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CNET Japan ブログ

リベラルでリアルな監視社会

2006/12/12 16:24
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ギートステイト制作日誌

2045年の日本を社会学や情報技術といった視点から描き出すプロジェクト「ギートステイト」。批評家の東浩紀氏、エンジニアの鈴木健氏、小説家の桜坂洋氏の3人が「未来」の制作過程をお伝えします(このブログの更新は2007年1月4日で終了しました)。
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こんにちは。東浩紀です。

イラストレイターさんからラフがあがってきたりなんだり、微妙に進展しているギートステイトです。1月開始ということで、桜坂さんもいよいよエンジンがかかっているはず……です。僕のほうは、桜坂さんの小説が始まってから、それにあわせてぼちぼち設定原稿を発表していく、というかたちで準備に入ってます。

あと、同じく1月より『週刊アスキー』を舞台に、ギートステイト関連のある企画が連載で始まります。詳細はまだ内緒ですが、こちらも乞うご期待です。いずれにせよ、2007年前半はギートステイト絡みでいろいろ忙しくなりそうです。

さらにもうひとつお知らせです。この制作日誌ですが、ギートステイトの本格始動とともに12月いっぱいで閉じることになりました。あと数回で、とりあえずはさようならです。短いあいだでしたが、ご愛読ありがとうございました。

さて、このギートステイト、「2045年の世界をリアルに考えてみる」というのが企画の出発点だったのですが、しかしこの「リアル」ってなんなのでしょうか。

僕は半年前、桜坂さんにこういうことを言いました。たとえば、いまから20年前、携帯電話の普及を予測できたひとはいたかもしれないけれど、いま僕たちが日常で見る風景、電車の座席に腰掛けているひとがずらりと携帯画面に見入っている風景を見通せたひとは、おそらくいなかったんじゃないか。そういう風景を見る感覚を「リアル」と呼び、この企画ではそんな感性を大事にしたいと。

むろん、実際にはそんな風景の予測は不可能です。けれども、僕が言いたかったのはこういうことです。ひとびとは技術の進展を人間の能力のまっすぐな拡大と結びつける傾向がある。携帯電話があればこれもできる、ネットがあればあれもできる、いままではできなかったいろいろな知的でクリエイティブな活動ができるようになる、というわけです。しかし実際には、技術が普及段階に入ると、開発者が想定したまっとうな目的のためには使われず、まったく別の文脈、別の欲望と結びついて、別の目的に使われることが多い。

たとえば、僕と同世代で、なにかと一緒に仕事をしている社会学者の北田暁大さん――宣伝になりますが、僕は来年2月に北田さんと『東京から考える 格差・郊外・ナショナリズム』というタイトルの共著をNHKブックスから出します――は、「繋がりの社会性」という言葉で、ネットのコミュニケーションを分析しています。「繋がりの社会性」とは、ごく簡単に言えば、メッセージの内容ではなく、ただ「メッセージが交わされている」という事実のみが交わされていくコミュニケーションを指す概念です。

いまケイタイやネットのコミュニケーションの中心はまさにこの「繋がりの社会性」で成立しているわけですが、これはまさに、「開発者が想定したそんなまっとうな目的のためには使われず、まったく別の文脈、別の欲望と結びついて、別の目的に使われ」ている現象です。本来はメッセージを効率よく交わすために作られたネットワークが、いつのまにか、その存在そのものを前提とした別の文脈のなかに置き直され、別の目的に使われるようになる。

僕は、そういう技術と欲望の思わぬ連鎖を「リアル」だと感じます。

具体例を出すと、たとえば最近はこんなことを考えています。

みなさんもご存知のとおり、ここのところいじめが話題です。そしていま話題になっているのは、身体的な暴力ではなく、精神的な暴力、コミュニケーションの暴力です。ちなみに僕は、別のところでも書いたことですが、むかし軽いいじめにあったことがあるので、被害者に全面的に同情的です。

しかし、そのうえで言いますが、この「精神的な暴力」なるものはとても厄介な概念です。なぜなら、精神的な暴力については、どこまでが暴力でどこまでが暴力でないか、その境界画定がきわめて難しいからです。だれもが経験していることだと思いますが、同じ言葉、同じ行為が、あるときは暴力になったり、あるときは親愛表現になったりします。あとから解釈の枠組みが変わることもあります。「あのとき実は俺はおまえの言葉で傷ついていたんだ」と言われてしまったら、反論するのはきわめて難しい。そういう性質をもっています。

にもかかわらず、私たちの社会は、その「精神的な暴力」の管理を学校に求めようとしています。実はこれは、いじめだけの話ではありません。DVやセクハラ、パワハラなど、現代社会は、精神的暴力の管理にたいへんに敏感になりつつあります。

しかし、これはたいへんに難しい要求です。なぜなら、いま言ったように、精神的暴力については、なにが暴力でなにが暴力でないか、決定するのがきわめて難しいからです。極端なことをいえば、暴力をなくすためには、ひとびとのコミュニケーションそのものを断ちきるしかありません。会話がなければいじめもありません(「無視する」のがいじめになるのは、一方で会話が交わされているからです)。ひとびとのあいだにあるていど親密なコミュニケーションがあるかぎり、それは必ず、のちに暴力として再解釈される可能性を秘めています。子どもたちが仲良く遊んでいた、教授が院生に夜中まで指導していた、という状況が、解釈の枠組みが変わると、すぐいじめやパワハラに化けてしまう、私たちはそういうリスクを抱えた社会に生き始めています。

そして現在では、それはもはや単なる個人間の問題だとは見なされません。そのような環境を放置していた管理者側の責任も厳しく問われます。つまり、このコミュニケーションという、たいへん曖昧で、しかも本質的に計量化不可能なリスクの管理を、義務教育の現場に限らず、大学や企業をはじめ、あらゆる組織が求められるようになっているわけです。

この変化の行く末には、どのような社会が想定されるでしょうか。ひとつの可能性は、免責事項の整備による訴訟リスクの軽減です。たとえば、学校や企業が、あらかじめ生徒や職員に対して、「組織内で起こるハラスメントはすべて個人間のものであり、組織には責任はない」旨の免責条項を提示する、ということが考えられます。学校はあくまでも知識や規範を伝達する場であり、生徒間のコミュニケーションが引き起こす事故には責任を取れませんよ、というわけです。高等教育機関は、そういう方向に向かうかもしれません。

しかし、もっともありそうなのは、コミュニケーションの記録の徹底化なのではないかと思われます。これは、コストが低く、しかもひとびとの心理的な抵抗も少ないと思われるからです。近い将来、私たちは、小学校の教室での子どもたちの会話、研究室での教授による学生の指導、会議室で行われる上司の部下への説教、それらすべてをとりあえず電子的に記録し、信頼できる第三者機関かなにかに預け、普段は見ることができないけれど将来「あのとき私は暴力を受けた」と苦情を申し立てられたときのために備えておく、そういう社会に突入するのではないか。そういう気がします。

あらゆる教室、あらゆる研究室、あらゆる会議室に監視カメラが設置され、教員や社員の会話を逐一記録している社会。これは、ひとむかし前の想像力であれば、最悪の監視社会と見なされたはずのものです。しかし、僕は、来るべき監視システムは、ネオリベラリズムがどうとか国家権力がどうとかいう問題ではなく、このように、私たちの暴力への感度の上昇や、リスク管理への意識の上昇と結びつくことで、急速にリベラルに整備されるのではないかと思うのです。このような欲望の連鎖は、監視すなわち権力、監視されないすなわち自由という発想からは見えてきません。

ちなみに、多少想像力を飛躍させると、2045年の世界においては、各家庭のなかにさえ、児童虐待やDVを自動的に関知し、行政か民間の福祉サービスに通報するシステムが導入されている可能性があると思います。むろん、そのような「暴力防止セキュリティサービス」は、国家が強制的に各家庭に設置するのではなく、ひとびとが、幸せな家庭を作るために、あるいは社会的な信頼を得るために、自発的にお金を払って購入するはずです。

余談ですが、いま、僕のうちには1歳半の娘がいます。この娘がたいへんな宵っ張りで、昼過ぎまでぐっすり寝ている困ったやつなのですが、40年後の世界では、そんな生活リズムを放置しているうちの夫婦は、児童の健康に関するさまざまな「科学的」データに基づき、児童虐待者と認定され通報されてしまうのかもしれません。

実際に、深夜のファミレスに幼いこどもを連れて行くのはいいことかどうかという議論はあって、あと10年もすれば、夜中にこどもを連れ回していたら即虐待というふうに社会の感性が変わっているかもしれません(いまでもあるタイプのひとびとはそう考え始めています)。そして、ユビキタスな情報環境は、そのような監視の整備にはたいへんに適しています。

私たちの世界は、私たち自身がリベラルで、非暴力的で、良識的で、弱者に優しいがゆえに、一種の監視社会に急速に向かっているように思われます。これもまた、ギートステイトのテーマのひとつです。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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