、うんたらかんたら。。。」

「我々の画期的な情報数理論的特許により、これまでの1万倍の強度のセキュリティが担保できて、うんたらかんたら。。。」

もう100万回ぐらい視聴覚に介入してきたであろうこの手のプロパガンダは、現代社会の中核を成すイデオロギーに過剰適応済みの思考回路が黒焦げになるまで焼き込まれた脳味噌から出てくるわけさ。つまり、君たちが扱ってる問題のドメイン(定義域)の広さはどのぐらいなのかな?地球規模の問題?日本の問題?資本主義の問題?地域社会の問題?それとも、ひとつの会社が市場競争に勝つって話?一つの事業所が本社に隠れてこっそり何かやりたいって話?そんなことを聞くのは野暮ってこと。

豪華絢爛なパンフレットを携えた営業マンのアルカイックなにっこり顔に出くわして、こんな調子で「便利でしょう?」と言われたらきっと、反論(この場合、そうだな、「それは不便です」ってことかな?)をしたくなるというよりも、興味ナシって方が先にくるはず。ビジネスや工学の分野で学位のある頭のいいやつらは、抵抗勢力を生まないぬるま湯のような軸を見つけるのが得意で、喧嘩がイヤだから行儀良くふるまい根本的な問題はなるべく避けて通り、その根本的な問題とやらは深く深く見えないところに沈んでしまって取り出し不可能になるって寸法。

でも、どうしてこう、半端に頭いいやつらは、anti-を封じることがパラダイム自体の衰退をもたらすってことに気付かないんだろうね?まったく。ユートピアは地獄と循環してるんだってのに。

情報系テクノロジーはいつの間にやらpro-とanti-の両方を失って、クールの領域に近づきつつある。今どきネット界隈を騒がす問題のジャンルといえば、スパムだの違法コピーだの儀礼的無関心だのコモンズだの、誰かが強姦されるとか虐殺されるとかいう深刻な審級じゃなくて、おたくの庭の植木の枯れ枝がうちの庭に飛んできて怪我しちゃったよどうしてくれるんだ的な、そんな自意識過剰な問題系、言い換えれば牧歌的な異文化の小競り合い、しかも目の前に見えていて即時充足可能なソリューションとやらの処方に後退しちゃってるみたい。

何、オープンソースのことを忘れてないかって?あぁ、例の技術者至上エリーティズム(ただし模倣専門)のことかい。彼等の扱っている問題がターゲットにしている人口サイズは1万人なのか1億人なのか100億人なのか?もし「大聖堂とバザール」が億オーダーの人々によって唱えられるマントラになるようだったら知らせてくれ。


なぁ、だんな。政治と経済と文化は、馴れ合うことはあるけれど、折り合うことはないんだ。正義と効率と自己満足は互いに矛盾するものなんだ。そこへきてテクノロジーというやつは、これらの持つ制約条件の全てを絶えず揺るがせ、その構築にも瓦解にも寄与しうる文明の基盤でありトリガーであり続けたのさ。

フランシス・フクヤマが『歴史の終わり』で導いた結論によると、1800年頃のフランス革命によって自由主義の原理が統合されて以降、1989年の共産主義の崩壊や2001年の9.11テロを経て今に至るまで、革命の原理を塗り替えるような本質的変化は何も起きていないんだそうな。当然ながらこの考え方には沢山の批判が寄せられたけど、唯一反論できないと思ったのは、科学の終わりがない限り、歴史も終わるはずがないという指摘だったとか。

ダニエル・ベルは経済と技術をイコールの概念として押し込めて論じたけれど、実はそれは正しくない。技術こそが政治や経済や文化の水準を決定する因子なんだ。また、レッシグが『CODE』で法・市場・規範・アーキテクチャというフレームで論じたときには法が公理だったわけだけれども、おいらに言わせれば公理はテクノロジー(アーキテクチャ)の方だってわけ。

文明の基礎は科学技術にあって、その恩恵として人類は家屋に住み、服を着て、食べ物を料理し、交通事故を起こし、電車で脇目もふらず携帯メールをするようになる。そんなライフスタイルの変化に伴う居心地の悪さがトリガーになって、セックスは秘め事になり、ストリーキングは犯罪になり、車の運転は免許制になり、偶数号車両では携帯の電源を切った方がいいよってことになったんだ。つまり、人間性や法の根拠とされている普遍の道徳観なんてものでさえ、長い目で見れば可塑性があるってこと。

でも、泣こうがわめこうがテクノロジーの進歩だけは冷酷なまでに止まらない。人間が人間である限り、頭蓋骨の中にある1リットルの原形質が過剰な知的欲望を横溢させている限り、科学技術はじわり、じわりとその版図を広げ続けることだろうね。

つまりだな、今我々が当事者として目撃している情報技術ってやつがほんとうに革命的な科学技術に属するものなら、これによってもたらされる新しい社会システムってのは、今の権威的な用語定義でいうところの政治や経済や文化という軸では捉えられない新しいフレームを準備しなければならなくなるかも知れないってことだ。そしてそれは、数百年とかいう単位でしか起き得ない、恐ろしく慣性の大きな変化のはずなんだな。

なに、自分が死ぬまでに起きない社会的事変には興味ないって?なるほど、なるほど、一理ある。人生の長さっていうやつは(それも情熱のある期間に限ればなおさらのこと)、人生観を規定するあらゆる制約条件の中で最も強力なもののひとつだ。そして、価値観の変化というのはマクロに見れば世代交代によってしか起きない、もっとありていに言えば、おたくが死んで子や孫に道を譲ることによってしか起きないってことなんだよ。つまりだね、社会を構成する要素の中で、人間の倫理観とか価値観とかいうやつが、一番変化の遅いコンポーネントだってこと。でも、ひとつだけ忠告しておこう。倫理観や価値観ってのは敏感さという点でもずば抜けていて、ちょっとした変化でも劇的な痛みを伴うから、だんなの人生の中でも何度か転機は訪れるだろうね、間違いなく。

だから、あれこれ悩んでもしょうがなくって、今という瞬間をホットに充実させて生きていくことができる仕事に集中するのは間違いなく正しい。だけどもし、だんなが行き先がわからなくなってのらりくらり仕事してるけどモチベーション上がらねぇって具合だったら、こういうことをちゃんと考えてみたらどうかね、って思ったわけさ。

ある意味、世の中はうまくできてるだろ。そう思わないかね?

こんな世の中の不安を知りつつ、その中に美しさとか楽しさを見いだせるようになれば、しめたもんさ。

Marilyn Manson / Rock Is Dead

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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