鈴木健です。
梅田望夫さんは、漸進的なコンピュータの性能向上がいかにして新しい技術やサービスを生み出すかをチープ革命という概念でよく説明します。これは、フォーブス誌コラムニストのリッチ・カールガードがもともと発明した言葉です。それまでであれば無駄だと思われていたようなリッチなリソースの使い方が、チープ革命によって十分可能な領域に入ると、新しいイノベーションが起きるのです。
産業技術総合研究所から最近Apple社に移籍したインターフェイス研究者の増井俊之さんにいわせれば、富豪的プログラミングということになるでしょうか。
チープ革命がどのように進行するかを予測すれば、次のトレンドがどこにあるのかを言い当てることができそうです。たとえば、AppleのiPodは、小型HDDの容量が音楽を1000曲格納可能なところまで増えたことから可能になりましたし、近年のYoutubeなどの動画共有サイトの勃興は、ブロードバンドの普及率が閾値を超え、サーバー側のストレージ容量も動画を置くのに十分なほど安くなったことから可能になりました。
そこで、2045年までにこのチープ革命がどのように進行するかを予測して、そこから見えてくる世界を想像してみましょう。
現在のコンピュータの基本アーキテクチャにおいては、計算速度、ストレージ容量、回線速度の3点が指数関数的に伸びています。
【計算速度】
Intelのゴードン・ムーアが提唱した有名なムーアの法則では、2年で計算速度が2倍のに速くなっていくことになっています(ムーアの法則はたびたび修正が入っているようですが、ここではIntelの公式見解に則ることにしましょう)。近年になり、この法則が続くことに疑問符がつきはじめていますが、ムーアの法則は40年間にわたり、コンピュータの世界に福音をもたらしてきたといえるでしょう。
ムーアの法則がこのまま続いていくとすると、トランジスタ集積度は2045年に現在の100万倍にまであがっていることになります。Google程度の検索エンジンは1台のマシンに納まりそうですね。
文部科学省の未来技術年表では、クロック周波数について以下の予測がでています。
「2021 エレクトロニクス クロック周波数50GHz以上のLSIが実用化される」
この未来技術年表では、しばらく前には2015年に実現することになっていたので、下方修正されているようです。
【回線速度】
回線速度については、ギルダーの法則とビル・ジョイの法則という2つの法則があります。
ギルダーの法則は、アメリカの経済学者ジョージ・ギルダー(George Gilder)が2000年に自著「テレコズム」にて提唱した「通信網の帯域幅は6箇月で2倍になる」というものです。
ビル・ジョイの法則は、サン・マイクロシステムズのカリスマアーキテクト、ビル・ジョイが提唱した、「通信網の費用比性能は1年で倍になる。通信網の性能比費用は1年で半分になる」という法則です。
ギルダーの法則とビル・ジョイの法則を比べて、悪いほうのビル・ジョイの法則を参考にしても、2045年には現在よりも1兆倍早くなることになります。ほんとでしょうか。
未来技術年表では、
「2017 エレクトロニクス 10Gbps光加入者系システムが家庭で一般化 」
とあります。いまの一般家庭では10Mbpsレベルが普及していると考えると、ほぼビル・ジョイの法則通りに展開していく予測のようです。
【ストレージ】
ファンの法則は、サムスンのファン・チャンギュが唱えたもので、1年で倍の速度でフラッシュメモリの容量が増えていくという法則で、1999年から7年連続で達成しているそうです。
IT業界では、円盤を物理的に回転させるHDDはいずれ駆逐され、半導体タイプのメモリが主流になるとずいぶん前から言われていました。しかし、HDDも意外にがんばっています。
フラッシュメモリのライバルのHDDの容量の変化はこちらを参考にしてみてください。。
富士通によると、HDDのディスクの面記録密度は2000年までは年率100%で向上してきたが、従来方式の限界から、それ以降は年率20〜30%程度にとどまっているそうです。
フラッシュメモリの容量は、現在から10年ごとに以下のように増えていくと2045年には1兆倍になります。
1GB=>1TB=>1PB=>1EB=>1ZB
ちなみに、単位系については、こちらを参考にしてください。
ムーアの法則は、1965年に最初に提唱されたときは「1年で倍」ですが、1975年には「2年で倍」に修正されたという経緯があります。ファンの法則も順調に増えていくか、途中で修正を余儀なくされるかはわかりません。
【総合的分析】
これらの法則が本当に実現するとすれば、あと10年(HDD)から20年(フラッシュメモリ)で、PBレベルの保存が安価に実現できることになります。
フラッシュメモリの容量は2026年に32PBと、現在の100万倍になったとします。現在のDVDと同等の画質で動画を保存した場合、その収録に必要なメモリの容量は以下の通りです。
5GBで2時間
60GBで1日
22TBで1年
2PBで100年
したがって、2026年には、1600年分の映像記録があなたのiPodの中に入ることになります。たとえば、日本のテレビのキー局の歴史上のすべての放映内容が、DVDレベルの画質であれば1台の小型デバイスの中に格納できることになります。もう誰も、テレビ番組を「ファイル交換」することはないかもしれません。
テレビ番組は、放映という公共的性格が配慮され、著作権法で特別に著作権処理が優遇されてきたという歴史的経緯があるため、テレビ局各社はインターネットへの番組掲載にあたって過去のテレビ番組の著作権処理のやり直しに直面しています。現在、著作権処理を円滑にするための方法が行政レベルでも検討されていますが、20年後のレコーダーには最初から歴史上のすべての番組が組み込まれているような世界になることを予測した上で、よい方法を模索してほしいものです。
あなたの人生すべての映像記録が1台の小型デバイスに格納できるようになる2025年には、ライフログ技術は一気に普及期を迎えるでしょう。ギートステイトの舞台である2045年はさらにそこから20年がたち、二十数年分のライフログが蓄積されたあとの世界になります。
また、2020年ごろには映像よりもさらに巨大なデータ量が必要な3D仮想空間も本格的な普及期を迎えます。なにしろ、次元そのものが1次元あがるのに加え、人が直接みないデータまで必要なのですから。これもギートステイトのゲームプレー・ワーキングを語るにはかかせないところです。second lifeが注目される中、3D仮想空間からも目がはなせませんね。
回線とストレージが今の1兆倍、Googleレベルの計算リソースがあなたの手元にあるとします。秋の夜長、そんな中でどんなサービスや社会が可能なのかを、ぜひ想像してみてはいかがでしょうか。トラックバックとコメントを期待しています。