日本航空への政府の支援体制が、ここ数日のうちにもはっきりしようという折も折。日本航空をモデルにした、山崎豊子の「沈まぬ太陽」は10月24日に映画公開されるが、映画公開に先立って原作を読んできて、改めてその凄まじい内容に衝撃を受けると共に、この映画が今このタイミングで公開されることが可能になったことへの、不可思議にも驚いている。
1985年の日航機墜落事故「御巣鷹山事故」をクライマックスに書いたこの作品だが、国民航空(日本航空)の労働争議や組合分断、政財界との癒着、安全対策への経営陣の低い意識などが、実に赤裸々に綴られており、フィクションとは言え、登場人物のモデルが容易に特定できる形で書かれているので、小説中の記述がもしも正確さを欠いていた場合、たちまちに名誉棄損や誹謗中傷の誹りを受ける可能性がある。
もちろん、作者は膨大な取材記録に基づいてこの作品を書き上げていると思われ、容易なことでは、その綻びは発見できないと思われるが、特に御巣鷹山の編では、実在の被害者が実名で登場するために、もはや一部の登場人物の言動も、フィクションであるとは言い逃れられないようになっている。リアルの事件と、リアルの人物の登場が、当時の関係者をフィクションの中に逃げ込ませることを拒んでいるのである。それら、おびただしいリスクにも拘わらず、一気に書き抜いているところが、この作品の筆力の凄まじいところである。
原作は大ベストセラーになっているが、「週刊新潮」に連載中、日本航空は機内での雑誌販売のサービスの際、「週刊新潮」機内搭載を取りやめている。また、映画に関しても内容的に公開は不可能とまで言われ、2006年5月、角川ヘラルド映画(現・角川映画)によって2008年夏公開を目指し製作されることが発表されたようだが、日本航空などからの強い反発などにより、ついに2008年の公開はならなかったということだ。
「角川ヘラルドに吸収合併された旧・大映の社員が奔走し、映画化にこぎつけたという。2009年1月に、イランでクランクイン。アフリカなどの撮影を予定しているという。飛行機のシーンは、CG処理によって再現するという。
映画化について、日本航空は「ご遺族の中には映画化を快く思っていない方もいらっしゃる。すべてのご遺族の心情をきちんと汲んで欲しい」と映画化反対のコメントを出している。また、日航から角川ヘラルド映画に対し「名誉毀損の恐れがある」と警告文を2度送っているという。日航や一部遺族の反発を恐れてか、角川は「映画は全くのフィクション」とコメントしている。」(Wikipediaより)
「沈まぬ太陽」で象徴された「太陽」は、不倒の巨大企業ではなく、おそらく主人公の恩地の、何物にも屈しない魂であると思われるが、実際には日本航空という太陽が映画公開とほとんど期を合わせて「沈む」と思われるという、実に因縁を感じさせる展開になった。本当に何ということだろう。ゲンをかつぐわけではないが、あらためて御巣鷹山事故の大きさ、遺族の無念さを思う。同時に、瀕死の日本航空が最後まで不快の念を表明し続けた大作が、映画でどう表現されるか極めて関心を持っている。
尚、余談だが、現在フジテレビで開局50周年記念企画として放映中なのは、同じ作者の「不毛地帯」であるが、昭和の怪物、瀬島龍三をモデルにしているとされる。「沈まぬ太陽」でも瀬島は、登場人物・龍崎一清のモデルであると言われているそうだ。瀬島へのひとかたならない関心の深さも、また山崎の特徴であり、「二つの祖国」では実名で取り上げている。