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使徒・ケンシーガルが伝えるジョブズとAppleの哲学- 『Think Simple』刊行記念セミナー「クリエイティビティとイノベーションを生み出す熱狂的哲学」

2012/05/28 16:00
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プロフィール

殿岡良美

幻の博覧会「世界都市博覧会」で、インターネットを応用した公共イベント企画をプロデュースしたことが、ネットでの活動の出発点でした。しかし結果はご存知の通り。あるいはその未完の記憶が満ち足りない思いを私に残してしまったのか、ネットという愛すべきも、摩訶不思議で捉えようのないものに惹かれ続けてきました。リアルとネットが激しい火花を上げている今日。CNETでは、あらゆる前提や先入観にとらわれない視点から、BigBang的なIT論を展開したいと考えています。
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12使徒を思い出した。ヨハネ、マタイなどイエス・キリストの12人の高弟が彼の死後もその教えを伝えたという、キリスト教のそれである。もちろんここでいう「キリスト」は、鬼籍に入ったスティーブ・ジョブズである。

2012年5月23日。 六本木のアカデミーヒルズで行われた、ケン・シーガルの講演に行ってきた。文頭に絡めれば使徒としてのケン・シーガルの名は、必ずしも著名ではなく、これまでどちらかというと「知る人ぞ知る」存在であったとするのは、この日紹介された彼の著書「Think Simple」にも解説を著し、この日の講演でも後半でパネラーとして登場した林信行氏である。

「本書の著者、ケン・シーガルの名前は、アップルの歴史に関する本にはほとんど登場しない。だが、倒産寸前から時価総額世界一まで、大躍進した故スティーブ・ジョブズ最後の15年のアップルにおける彼の功績は無視できない。」

「私はアップル社幹部の友人から、度々、本当の隠し球のように彼の名を聞いていた。ーあの何度聞いてもいまだに鳥肌が立つ「Think different」のCMのすばらしい言葉をまとめた人物として、そして、その後のアップル社の「i」の革命を生み出すきっかけとなった「iMac」の名付け親として」

(「Think Simple」日本語版解説/林信行 より)

林氏の言葉にケン・シーガルがどういう人物であるのかは凝縮されていると思うが、この日の彼の講演は著書『Think Simple』の刊行記念セミナー「クリエイティビティとイノベーションを生み出す熱狂的哲学」

「使徒」シーガルがこの日、中心的なテーマとしたのは、ジョブズの哲学、経営思想の根本を貫いていた「シンプル」について。

まず画面に映し出されたのはソニーとAppleのリモコン。巨大で無数のボタンがついているソニーのリモコンに比べて、全くシンプルなAppleのリモコン。こののシンプルの哲学は製品だけでなくAppleの組織にも徹底的に貫かれているという。

その例をいくつか挙げて説明する。

ジョブズがよく言っていたのは「It's our people」という言葉。Appleだけではなくどこにも優れた人はいるが、Appleはやり方が違う。Appleはどんなときも、物事を「シンプルに」行おうとする。けれど、他の会社はどんどん複雑なものにさせてしまう。意志決定のプロセスが複雑なものになってしまう。

大きな会社がこうなってしまうとなかなかもう一度単純なものにすることはできないのだが、Appleは違う。サプライズを楽しみにしている。

今日の話の中心は

Simplicityはどういうところからやってくるのか。

複雑という悪の力にどう対抗していくのか

ということ。

実はシンプルさというのは、「シンプルではない」(Being Simple is not Simple)常に擁護者が必要。シンプルを見いだそうとすると、ある人は押さえ込もうとする。

Simplicity = Brains + Common Sense

頭脳と常識の力が必要だ。ジョブスは的を得ていない人には大変に厳しかった。正しいことというのは、「常識に沿った」もののこと。


例えば

●AppleとMicrosoftの音楽配信価格体系。

Appleは99セント/曲。MSは99セント/曲にした。ここまでは同じ。けれどMSは同時にポイントを売ろうとした。曲を買うとMSにバランスが残ってしまうような価格体系になっている。常識的に考えてこんなややこしいシステムで対抗しようと思うだろうか。

ここでデルタの広告の引用。

Never let rules overule common sense

ルールが常識を覆してはならない)

シンプルであると言うことは、常識に従うということでもある。マイクロソフトの「ややこしさ」は「非常識」でもあるのだ。

シーガルは言う。

シンプリシティはトレンドではない
シンプリシティは議論できるものではない
シンプリシティは私たちの体にしみついている。
人間はシンプルなやり方を好む。

Appleはこの人々の欲求に働きかけたが、一方で暗い雲を投げかけてくるのが「複雑さ(complexity)の邪悪」である。会議でも分析であっても、何でも複雑化させていく傾向がある。何でも反対する人もいる。もっと大事なほかのイベントもあるのだからという人もいる。

こういう人たちが足を引っ張るのだ。

「シンプルさ」と「複雑さ」は実は共生関係にある。表裏一体なのだ。複雑なことをする企業があるからこそ、シンプルさは人目を引くことができる。


●どれだけシンプルなものができるか。それがアップルの挑戦だった。

アップルは、

AppleIIでコンピューターを家に持ち込んだ。

Macintoshでグラフィカルなインターフェースを持たせた。

iPod/iTuneで音楽をポケットに入れられるようにした。

iPhoneはコンピュータをポケットに入れられるようにした。

iPadは3番目のコンピュータ革命だった。

シンプリシティは究極の洗練であり、それが究極の宣伝になることをAppleは知っていた。つまり

Apple succeeds because it believes simplicity.
(Appleはシンプルであることの価値を信じていたから成功した)

書籍「Think Simple」ではこのシンプリシティについて10の観点から分析をしたが、今日の講演ではその一部について解説する。


Think small

少人数で取り組むということ。ジョブズは「Appleを地球上でもっとも大きいスタートアップ企業だ」と言っていた。大企業で働いているようにふるまう事を決して許さなかった。

Apple's most powerful weapon is small groups of smart people.
(Appleの最大の武器は少人数の優秀な人々である=少数精鋭)

ただ人数が少ないというだけではない。優秀な人間を採用した。優秀というのが重要である。

Appleに委員会は存在しない。承認のレイヤーも存在しない。ジョブズが最初からずっとプロジェクトに参加する。承認決定者がそこにいるわけだから、その後また承認で手間をとるということがない。ずっと進めて来た企画が、承認のレイヤーを経て上の方までようやく来たときに却下されてまたやり直し。というような非効率がない。

たとえば、他の企業は市場投下にあたって、Focus Groupを作り、そこで前もって広告をテストするが、ジョブズはそういうものが大嫌いだった。「何でそんなもの必要なんだ?」と。
ジョブズによればこうだ。

Henry Fordは言っている。もしもまだ車がない時代に「どんなものが欲しい?」と人々に聞けば、きっと「早い馬が欲しい」と言ったに違いないと。本当に欲しいものを人々に聞いたってわかるわけがないと。


Think minimal 

(スライドをさして)これはアップルのマウス。(MagicMouse) ボタンは一つもない。見た目も美しい。こっちは別の会社のもの(画面にボタンだらけのマウス)

※シーガルはデル、IBM、インテル、BMWなどの大企業ともクリエイティブディレクターとして仕事をした経験を持つ。だから、Apple以外の企業との違いがよくわかっている。

ラップトップを探しているとする。DELLは19モデル。HPは49モデル。それに対してAppleはたったの5モデル。数だけではない。AppleのモデルはMacBookAirが2モデル。MacBookProが3モデル。ブランドはたった2つ。それに対してDellやHPの製品群の複雑さと来たら!!客を迷わせてはいけない。

そんなAppleも実はこの複雑な製品群に埋もれ喘ぎ、破産しかけていた企業。1997年ジョブズが復帰したとき、実に27モデルが乱立していた。あと3カ月でAppleは破産するとさえ言われていた。ジョブズは製品群に手を入れて大幅にラインを単純化。デスクトップ、ラップトップ、それぞれホーム用とプロ用。4カテゴリーに整理した。

※そのとき生まれたのが、シーガルも深く関与した1998年に発表した「iMac」である。


Think human

ジョブズは、まるでAppleが普通の人間であるかのように語っていた。Think differentのキャンペーンでもコンピュータはでてこない。強調したかったことは、人間の価値、人間である証拠、人とのつながり、人間の希望。それが人間にとってのヒーローなのだということだ。

アメリカで広告を作る場合、Pixelのこととか、Wi-Fiのこととか、Movieの画質とかそんなことばかりを言っている。けれど、Big Wordを重ねれば重ねるほど、本物からは遠くなる。(More syllables は高い知性には繋がらない)

One should use common words to explain uncommon worlds.
(普通じゃないことを説明するには平易な言葉を使わなければならない)

アインシュタインは、「6才の子供に説明できないなら、それをちゃんと理解できていないという事だ」と言った。

見えないものに価値がある。ジョブズは若いときに、父親とフェンスを塗る事があったと。裏側もきちんと塗れとよく言われた。なぜ見えないところを塗るのかと尋ねたら、見えないところもきちんとやるのだと言われた。その時は意味がわからなかったが、後になってそれがわかるようになったと。

Appleストアは普通の人が気がつかないようなところに気を配っている。例えばNYCの5番街にあるApple Storeは、床材はシシリーからのものだし、ステンレスチールは東京、ガラスはドイツから取り寄せたもの。誰も気がつかないけれど、それらが合わさると素晴らしいものになる。そうジョブズは考えていた。

普通だと投資したものをどう回収するか。それを考えるものだけれど、Appleはまったくそういうことを気にしない。


Think casual

ジョブズは大企業のようになることを本当に嫌っていた。

Think big act small
(大きなアイデアを考えろ。けれども小さくふるまえ)

ジョブズはフォーマルなことが、とにかく嫌いだった。机の上にドンと足をあげている事もあり、ちょっと驚いてしまったけれど、リラックスして話をしようという姿勢だった。

NeXTの時代に広告案を持っていったことがあって、ドキドキしながら出張したけれど、広告代理店というのは、そういう場合、どんな風に話を切り出すかとか、どこでプランを見せるかとか色々考えていくもの。徹夜で練習していったが、ほんの少し話し始めたところで、「もういいからさっさと案を見せてくれ」と。広告代理店が普通やるような長いプレゼンは彼は時間の無駄だと考えていて、とても嫌っていた。

Simplicity in a hurry.
(シンプルなことというのはスピードが命だ)

Simplicity the foundation of innovation.
(シンプルなことは、革新を生む基盤である)

Simplicity the ultimate motivation.
(シンプルなことは、究極の動機付けになる)

新しいiPhoneを紹介すると、人々が立ち上がって拍手をする。小さなグループがその栄誉を担う。もしも大人数の人間で取り組んでいると、誰がどんな貢献をしたのかわからずに、その栄誉が実感できない。

Simplicity protects fresh thinking
(シンプルであることで、新鮮な思考が守られる)

プロセスばかり重視すると、アイデアが弱くなってしまう。

Simplicity a guiding light farm begin to end.
(シンプルであることは、最初から最後まで道を照らす灯になる)


iMac誕生のエピソード

※「iMac」の命名をしたのはシーガルであり、その後「i」はAppleにとって特別なものになっている。iPod、iPhone、iPad。。iを冠した製品を扱うようになってからのAppleは、まるで別の会社のように快進撃が始まったことは周知の通り。


「iMac」の「i」はinternetの「i」である。これが1番(そうだったのか)。そしてimaginationとか、「自分」の「i」もかけている。製品の頭に「i」をつけるなんて何だか笑われるでしょうが、結果的には成功した。

この「iMac」命名に関して、シーガルは面白いエピソードを披露している。以下のように語る。

「iMac」を最初に見たときは驚きました。だってこれですよ?これがパソコン??(スライドを見せながら) まるで何かの冗談か何かなのかと思ったくらい。本気?本当にこれに社運をかけるの?と。」

「ジョブズはiMacという名前は最初気に入っていなかった。何度も何度も却下されたのに、しつこく持って行ったんです。こんなことはなかなかできないこと。普通はジョブズが一回ダメと言ってるのに何度も持って行くなんて。でも、彼が最初に気に入ってたのは「Mac Man」なんですよ。「Mac Man」???こんなの変でしょ。(場内笑)」

「まるでWalkManみたいでそのくせ、ポータブルじゃない。50ポンドもあるんです。だからダメだといっても「これでいいんだよ」と聞かない。アメリカでは「おもちゃみたい」な名前は好かれないんです。それがどうですか。「Mac Man」なんてまるでパックマンみたいじゃない?(笑)それになんていうか男女差別的ですよね?」

「そのほかにも「EveryMac」とか「mini Mac」。ちっともミニじゃないのに(笑)もうこれ以上言いたくありません。で、何度ダメといわれてもしつこく持って行ったら、ある日ジョブズのスタッフが「昨日みんなにジョブズが「iMac」ってどう思う?って聴いてましたよ」っていうじゃありませんか。もう飛び上がりましたよ。やった!!!って」


Think diffrent キャンペーン

ジョブズは最初からCM作りにも関わった。ジョブズが復帰して新しいAppleの幕開けだったけれど、それから6ヶ月も売る製品が製品がなかった。そんな中で内外にジョブズが戻ってきたと知らせる必要があった。

本当にすばらしい仕事になった。CMをつくって10年後のSFでも上映されたりしている。Appleの本質が描き出せた。ジョブズが亡くなってから2週間たって行われた追悼式でも10歳の彼の娘さんがこの一節を父が好きだったと引用した。そのときは胸がいっぱいになった。CMのコピーの大半は私が書いたけれど、Appleのあらゆる意味で製品や哲学を表していると思う。ガレージでコンピュータを作ったころからの哲学。ジョブズはちょっと最後に一節を加えた。

【参考リンク】
Think different (Causeiloveyou)

(場内からのエピソードとかキャスティングを決めた経緯を披露してという声に答えて)

「キャスティングは本当に色々考えました。本当に誰が考えてもgreatな人をと。向こうから売り込んできた人もいました。ロバードレッドフォードとか。でも断ったんですよ。みんなで相談して、そこまでgreatじゃないってことになった。(笑)ジョブズがネルソンマンデラを使いたいと言い出して、その時は確か彼は南アフリカの大統領だったんですが。広告に出てもらうなんてとても無理だよと言っても聴かない。で、なんと当時の米大統領だったクリントンに頼んだんですよ。クリントンが電話してくれたけれど、答えはノーだった(笑)」

「ウディアレンも考えたんだけど、スキャンダルもあった後だったしジョブズが「あまりいい人間じゃない」というのでダメになった。彼は才能は認めるけれど、よくない人間とはつきあいたくないと。」

「ダライラマは某政府が喜ばず、色々と。。本当に色々問題になりました。ジョブズがせっかくのすばらしいキャンペーンなのにこんなことになって。。と嘆いたくらいです」

ケンシーガルはsimplicityの反語であるcomplexity=複雑さを「邪悪な力」とさえ言っている。いうまでもなく日本のビシネスシーンがプロセス地獄に堕ちて成果をあげられないのはもちろん、国家的危機もこれに由来しているのは明確。ジョブスを神聖化するのではなく、シーガルが具体的に伝えようとしている「Simpleの精神」は今こそ我々に必要な事であり、重要で継承すべきものだと思う。

もちろん、ジョブズも「邪悪な時代」があった。幾多の困難や試練を乗り越えるうちに、「シンプルへの信仰」は確信に変わり、彼自身とAppleを支えて行ったのだろう。そういえばこの日シーガルは触れていなかったが、ジョブズののめり込んでいた「ZEN(禅)」もまたシンプルを崇拝する哲学である。

久しぶりに「仕事脳」に対して明確な刺激を受けた講演だった。本当に素晴らしかった。最初に「使徒」という言葉を使ったが、「神」の消えたところで使徒たちがその一番鋭角なところを継承して行く。「使徒」シーガルは「シンプル」という教典を継承したのだ。そんなことを思った。

最後に。

シーガルは後半で次のようなことをつけ加えた。

「Appleは今、経験したことのない段階にさしかかっています。それは圧倒的に強い世界一の企業になったということです。こうしたことにAppleは慣れていないし、勝者としてこれからはあらゆる面で叩かれることになるでしょう。けれど、悪口はいくらでも言えますが、初期のAppleから流れている信念、哲学は変わらないだろうし、本気で世界を良い方へ変えていこうとずっと考えている数少ない企業なのは確かです。それも思い出して欲しいと思います。」

願わくば我らがその理想のコアの部分を引き継いでいくことを。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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