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「ググれカス」から「ツイれ友に」

2009/12/18 01:17
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プロフィール

殿岡良美

幻の博覧会「世界都市博覧会」で、インターネットを応用した公共イベント企画をプロデュースしたことが、ネットでの活動の出発点でした。しかし結果はご存知の通り。あるいはその未完の記憶が満ち足りない思いを私に残してしまったのか、ネットという愛すべきも、摩訶不思議で捉えようのないものに惹かれ続けてきました。リアルとネットが激しい火花を上げている今日。CNETでは、あらゆる前提や先入観にとらわれない視点から、BigBang的なIT論を展開したいと考えています。
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最近ご多分に洩れず、twitterにすっかり嵌っているわけだが、twitterの中でめったに聞かない言葉がある。それは「ググれカス」。「人に聞く前に自分で調べてみろ、努力せず無駄な手間や迷惑を他人にかけるな」というこの言葉は、長くネットの中では公然の「ルール」のように語られ、多くの初心者を震え上がらせていたものだ。しかし、なぜかTwitterの中ではこの言葉が発せられることは、めったにない。(めったに、である。実際にそうしたルールをtwitterに持ち込もうとしている人も見たことはある)

ミニブログなどと言われるように、twitterは元々、心に浮かんだ思いや疑問、感情などをそのまま心のままにその場でつぶやいてしまって構わないよ。というところが基本になっている。そのためか、妙に肩肘を張らずに、わからないことは、わからないとつぶやいてしまったほうがいい。自分のフォロワーの数にもよるが、自分に浮かんだ疑問は、必ずそれを解決できる人、それに関する情報を持っている人がいる。そして、そうした人にとっては、疑問を解決してあげることや、情報提供に応じることは、ゆるいtwitterの中で「つぶやき返す」だけなのだから、そう大した負担にはならないということも関係しているかもしれない。

掲示板などで延々と基本的な質問を長文で書いている人を見ると、そんなに長々と文章を書く暇があれば、ググれよ。と皮肉の一つも言ってみたくなるのも、わからなくはない。解答者も疑問に応えるためには、文をもってしなければならない。余計な負担をかけるな、できることは自力で解決しろというのは、元々はちょっとした気遣いであり、ネチケットであったろうが、いつの間にか、随分と思いやりのない意地悪な言葉にもなった。

あるいはtwitterに参入した有名人の一人である広瀬香美さんが、「ググれカス」を「ググれカズ」ともじって、親友の勝間和代さんをキテレツな質問攻めにしていたことを間近で見ていたtwitter界に、何らかの化学変化が起きたのかもしれない。「何だ。わからないことは人に頼ってもいいのだ。聞いてしまってもいいのだ。それを羞じることはない。」と。

言うまでもなく、人は1人では何もできないし、全てのことを知っている人もいない。1人1人には必ず得意な分野があり、専門的な知識や経験がある。(どんな人にもだ。)もしもtwitterという人の作った知の空間につぶやくだけで、大した負担も誰にかけることなく、知識を受け取ることができるとすればどうか。私たちは、言い古された「集合知」という言葉の意味を改めて知り直し始めていることにもなるのかもしれないわけで、僕は今起きているこの意識の変化は、なかなか良いことのように思えている。

そう。「ググれカス」から「ツイれ友に」。こうして言葉にしてみると、実に悪くないようにも思えるが、検索することも、つまりたまにはつぶやく前にググることもお忘れなくね。そこの人。夜中にどうしても知りたい疑問が生まれた時、道に迷った時。いつもあなたの親切な友達が起きているとは限らないからね。そういう時はググッて。(笑)

@HyoYoshikawa

 

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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