お使いのブラウザは最新版ではありません。最新のブラウザでご覧ください。

CNET Japan ブログ

「はてなスター」を巡るコトの顛末に思うブログとブロガーの疲弊

2007/07/22 18:30
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

プロフィール

殿岡良美

幻の博覧会「世界都市博覧会」で、インターネットを応用した公共イベント企画をプロデュースしたことが、ネットでの活動の出発点でした。しかし結果はご存知の通り。あるいはその未完の記憶が満ち足りない思いを私に残してしまったのか、ネットという愛すべきも、摩訶不思議で捉えようのないものに惹かれ続けてきました。リアルとネットが激しい火花を上げている今日。CNETでは、あらゆる前提や先入観にとらわれない視点から、BigBang的なIT論を展開したいと考えています。
ブログ管理

最近のエントリー

「ブログの時代」というようなものが、もし仮にあったとすれば、それはおそらく急速に「旬」を過ぎ始めているのかもしれない。最近のブログシーンを見ているとそんな気がしてならない。確かにブログを書き始める人の数は身近な範囲で見れば激増している。日本が数において世界第一のブログ大国になったというニュースも出ている今日、なぜそう判断するのか。それは、ブログが隆盛を極めれば極めるほど、急速に単に様式の新規性を競うのみのコモディティへの道を向かっているからだと感じるからにほかならない。

ネット上の単なる日記から、双方向の新しいコミュニケーションツールの核として勃興したブログは、同時に従来の硬直したHTMLによって綴られたサイトへのアンチツールとしての意味合いがあったと思う。実際、ブログは個人ブログは言うまでもなく、企業ブログであっても、その著者の人としての存在感を否応なく浮かび上がらせるものであった。その気軽な投稿方式ゆえに、ネット上のコンテンツをすさまじい勢いで活発化させたのも確かである。検索エンジン側を慌てさせるほどに、検索上位に個人のブログがずらりと並ぶということも起きた。企業プロモーションにおいては、口コミマーケティングツールとして、ブログを商品の販促・PR施策の一環として組み入れようとする動きも盛んである。

にも限らず私には、「ブログ」という形態の中から、今以上に新しい基軸が出てくるようにはもはや思えなくなっている。RSS連動の広告配信や、ブログの発展形としてのTwitterに今後の新しい変化の予感が微かに感じられる程度であろうか。

今更ながらと思われるかもしれないが、ブログに力を与えていた最大のファクターは、言うまでもなく、コンテンツを抱いた「人」であったろう。ある時期ブログシーンが熱気を持っていたとすれば、それは新しい表現手段を手にした「中の人」の熱気が外に協力に発信され始めたからではないか。しかし我々は、コメントやトラックバックによって築かれ、シナプスのように互いに手を伸ばしあって拡大していくブログ宇宙の「様式」に当初こそ魅了されたが、その興奮が次第に収まってくるにつれて、自分にとって時間を使って読むに値する、あるいは可能なブログはそのうちのほんの僅かであることに気がつきはじめたのではないか。様式がいくら手を伸ばしあったとしても、我々自身の生身は依然として無力な1人の「人」のままである。これは当然のことであって、様式の斬新さがいくら際立っても、その先にあるコンテンツの価値をいちじるしく高めてくれるわけではない。RSSリーダーは、最初こそ、「読むに値するコンテンツ」の量を格段に広げてくれたように我々には見えたが、何のことはない。それはその人にとっての「読むに値しないコンテンツ」=情報としてのノイズを拾い、精神を無駄に痛めつける機会も同時に拡大したのである。時にそのノイズは、単なるノイズでは終わらずに、徒党を組んで特定の発信者に対して攻撃を行うためのツールにも進化した。特定のブログをターゲットにして起きた混乱の多くは「炎上」と呼ばれたが、新興の「ブログプロバイダー」達は、この問題に対して未だ有効な手立てを見いだせないでいる。あるいはその存在自体に目を向けることを意図的に避けているように見える。

最近「はてなダイアリー」を運営する株式会社はてなの新サービスとして導入された「はてなスター」をめぐる状況は、こうした「迷えるブログプロバイダー」の姿を象徴的に描き出したものであると思われた。「はてなスター」とは、ユーザーが気に入ったブログの記事のタイトルの傍らに、黄色い星をつけることができる機能である。はてなでは、この仕組みを、ほとんど前触れもなく、すべてのユーザーに対して「強制的に」導入した。元来「はてなスター」の前身は、はてなの社内で運用されていたものであるという。上司や同僚が、社員の書いたブログにちょっとした「拍手」や「激励」を表明するためにつけていたささやかなマーク。それがはてなスターの原点である。

ところが、選択の余地なく一斉に導入された「はてなスター」とは何か。それははてなで日記を書くすべてのユーザーに対して、他のブログを評価しろということである。それも「星の数」という恐ろしく単純な思考によって。これには、一部の利用者から猛烈な反発が起きた。自分の書いた記事に対して、(はてなIDはわかるとは言え、)「どこの誰ともわからぬ」読者から「称賛」の星をつけてもらい喜ぶユーザーばかりではなかったのである。従来よりはてなには「はてなブックマーク」と呼ばれる機能があり、気になった記事に勝手にコメントをつける機能があった。にも限らず、それに屋を重ねて「はてなスター」を導入する意図はわかりにくい。なおかつ、同じユーザーが同じ記事に事実上無制限に「はてなスター」をつけられる仕様であったために、ある種の攻撃ツールになる危険も懸念された。ネット上での「褒め殺し」とでもいおうか。意に染まないブログに集中的に何万個も「はてなスター」をつけてしまうと、これを展開しようとしただけで、ブラウザが固まってしまう。つまり当該サイトを「ブラクラ化」して実質上閲覧不能にしてしまうことが可能になったのである。元よりユーザーに選択機能を与えなかったのが、一番の問題であり、ネットではこの機能を無効にするTipsがユーザーにより公開され、急速に広まった。

はてなでは、1週間たった時点で、結局ユーザーの声に押される形で「はてなスター」の導入有無を選択できる機能を付加し、また「はてなスター」の表示形式に工夫を加味して、星を展開しただけでブラウザが固まってしまう危険を取り除いた。予想される場所に落ち着くべくして落ち着いたともいえる結果ではある。

しかし、事はそういう話だけであろうか。

私は、はてなの歩もうとしている方向にあるのは、く彼らが描く「ある種の様式の追求」であり、シンプルな無邪気さがそれを後押ししたと考えている。それが今回ユーザーの求める場所と大きく乖離を示し始めた象徴が「はてなスター」だと思う。従来よりはてなにおける「様式の改善」は、時に際立ったエンジニアリングによってなされてきたのであるし、それがこの企業を魅力的なものにしてきたことは事実である。しかしながら、現在は果たしてどうであろうか。はてなに限らず、ブログシーンはここ数年でブログに関する様々な様式を乱造し、消費し尽くしてきたように思うし、古くからのブロガーは疲れ切っているようにも思う。その裏には、プロバイダー達の連発する新しい「様式」のほとんどが、コンテンツの発信に関して寄与したとは言えないものが多くあり、ブロガーを取り巻くイズを軽減するどころか、むしろノイズ側を助けてきたように思うからであるし、ブロガーを苛立たせ、孤立化させてきたように思うからである。
こうした状況に嫌気がさしたブロガーは、あるいはmixiの閉じた友人コミュニティにこもり、あるいはブログをやめて去っていく。この背景には、双方向のコミュニケーションを活発化させることがイコール善であるという、近年繰り広げられた単純なWeb2.0信仰の限界が見えているように思えてならない。つまりWeb2.0は、ある種の「様式」の革命ではあったが、思えば所詮それは様式でしかないのであり、それだけで何かの価値を実現できるような「夢」ではないという、実に当たり前のことである。今私たちの求めているものは、はたして様式なのだろうか。それともそれ以外のなにかなのだろうか。

そんな述懐を述べている間にも、「ブログへの新しい広告配信形式を構想し、ブロガーを幸福に導く」などという類の、新進企業からの知らせが続々と届く。広告を否とするものではないが、それはまた単なる様式でしかない。様式を絶え間なく拡大していく中にあって、はたして我々の発するコンテンツはそれに沿っていけるのだろうか。

ではどうすればいいのか。これ以上の明確な考察が私にできているわけではない。だが、我々が、互いにただ傷つけ合うことを助長するシステムの未来に、夢はない。それだけは確かなように思っているし、そうした観点においてネットの未来は、まだ見えるどころか、霧の中にあるように思える。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
運営事務局に問題を報告

最新ブログエントリー