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CNET Japan ブログ

No Internet, No Life?

2004/09/29 03:37
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午前6時に目を覚ます。

視界がゆっくりとロング・ショットからクローズ・アップに移って像を結び、この週末に交換したばかりのシリカ灯のまぶしさに瞳孔をせばめ、離れがたいぬくもりを湛えたベッドからうっそりと足を下ろすと、ちゃんと片づけられる日を待って廊下に置かれたままになっているファンをどけ、洗面台の鏡へと向かう。

そこに映っていたのは、しわくちゃになった紙切れのように髪の毛を寝癖で逆立てた、力なく佇むカラクリ人形だ。その人形に眉をしかめてみせながら、ぎごちなくコックを捻って一日の始まりを告げる澄んだ流れの音を聞く。

アスファルトに最初の一歩を踏み出す頃には、ブーンとうなりたてて大脳辺縁系にも通電し、ぼんやりと頭の中をめぐっていた果てしもない考えが少しずつ形をなしてくる。空の様子はすぐれないけれど、気分は上々。駅までの道すがら、どこからともなくベーグルの軽く焦げる匂いとスチームミルクの淡い香りが届けられてくる。

そう、ここは数千トンの鉄筋コンクリートが林立する、ぼくの街だ。

自然とiPodのスイッチに手が伸びる。シャッフルされて最初に鳴り始めたのは忘れもしない、マンハッタン・トランスファー。やがてトーキョーという街にもサイケデリックにさんざめく雑多なBGMがフェードインしつつある。それを真っ白なイヤーパッドでシャットアウトするのだ。

脇目もふらない足早な人々に脇目もふらず、いつもの電車のいつもの車両に乗り込んで、色褪せたクロムのようなステンレス合金の密室に閉じこめられる。

いつかどこかで見たような俳優が、ドア横のB-3ポスターフレームの中で奇妙なポーズのまま固まっているすぐそばで、薄手のワンピースにシースルーのジャケットを重ねたブルガリの香りのする女性が、この上なく派手にアセンブルされたメッサジオを揺らしながらケータイのキーを無心に叩いている。

列車のエンジンがどこか遠くでシフトダウンしている。動力エネルギーの規模を誇示していた騒音は、風船の空気が抜けるようなポルタメントを奏でて低音域へと移行し、とうとう無音となる。シースルーのジャケットの裾か何かがが、書物を手にしていたぼくの腕のどこかをやさしく撫でて出て行った。刹那、ディオニュソスのオルギアが脳裏を掠める。遠慮と無関心の交錯するこの都市で、こうして記号化されたフェティッシュだけがアーカイブされていくのだ。

オフィスに着いて、バッグからノートを取り出す。スリープ状態で持ち運ばれたそれは、静かにゆっくりとインジケータを脈打たせている。それが、ストロークの浅いキーをヒットする乾いた音ののち小気味よくチカチカ光ってアクティブに復帰する。ハーマンミラーのアーロンチェアに深く腰掛けて一呼吸し、ようやっとiPodをシャットダウンし、100通ばかりのスパムを削除。これまでのところ、ほんの少しの例外を除いて完璧な日常のシークエンスだ。


誰ともそっくり同じではないが、誰ともそれほど違わない、ありふれた反復。

だが、ひとたびブログの巡回、メールの返信、Googleでの調べ物などに足を踏み入れると、等しく抗しがたい寄り道への誘惑がつきまとうようになる。知的活動に必要な脳の資源は生産よりも消費に流されやすい。

こうした日常のディティールには、他者性に立脚するビジネス機会だけでなく、ぼくたち自身のクオリティ・オブ・ライフを考える上でのヒントもたくさん潜んでいる。インターネットがぼくたちに直接もたらした作用は、覚醒中の人間の集中力をより高め、奪い、どこか他の方角へと誘惑することだ。今日は無為な一日だったと総括できるほど自覚的であればまだ健全。カウンターカルチャーの辺境に点在するアナクロ・グノーシス派なら、インターネットは新種の、それもかなり常習性の強いドラッグであると再定義したとしてもおかしくはない。

前回のエントリにおいても言及したこと。知的欲求は諸刃の剣、こうした誘惑と綱引きを続けなければならないというのは、ポスト・インターネット世代の知的労働者が背負ったカルマなのだ。

ここから先のことは、同じように些末だけれど、もっと茫漠としていて記述に堪えない。もう少し整理できて気が向いたら書くとしよう。

Richie Kotzen & Greg Howe / Tilt

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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