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CNET Japan ブログ

曲がり角に達したソフトウェア業界

2004/03/29 19:13
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ここのところ、立て続けにソフトウェア業界のビジネスが踊り場に達してきたことを示す記事が増えてきている。

ソフトウェア支出の伸びは期待薄--ガートナー調査

ソフトウェア業界は、少なくとも短期的にはこれまでのような二桁成長を復活することはないだろう、とのこと。

IDC調査--新たなライセンスモデルを模索するソフトウェア業界

「変化に対応できていない」--ソフトウェア業界のあり方に内部批判

エンタープライズ向けソフトウェアの従来型のライセンス体系、即ち高価なソフトウェアを先に購入してもらい、後でメンテナンスと称して継続的にその数%〜数十%程度の費用を毎年徴収するというビジネスモデルに対する批判。

今回は特に後者に焦点を当てて議論することにする。

■サブスクリプションは正解か

上記で述べられていることは、ここ数年ほどずっと議論の対象となってきた。ライセンスをサブスクリプションベース(ユーザがシステムを利用した分だけ定額または従量課金によって費用を払う形態)にすることで、初期投資リスクを抑えて投資対効果を正当化しやすくしようという考え方である。あるいは、顧客のビジネス上の成功指標をベンダー側へのリターンに連動させることで顧客のもつ課題意識を共有するインセンティブを働かそう、という成功報酬型のライセンスを礼賛する論調である。

この考え方は、一見、反論の余地がないほど正論である。

が、ちょっと待って欲しい。これはソフトウェア業界に固有の問題だろうか?

高価な初期投資と継続的な保守費用で構成される収益モデルは、元来ハードウェアビジネスから生まれ育ったものである。コンピュータが民間需要で使われるようになり始めたばかりの頃、当時ものすごく高価だった大型コンピュータを導入するというのは清水の舞台から飛び降りるような一大イベントだった。メインフレームベンダーも巨額の投資を回収するためには顧客の確実なコミットメントを必要としたし、顧客もまた自らが大きな賭けをしているという自覚があった。そしてその頃の業務で必要とされたアプリケーションソフトウェアは、ハードウェアの巨大さと比べると取るに足らないほど単純なものであった。

その後、ハードウェアはコンパクトになり高性能になっていく一方、ソフトウェアは大規模で複雑なものへと進化していった。かつてはハードウェアのオマケ程度の扱いであったソフトウェアがシステムの全体コストに占める比重が高くなり、逆転しつつある。この歴史的変遷の中でソフトウェア業界は誕生し、ハードウェアの販売モデルに倣って高価な初期投資と継続的な保守費用というビジネスモデルを確立させてきた。

確かにハードウェアは物理的な「モノ」であるから、なるほど所有権の移転と対価の発生を実感しやすい。その点では「高価な初期投資」の必然性を説明するのに一役買っているように思われる。しかし、そのことは決してそのハードウェアが生み出す「価値」を証明するものではない。どのような高性能なハードウェアも、それを活用するアプリケーションがなくてはただの粗大ゴミである。この観点に立ち返るならば、ソフトウェア業界もハードウェア業界も同罪なのだ。今さら原則論を持ち出すのはいささか気が引けるが、顧客が価値を享受し対価を払うのはあくまでアプリケーションであって、その構成要素である個々のハードウェアやソフトウェアに対してではない。

裏を返せば、このような論調が登場する背景としてまさに「ただの粗大ゴミになってしまったシステムが山ほどある」という苦しい現実が垣間見えてくる。

この古くて新しい問題に対して新たにベンダーが打ち出してきた提案が、「オンデマンド」や「ユーティリティ」といったサービス志向のコンピューティングなのだ。ハードウェアもソフトウェアもアプリケーションもセットになってサブスクリプションベースで提供され、バランスシートを汚さず、初期投資リスクを抑えることができ、使ってみて気に入らなければスイッチすればいい。まさにユーザにとって理想的な利用形態であるように思われる。

ただし、ユーザのニーズに合致するサービスの選択肢が十分にあれば、だが。

■オンデマンドとユーティリティのシナリオ

この「ユーザが真に満足できるサービスの選択肢が十分あるという状況は、可能か?」という命題は、非常に解決困難である。そのことを以下に簡単に述べる。

多くのユーザは、昨今のシステム開発プロジェクトにおいて何らかの失敗を経験している。中でもよくあるケースは以下のようなものだ。上位のものほどタチが悪い。

  1. 限られた期間内に要求をまとめきれず、かつベンダーが仕様の変更を認めないために使えないシステムが出来上がる
  2. ベンダーをねじ伏せてこき使って疲労困憊させ、プロジェクトメンバーの士気を下げて低品質なシステムになる
  3. ベンダーが仕様の変更を認めたが、期間の延長により追加の費用と納期の遅れが発生する

これらに共通する根本的な原因は、至ってシンプルである。「システムの完成イメージを予め正しく認識・共有し、必要な工程を見積もる」というごく当たり前のことが実は最も難しいということ、そして「ユーザの要求は非常にこだわりが強く、しかも変化する」ということだ。(3)ではユーザが赤字になり、(2)ではベンダーが赤字でユーザは不満足、そして(1)では見かけ上の予算オーバーこそ発生しないが投資そのものを無駄にしてしまう。

このように、システムを開発するというシチュエーションではベンダーとユーザの間でリスクを按分するきわどい綱引きがあるのが現状である。このような中でユーザだけがリスクを避けられるオンデマンドやユーティリティのようなビジネスモデルは、ITベンダー側にリスクをしわ寄せするに過ぎない。このことは長期的に何を意味するだろうか?

穿った見方をすれば、これらのビジネスモデルはいわゆる「1円入札」と同じようなもので、リスク引き受け余力のある大手ベンダーだけの特権である。すなわち、市場に強力な淘汰圧をかけ、寡占化を増長することになる。その結果、「ユーザが真に満足できるサービスの選択肢が十分ない状況になる」わけである。

果たして、ユーザは本当にこのような状況を現実的あるいは理想的と考えるだろうか。

■今日の失敗は明日の糧

誤解を恐れずにここではっきり言おう。IT業界は、ユーザの無駄な投資に支えられている産業なのだ。無駄というのはユーザにとって短期的な投資対効果が得られなかったということである。しかし、その無駄な投資はユーザやベンダーの担当者の暗黙のノウハウ、見えざる資産として蓄積されていく。個別の案件として見れば失敗したプロジェクトも、次のプロジェクトでの成功につながっていくし、より鳥瞰的に見れば産業全体の底上げにも貢献するのである。IT投資とは、つまるところ人に対する累積型の投資だ。決して「All or Nothing」のバクチではない。

リスクを回避しましょう、投資を抑えましょうという緊縮ムードからは成功は絶対に生まれない。投資を成功させる鍵はノウハウにある。しかし、そのノウハウは投資の失敗に支えられているということなのだ。この円環をバイパスすることはできない。

従って、このリスクがそれなりに制御可能なものとなるまでは、ベンダーが安易にサブスクリプションベースに移行することは決して最良の解ではないし主流になることもないだろう、というのが私の予想である。もちろんベンダーにも収益のバラつきを平準化できるサブスクリプションベースに移行したいというモチベーションは常にあるわけだから、その方向へと緩やかにビジネスモデルは収束していくだろう。しかしそのスピードに関して、私自身は2010年ぐらいまでにサブスクリプションが主流になることはないと考えている。(特にツール・ユーティリティ系のソフトウェアの場合、単価の値下がりの方が激しくサブスクリプションに移行している暇すらないだろう)

それまでユーザとベンダーはもっと互いに歩み寄り、ソフトウェアの生産性と品質の改善について協力し合っていくしかない。どちらか一方が短期的な利益を焦って強硬な態度に出てしまうと、あっという間にバランスが崩れ、結局はお互いが不幸なことになる。このようなシーンを私は何度か目撃してきた。

IT投資を考える上で重要なのは、簡単に数値化できるリターンを無邪気に期待するのではなく、試行錯誤を繰り返す中でボディーブローのようにじわじわと効いてくる種類の回収シナリオを考えることだ。真に成功している企業のCIOは、この暗黙知の重要性を直観的に理解している。ノウハウこそが財産であることに気付いているから、ベンダーに丸ごとアウトソースしたりはしない。

以前にもこのBlogで述べたことだが、IT業界は未だ原始時代なのである。今はせっせと人に投資し続けるしかない。わが身を守る具体的な処方箋をひとつだけ挙げるとすれば、人を育て、育った人材が逃げていかないような職場環境を維持すること。これだけなのだ。

♪ Manhattan Jazz Quintet / Rosario

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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