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CNET Japan ブログ

日本のブログは「残念」なのか----風景が変わり始めた。

2009/06/06 15:12
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プロフィール

殿岡良美

幻の博覧会「世界都市博覧会」で、インターネットを応用した公共イベント企画をプロデュースしたことが、ネットでの活動の出発点でした。しかし結果はご存知の通り。あるいはその未完の記憶が満ち足りない思いを私に残してしまったのか、ネットという愛すべきも、摩訶不思議で捉えようのないものに惹かれ続けてきました。リアルとネットが激しい火花を上げている今日。CNETでは、あらゆる前提や先入観にとらわれない視点から、BigBang的なIT論を展開したいと考えています。
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●ブログの時代は終わりなのか

ブログ全般が社会においても、ビジネスにおいても、何か新しい展開があるような「気配」を持っていた時代は明らかに終わりに近づいているような気がしてならない。企業にとって、ブログマーケティングと言われるような口コミプロモーションは、いまでもある程度は有効だろうが、ブロガーに試供品やモニター商品を提供して、いささかでも不自然な「提灯記事」を書かせる「気配」があれば、すかさず至る所で突っ込まれる時代になった。消費者はブログの記事で容易に動くほど稚拙ではなくなった。少なくとも国内でアフィリエイトで、満足のいく収入を得ているブロガーは、ほとんど皆無であるし、それらをビジネスに展開できるほどのボリュームはどう考えても、得られていない。オーマイニュースの破綻は、かつて「ブログジャーナリズム」としてもてはやされたモデルの限界を提示している。コメントや、トラバ機能は、登場の頃こそ非常に新鮮だったが、不注意なエントリーへの炎上の武器を与えた。多くのブロガーがコメント機能を無効にしたり、あるいは許可制にするようになった。

元々ブログは、ネットで書く「日記」として登場したのだけれど、我々はいつの間にかそれ自体に過剰な期待をしてしまっていたのかもしれない。日々の些細な出来事をそれなりの描写して、毎日のように他人に読んでもらうことに関して、何の見返りもなくてもそれにやりがいを感じ、一定の質を保った記事を継続して公開できるだけのモチベーションを内在している人は、それほど多くはない。ブログを書き続けることによって、金銭や名誉、ポジションなどといった目に見えるリターンを求めようとすれば、企業とのコマーシャルな連携を求めようとする動きが出てくるのは当然の流れだったが、それも(具体例は避けるが)、うまく行っているようには思えない。

個人の意見や独白と、商業的なインカムとの接点が、いかにもブログは中途半端で微妙なところがあり、その割には自発的なコミュニティ空間の形成には、非力である。TBやコメント機能はあるにはあるが、読者は広大なブログ空間をさまようのみであり、自分がまとまったコンテンツの発信者にならない限りは、入場券さえもらえないような状況にあったように思う。そして、その入場券をもらえる人はほんの一握りである。アメーバの有名人ブログの盛況は、発信者としての多くの我々には関係がないことなのである。


●「アルファブロガー」という奇妙な言葉

「アルファブロガー」などという奇妙な言葉が生まれた背景は、誰にでも発信できるといいながら、このブログ独特の排他性や選民性、そしてコマーシャリズムとの間の微妙な境界が、ついぞ整理されることができなかったここ数年の状況をよく物語っていると思う。思えばこの「アルファブロガー」という言葉も、ブログを企業のマーケティングに活用しようと考える人たち周辺から出てきたものだった。アルファは、元来その記事の質と人気、知名度によってこそアルファであるとされたが、次の段階としてはアルファ=金銭を稼ぐことのできるブロガーでなければならないとなるのは、考えてみれば自然な流れである。この仕組みはきしんだ悲鳴を上げている。それは、ブログという表現メディアの形式自体に限界が内在しているものなのか、それとも時代的な趨勢として、(少なくともビジネスモデルとしては)「古くさい」ものになってきているのかは、僕には今はよくわからない。

機能面での問題もある。このCNETブログでも、ブロガー同士の連携や一覧機能などといったビューの改善が幾度かブロガーからも読者からも要望として出ているが、大きな改善はされないままだ。これは何も編集部にのみ責任があるというのではなく、一つにはMovableTypeのようなCMSの機能的な限界にも因があるように僕は思っている。本来MTはSNSを作るためのものでもないし、総覧性やインデックス性に優れたシステムでもない。CMSはもちろんいまでも十分に有効だが、フィードを扱いながらの自由なコンテンツ発信に関してはいささか窮屈なフレームになってきている。

●次のステージへ向かうネットの流れ

ブログが試行錯誤というか頭打ちの状況に直面している感が強くなってきているところへ、ネットの風景は大きく変わろうとしている。Twitterや FaceBookなど新興勢力の急速な隆盛はその一つの現れであるし、先日発表された、衝撃的なGoogle Waveのような、Ajaxを駆使した全く新しいインターフェースを持ったサービスなどを見ていると、もはやブログというセグメントを単独で取り出して論じること自体が、終わりを告げているように思う。

 もちろん、ブログがつくりだした流れのなかにこそ、それらが乗っていると考えるのは可能ではあるが、現在Twitterで数分単位でつぶやいている人たちの思考フレームの中に、かつての「日記」や「アルファブロガー」の概念がそもそもあるのかどうかは疑わしいし、FaceBookの状況を見ても同様だ。それら「ソーシャルなアプリケーション」を使う人たちの意識の中に、「一定の質を保ったコンテンツ」といった意識はもはやないし、またいかに多くのつぶやきを発したところで、それが金銭的な見返りになる見通しは、「今のところ」ほとんどない。(「今のところ」だ) 体系だったまとまったコンテンツを発したいなら、あるいはこれらは不向きかもしれないが、スピード感とコミュニティ形成力は、決して「ゆるくは」ない。何よりも、多くのブロガーが腐心してきた悪意のコメントや荒らしがやりづらいという利点もあるかもしれない。

●使いやすいtumblrを使った連携

僕に関しては、試行錯誤してきた中で、中央にtumblr、右にFacebook、左にTwitterという配置が自分の中では一番しっくりと来ている。 TwitterとFaceBookは今更解説する必要もないだろうが、tumblrは優れものであり、従来のブログのようなまとまったコンテンツも扱えるし、動画や写真のメモとしてとりあえず放り込んでおくこともできる。Webにブックマークとして登録しておけば、Webサイトのソーシャルブックマークとして容易にshareすることも可能だ。なによりも、twitterやFaceBookなどとの親和性がよく連動は容易だし、reblog機能(他人のコンテンツをreblogという独特の手法でこちらに取り込む。しかも原記事のリンクは保持する)は慣れてくると非常にゆるく快適である。
フィード連携はトラックバックよりも柔軟で、同じことをあちこちに書かなくてすむという楽さもあるし、必要ならコメント機能も付加できる。Tumblrで発信されるのは、Twitterなどのフィードに流れてこそ意味のあるコンテンツであり、従来概念のブログコンテンツとは違う。いつもオリジナルのコンテンツを発信しなければならないという脅迫概念に迫られることもない。あなたが、誰かほかの人の優れたコンテンツをreblogしても、それはtumblrにおいては「賞賛される」行為なのだ。そのあたりは Twitterと共通するものがある。

このフレームで補えないようなまとまったコンテンツ(といってもほとんど今は感じないのだけれど)はCNETブログをもうしばらくは使わせてもらえればと思うと(あまり優良なブロガーではないけれど)、従来ココログで行っていた自分の本ブログを今後も続けていくのかどうかが、自分としては極めて微妙な状況だ。スピード的にもマインド的にも。

●広告モデル以外のビジネスモデルはあるのか

もちろんこの状況は今後も流動していくだろうし、何よりもブログの突き当たった(と思われる)ビジネス軸との関わりをどのようにしていくのか、その未来はまだ見えていない。広告モデル以外のITビジネスモデルが困難であることは、セカンドライフにおける不動産モデルの崩壊を見ても(SLではアイテム流通のビジネスモデルは発展している)明らかだからだ。ただし、企業の試供品をもらった発信者ばかりのつぶやきがあふれる状況は、もはや望まれていないはずだ。企業の宣伝活動に関わる人たちの今後の努力はもちろん必要だが、生活者としての自分たちにとって本当にこれらのツールが自分たちを「何らかの意味で豊かに」してくれるかどうかは、分けて考えなければならないように思う。それもまた、ブログの時代から学んだことの一つかもしれない。

長くなったけれど、それが今の自分のブログ周りに関しての思いというか実感である。
 

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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