お使いのブラウザは最新版ではありません。最新のブラウザでご覧ください。

CNET Japan ブログ

シリコンバレーでの挑戦に向けて

2004/03/22 02:26
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

このところ本業が忙しく、更新が大幅に遅れてしまって本当に申し訳ありませんでした。

3月上旬よりシリコンバレーへ出張に行ってきました。途中で梅田さんのBlogでも紹介されているJTPA主催のツアーにも裏方として参加させていただいたり、JETROのインキュベーションセンターがあるSan Joseからゴールデンゲートブリッジを渡ってTiburonという町まで1時間強で車をかっ飛ばして移動しなければならないアポイントがあったり、連日ディナーは会食やらパーティやら反省会やらで深夜に及ぶという、とても密度の濃い日々でした。

今回の出張の主目的は、この春からシリコンバレーで働くことになったので、その下準備として少しでも現地の感覚を掴んでくること、そして少しでも人的なネットワークを広げるきっかけを作ってくること、の2点でした。いずれも期待以上の成果があったと思います。お世話になった皆様ありがとうございました。

■好きなことを仕事にするということ

実は今回が自分にとって初のシリコンバレー訪問だったのですが、見知らぬ土地で色々な人の話を聞くにつれ、多くのことを考えさせられました。中でもずっしりと心に残ったのは、自分にとっての「働くこととは何か」ということ。梅田さんのBlog渡辺千賀さんのBlogにも話題として提起されていますが、「自分が本当に好きなことって、何?」ということ。

まだ小学校の低学年だった頃の話。毎週末のように電器屋に通いつめては、そこに展示されているマイコン(当時はPCのことをマイコンと呼んでいた)で「立ち読み」ならぬ「立ちプログラミング」をやっていました。店員の白い目を気にしながら何時間もマイコンを占領し、その日の成果物をテープレコーダーで録音して持ち帰り(当時の外部記憶装置はカセットテープ)、平日は授業を聞いているフリをしながら鉛筆でノートにコードをスケッチし、また翌週末には電器屋でそれを打ち込むといった感じでゲームソフトを作ることに夢中になっていました。自分では殆ど記憶にないのですが、画用紙を渡せば自分の空想するマイコンのキーボード配列をクレヨンで書き、それでトントンとキーをタイプする真似事をして遊んでいたそうです。そんな健気な姿を見かねた両親が、少ない家計をやりくりしてついにNEC製のPC-6001mk2というマイコンを買ってくれてからは、噛り付くようにしてマイコンゲームの創作に明け暮れました。小学校も高学年になる頃には、CPUがそのまま解釈できるバイトコードを直接16進数で入力するというハンドアセンブラというスタイルでのプログラミングを覚え、作ったゲームソフトを雑誌に投稿したりしていました。

私のコンピュータとの付き合いは、それから20年以上続いています。途中で「こんなことを続けていては女の子にモテない」と思って高校時代あたりではパッタリと辞め、スポーツや音楽などに興味が逸れた時期もありました。しかしその後、進路を考える岐路に差し掛かる都度、やはり大学ではコンピュータサイエンスを専攻する以外の選択肢を考えられなかったし、就職先も結果的にIT業界となりました。

自分の辿ってきた道をこうして振り返ってみると、紆余曲折や迷い、興味の対象の変遷を経てきているとはいえ、結果的には一貫してコンピュータの世界を選択して生きてきたのだなぁと、改めて感じます。そのコンピュータ少年は、ついにシリコンバレーの地を踏むことになりました。

「好きこそ物の上手なれ」とはよくいったものですが、「好きなこと」が人生の糧を得る手段に直結することほど恵まれていることはありません。心から好きであればこそ、流行や幻滅に惑わされない長期的に一貫したスタンスがとれる。このことについて、私に未来をくれた両親にとても感謝しています。

■チャレンジ、チャレンジ、チャレンジ

シリコンバレーは、よくメジャーリーグに例えられます。世界中から優秀な人材が集まり、オープンな風土の中で切磋琢磨しながら新しいものを生み出していく活気に溢れており、とにかく優勝劣敗、成功と失敗が等しく存在する街。アップルやサン、オラクル、シスコ、インテル、ヒューレットパッカードなどの一流企業を生み出してきた輝かしい地域。

今回のシリコンバレー訪問で感じたのは、カラッとした気候と同じくらい人々がとても楽観的で前向きであるということ。厳しい競争環境で勝負することについて自然体であるということ。そして何よりも、人生をエンジョイしているということ。これは単に楽しそうにしているという意味ではなく、良い時も悪い時も含めて後悔のないように精一杯生きているということです。

「成功とは、成功するまで挑戦を継続することである」とは松下幸之助はじめ多くの著名人が口にする言葉ですが、この言葉の裏には度重なる失敗にもめげない精神力を支える強い情熱があるように思われます。情熱があればこそ、成功も失敗も等しく価値がある。

これからの私のミッションは、インフォテリアのソフトウェアを米国市場で展開していくための橋頭堡となること。同僚は米国人のエンジニアが1人のみ。営業も、マーケティングも、コンサルティングも、テクニカルサポートも、バックオフィスも、普通の会社にある全てのファンクションをこの2人で考えて分担するところからスタートします。また、私は英語を上手に話せるわけではありませんし、何よりも最大の困難は米国市場でエンタープライズ向けのソフトウェアで成功した日本企業の先例はほとんどないということです。(インフォテリア自身も一度ボストンで失敗を経験していますから、これは再チャレンジになります)

普通に考えれば「まず不可能」と結論づける方が簡単ですし、当地のコンサルタントとの打ち合わせでも「君のこちらでのビジネスは厳しいものとなるだろう。企業向けシステムというのは数万円の物品を消費者に売るのとはワケが違う。君のような日本人のペーペーが来たところで、こちらの企業の役員はハナから相手にしないだろう。仮に私がその立場だとしても、いくら製品が優れていても、数千万円のシステム投資をする場面でそのようなリスクを取りたいとは思わない」と取り付く島も無いようなコメントを頂戴しました。しかし一方、不思議なもので、そのように言われれば言われるほど俄然燃えてくるという人間心理もあるのです。「無鉄砲さ」と「深謀遠慮に基づく勇気」の境界はどこにあるのでしょうか。それは結果を出すことでしか示せないものかも知れません。そう考えると結果が出ないことに対する恐怖心は増大しますが、もう引き下がることはできません。自分で踏み出した一歩なのですから。

社会に出てはや6年、月あたり300時間ほど猛烈に働き、ビジネスの勘所もわかってきて、このまま日本でやっていけばある程度の立身出世は遂げられるだろうなどという慢心と怠惰が生まれつつあったところに、これまでの経験やノウハウがほとんど通用しないところに丸腰で身を投じることになるわけです。これから毎日のように失敗と屈辱を経験することでしょう。日々を精一杯生きていた甘酸っぱい青春時代のような苦悩を再び味わうことになるのでしょう。しかし、だからこそ、久々に全身からアドレナリンが湧き上がってくるのを感じます。

この先、ビジネスとしてはどう転ぶか判らないですが、ひとつだけ既に明らかな勝利があります。それは個人的な勝利ですが、全力を尽くし、後悔だけは絶対にしないであろうこと。このような一見無謀に思えるチャンスを与えてくれた経営陣に感謝します。

■決意表明

先述のコンサルタントは、今後の展望についてダメ出しだけではなくこうも言いました。

「誰だって最初は無一文だし、実績もないし、信用もない。それでもひたすらチャレンジを続けていくことだ。今、この地で成功しているAudiやAcuraだって最初はそうだった。しつこく何年も小さな成功を積み上げたことで今のポジションがあるんだ。金の使い方さえ気をつければ、失敗によって失うものはほとんどない。失敗を恐れるな。Be careful, and be careless.」

置かれているシチュエーションによっては陳腐で凡庸に聞こえる言葉でしょうが、様々な意味で「お先真っ暗」の今の私にとっては、蓋し名言。胸に沁みました。

ビジネス展開にあたっての、筋の通ったクールなロジック、ツールによる分析、緻密な計画。これらの一般的な「失敗しない」ためのアプローチは十分にスピードの乗ったビジネスに対しては有効かも知れませんが、今の私の置かれている状況では露ほども役に立ちません。

ただ、幸いなことに私の手元には非常にエキサイティングな製品「ASTERIA」があります。「プログラミング言語のパラダイムはTextual LanguageからGraphical Languageへ」というシンプルな標語は、コンピュータひと筋で20年以上やってきた人間が全身全霊を賭するに値する根源的なテーマですし、少なくとも日本では熱狂的なファン層がじわじわと広がってきています。その誇りを拠り所に、米国でも熱心なファンを開拓したい。今はただその一心です。

Lynx (リンクス) / フルート4重奏のための「思い出は銀の笛」

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
運営事務局に問題を報告

最新ブログエントリー