お使いのブラウザは最新版ではありません。最新のブラウザでご覧ください。

CNET Japan ブログ

ERPパッケージというビジネスアプリケーションの選択肢

2003/12/25 23:24
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

前回のエントリには沢山の批判的な反応をいただきました。このBlogの狙いは「難しく考えられがちなテクノロジーの話題をシンプルに捉えなおせるような様々な切り口を提供する」を基本としているのですが、どうやら料理する素材が重かったのと拙速な展開により消化不良を誘発してしまったようでした。まだ頭の中が整理できていないものを中途半端に扱ってしまったことは事実なので、ここにお詫び申し上げます。

ソフトウェアのカテゴリーを指す言葉になったERP

12月22日付けでセンセーショナルなタイトルの記事が掲載された。

CNET Japan : SAPとマイクロソフト、ついに全面対決へ?

Microsoftは、同社が長らく同盟と見なしてきた企業とも新しい戦いをはじめるかもしれない。Microsoftは2年前、一連の買収を通して統合業務パッケージ(ERP)というニッチ市場に参入した。このとき、同社は長年のパートナーであるSAP、PeopleSoft、及びSiebel Systemsとの競合は避けると誓い、自分たちの標的顧客はSAPやそのライバル企業が狙っているようなグローバル企業ではなく、ほぼ手つかずの状態で残されている市場、つまり何百万社にものぼる中小企業だと語ったのだ。

 しかし、Microsoftが標的顧客を拡大し、SAPもMicrosoftと同様に小規模の契約を大量に獲得する方向へ動きはじめている以上、闘いの火蓋が切って落とされるのは時間の問題といえそうだ。

ERP (Enterprise Resource Planning)という言葉は、もともとはヒト・モノ・カネといった経営資源を企業全体で統合的に管理することで、経営状況がリアルタイムに可視化されアダプティブ・マネジメントが可能になるという壮大な経営手法でありコンセプトのことであった。今では統合業務パッケージというソフトウェアのカテゴリーを指す言葉としてすっかり定着してしまったが、それは元のERPという言葉が定義したゴールがあまりに当たり前すぎる永遠の課題であり、実装を伴わないコンセプトとしては単独で生き残ることを許されなかったことを暗示している。

ことのはじめは1990年頃、基幹業務の全域にわたる「大福帳型データベース」という触れ込みでSAP R/3に代表されるクライアント・サーバ型のERPパッケージが投入され、ここ10数年の期間で着実に浸透してきた。

ERPパッケージ市場の堅調ぶりは、プレイヤーの業績と株価に反映されている。今やニューヨーク証券取引所に上場しているSAPの株式時価総額(会社の値段と考えればよい)は約6兆円、売上高約1兆円、従業員約3万人に達する。また、今年6月からオラクルが敵対的買収を仕掛けたことで物議を醸したピープルソフトの時価総額は約1兆円、売上高約2400億円、従業員約8000人である。これらは、ソフトウェア専業会社の業績としてはかなりのハイポジションで、古い記憶では確かいずれもトップ10にランクインしているはずである。(数字はかなり粗いので注意。株価はいずれも本日時点。詳しく知りたい人はYahoo! Financeなどから簡単に調べられるので、SAP,ORCL,PSFTなどと入力して検索してみてください。役員の年俸なども出ているので、ちょっと下世話な意味でも面白いでしょう)

以前のエントリ「サーバにイノベーションのジレンマは起きているか(4)」の中でも触れたように、ハイエンドのERP市場はすでに飽和傾向にあり、今後は価格破壊を伴う市場の下方シフトが確実に起きる。これを牽引するキープレイヤーがマイクロソフトであるかどうかというのが論点となっているようだ。さて、これは意味のある議論だろうか?

それを理解するには、ビジネスアプリケーションに対する基本的な理解が欠かせない。今回はここに注目してみよう。

ERP市場の立ち上がりの背景

ERPパッケージとは、つまりビジネスアプリケーションのテンプレートである。平たく言えば納入実績のあるシステムをベースとして汎用化を行って同業他社に横展開していくというIT業界では古くからあるビジネスモデルであるが、ERPパッケージが市場として認められるほどの規模になったのはそのターゲットとした業務の普遍性にあると考えられる。念のために述べておくと、ERPベンダーは企業システムに求められる製造・販売・財務などの基幹業務に関わるあらゆるモジュールをスイートで提供していると宣伝しているが、実際に使い物になるのは各社の特長が発揮できるごく一部のモジュールだけである。

例えばSAPは会計士たちが製薬会社に納入した会計システムからスタートしたし、ピープルソフトは人事システムからスタートした。企業リソースの中でもヒト・カネという、製造業であろうがサービス業であろうが必要となる分野をコア・コンピタンスとしてきたことが業種横断の展開において奏功し、業種よりもむしろ企業規模によるセグメンテーションで幅広く市場を形成することができたのである。BAANのようにMRPからの文脈で製造業の生産管理という分野をコア・コンピタンスとするプレイヤーはむしろ少数派なのだ。

もう少し具体的に言うならば、会計も人事も情報種としては諸々のコンプライアンスの観点から数値データのウェイトが高く、サマリーから明細へのドリルダウン要求が強い。例えば会計なら財務諸表のような標準化された数値データが最上位に位置しているし、人事なら労務管理の観点から事業所別・部門別などで給与体系や手当などに関するデータを俯瞰的に扱えることが必要となる。言い換えれば、監査圧力という外的要因により業務要件の標準化が進んでいる分野であると解釈できる。

ということは、ERPパッケージは「管理の強化」という方向性で発展してきた歴史でもあるのだ。これは経営者がITに望む方向とシンクロしているのだから、ビジネスにしやすいのは自然なことだろう。

「管理」と「創造」の対立構図

ビジネスアプリケーションを導入するにあたっては、トップダウン型のアプローチとボトムアップ型のアプローチがある。ここでは、トップダウン型アプローチというものが経営者のイニシアティブによって行われるものであるのに対して、ボトムアップ型アプローチは現場部門からの要望によって行われるものを指す。

ご想像の通り、ERPパッケージを導入したいと考えるのは自社のビジネス状況を的確に把握・制御したいと考える経営者であり、ここでは主としてトップダウン型のアプローチが採択される。キーワードは「コスト削減」である。

反対に、カスタムメイドのアプリケーションを部門単位でボトムアップに導入するときの進め方では「使い勝手」や「生産性の向上」が重視される。

「コスト削減」と「生産性の向上」は、一見似たようなことを言っていると感じるかも知れない。しかし、「コスト削減」が集計データとしての数値指標を絶対視する視線なのに対して「生産性の向上」はそこで働く個々の知的労働者のメンタルな機微を見つめている視線である。このニュアンスの違いがわかるだろうか?

「コスト削減」という単語はストレートで有無を言わさぬ説得力を持つが、だからこそ安易に陥りやすいワナがある。欧米的なビジネス感覚ではコスト削減は絶対善であるというノーテンキな信仰があるが、本来のコスト削減とは「自社の良さや強みを壊さない限り」という大前提つきのものなのである。

企業経営において、利益の本質は「価値を生むプロセスの個性」の中にある。それはデルのようにドライで徹底した集中購買とオペレーションの標準化による低コスト構造から得られる競争優位であったり、ソニーのように独創性のあるテクノロジーやアイデアを製品化していく能力であったりと、千差万別なものである。経営者による「管理指向」と完全にシンクロするのは前者のモデルであり、後者は「創造指向」のエッセンスが入ってくるため多少なりともボトムアップな意見の取り込みが欠かせない。

ピープルウェア」(Tom DeMarco / Timothy Lister著)に「スペイン流管理」という言葉で表現されているように、経営者が労働者を信頼しておらず、いかにこき使うかしか考えていない場合には、知的労働者の生産性は決して上がらない。しかし、これからのビジネスは知的労働者のパフォーマンスが明暗を分けることは論を待たない。もはや「管理」というものは、ワイングラスを片手に奴隷を顎で使うようなものではないのだ。

いずれにせよ、「今さら全体像が掴めなくなってしまったレガシーシステムをくまなく調査して基幹業務システムをゼロから作り直すのは気の遠くなるような話だから、臭いものに蓋をしてERPパッケージを導入しよう」という短気な独裁者のような発想では、結局はすべての蓋を開けることになる。だからこそ最初から臭いものと真剣に向き合って、「我が社は現在どのような会社で、将来どうなりたいのか?」を真剣に問い直し、わがままな知的労働者たちと向き合って対話することから始めなくてはならないのである。企業の個性とは、管理性と創造性がブレンドされる調合の度合いにある。

然して、ビジネスアプリケーションを導入する姿勢は経営スタイルを映し出す鏡である。「どのような経営スタイルを自社のあるべき姿とするか」という定義に照らして、パッケージをカスタマイズして使うか手作りで行くかといった決断をしなくてはならない。そこに迷いは付き物である。

ERPパッケージベンダーたちは、日々このような顧客の葛藤を目の当たりにしながら提案のノウハウを溜めてきている。多くのERP導入プロジェクトは何らかの想定外の失敗を経験するが、それは同規模のカスタムメイドのビジネスアプリケーションを開発する場合と比べて特に多いわけではない。要するに、大規模ソフトウェア開発の世界では誰しもが暗中模索であり、まだ学習過程にあるのだ。

ツールとアプリケーションのギャップ

話を元の記事に戻すと、マイクロソフトという会社が成功してきたのはソフトウェアパッケージである。だから、愚直に考えればERPパッケージをマイクロソフトが作れば何か凄いことが起きるのではないか?と考えるジャーナリスティックな視点が世間にあることは事実である。

しかし、マイクロソフトが成功しているのはソフトウェアといっても「ツール」なのだ。文書を作るツール、開発のためのツール、ツールを動作させるためのインフラなどであって、ビジネスロジックやデータを規定したわけではない。ツールがアプリケーションと決定的に異なる点は、ツールが長く使い込んでバージョンが上がれば仕様が完成する傾向にあるのに対して、アプリケーションは本質的には企業のアイデンティティとイコールであり、多様性と変化と葛藤の賜物であるという点である。この相違は、一般に想像されるよりもはるかに根本的な大問題である。(養老孟司さん風に言えば、固定化するツールと変動するアプリケーションという二元的世界である)開発とフィードバックのポリシー、販売施策、アフターセールスなどのあらゆる点において、これまでのマイクロソフトの成功の方程式とは正反対のものを求められることは、常識的に言って明らかである。従って彼等がこの分野で短期的に大きな賭けに出るとは考えにくい。

一方、マイクロソフトが上層を目指しているのと反対に、SAPはツール化による下層シフトを目論んでいる。例えば本体のコードを凍結し、インターフェースを整備し、アドオン開発の純正プラットフォームを提供してきている。しかし、この2社がそれぞれ上方・下方にレイヤーシフトを起こし漸近していくスピードは、もともと開いていたレイヤーのギャップから比べれば微々たるものである。従ってSAPとマイクロソフトが全面対決などという議論は時期尚早だし、そのような頃には市場の属性はもっと根本的にガラリと変わっているはずなのである。

今回はERP市場に起きる価格破壊の引き金を引くのはマイクロソフトではなく別のプレイヤーであるということだけで結び、今後ERP市場がどのようなダイナミクスを帯びていくかについての考察はまたの機会に譲ることにする。

♪ SING LIKE TALKING / Try And Try Again

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
運営事務局に問題を報告

最新ブログエントリー