昔、クリック&モルタルという言葉が持て囃されたことがありました。
当時はまだ早すぎたというか、そもそもネット利用の生活への浸透度合いや、ネット利用環境が基本的にはPC環境に限られていたという状況もあって、確かに魅力的な言葉ではあるけれど、現実にはまだまだ、という感じだったと思います。
当時のクリック&モルタルは、一般的には従来の小売企業がネットでも展開しつつ、店舗を持っていることを有効に利用していく、というようなマーケティング概念として語られていましたが、新しいクリック&モルタルは、本当の意味でのリアル店舗とオンライン店舗・サービスとの境界線を無くし、利用者の利便性を向上し、また、店舗側にとっても次のレベルのIT活用のマーケティングを実践していくものとなるのではないかと考えています。
ネットはネット、リアルはリアルというように、領域が切り分けられ、その領域をどう行き来するのか、跨ぐのかということを考えていた時代は終わり、これからはリアルとネットが極めてシームレスに、その境界を意識しないうちに行き来してしまっている、というような環境が生まれてきているように思えるのです。
リアル店舗の情報をネットから検索
リアル店舗の在庫情報をネットから検索できるサービスも増えてきています。TSUTAYAがリリースしたiPhoneアプリは、借りたいDVDやCDが最寄りの店舗にあるかどうかを調べることができます。
http://itunes.apple.com/jp/app/id391429128?mt=8&ign-mpt=uo%3D6
多少マニアックな映画を観たい時、そのタイトルが最寄りのTSUTAYAにあるかどうかというのは気になることです。私はよく店舗に備え付けられている検索端末を利用して、目当てのタイトルを探したりしますが、本当に観たいものであれば多少足を伸ばさなければいけないとしても、その店舗に行くことは厭わない質です。私のような人間にとってこのようなサービスはかなり重宝します。
米国Googleのプロダクトサーチのモバイル版では、商品を検索すると、端末の位置情報に基づいてGoogleが割り出した最寄の小売店での製品在庫状況と販売価格、電話番号、現在地からの距離などを表示することまで可能です。
http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1003/12/news020.html
昨年末にeBayが、同じようなサービスを展開する「Milo.com」を買収したことからも、この分野の注目度や将来性みたいなものが垣間見られるのではないでしょうか。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20101203/354832/
こういう分野も一種のクリック&モルタルと捉えられるでしょう。ネットを利用して、店舗の情報をリアルタイムに把握できることによって、実際に店舗へ行く動機付けを行う。ネット利用が日常化したことや、スマートフォンなどの「手のひらコンピューター」の普及なども、こういったサービスを成立させる土台となっていると言えます。
ECがどれだけ成長を続けていても、私たちが半径何Km以内の身近な生活圏で日々お金を使い続けるということは変わりないでしょう。オンラインからいかにして、店舗への誘導を図るかというテーマは、今後ますます大きいテーマとなってくると思います。
グルーポンのように、気づきや発見を与えて、格安のクーポンで行動を促すという手法もあれば、TSUTAYAが手がけたように、実店舗の情報やサービスをオンラインから利用できるようにすることで行動のつなげるなど、この分野の市場は非常に大きいので、次の「グルーポン」を狙う野心的なサービスが今後も数多く登場してくるのではないかと思います。
モルタルのIT武装化
純粋なクリック&モルタルとは少しズレるかもしれませんが、スマートフォンの広がりは、店舗のIT化を促進していくと考えてます。店舗のIT化が進めば、必然的に店舗とオンラインとの連携がより密になっていくでしょう。
iPadのようなタブレット端末を利用して電子メニューを用意したり、接客用のインタラクティブなカタログを提供したり、というような事例は珍しくなくなってきていますが、タブレット端末をPOSレジにするようなサービス、アプリも登場してきています。
http://jp.techcrunch.com/archives/jp20101214ubiregi-ipad-pos-application/
このようなアプリ&サービスは、従来のPOSレジに較べて圧倒的に安価だというメリットがありますが、当然、メリットはそれだけではありません。
最大のメリットは、このPOSレジ自体がコンピューターであることと、ネットにつながることではないでしょうか。この双方を兼ね備えることで、POSレジで処理するデータを、その場で分析したり解析したり、その分析や解析を元にして、ワン・トゥ・ワン的なアプローチなども行うことができるでしょう。
また、当然オンライン店舗との連動もより容易になります。同一のバックエンドの仕組みを用いて、オンラインでも実店舗でも在庫を共通管理化し、レジ処理と同時に在庫処理も行う、というようなことも可能になるのではないでしょうか。
さらに、この発想をより発展させて、アメリカではスマートフォンを利用したセルフチェックレジが登場しています。
http://blog.livedoor.jp/usretail/archives/51583565.html
そもそもレジのサービスレベルがあまり高くないアメリカでは、このようなセルフチェックアウトが望まれる土壌があるのかもしれませんが、これはなかなかお店にとっても魅力的なサービスだと思います。
上記ブログのエントリーにもあるように、何と言ってもお客様の購買情報の取得ができるようになるということは大きいと思います。
実店舗のレジの領域は、実は非常に大きい可能性が残っている領域です。なにせ、お客様が実際にお金を払う場であり、お金を払う瞬間だからです。ここがオンラインとつながったりIT武装されることで、今まででは考えられなかったマーケティングが可能になります。
まだまだ日本では知名度はそれほど高くないですが、カタリナマーケティングという会社は、まさにこの領域のイノベーションを進めている会社です。カタリナマーケティング社は、レジクーポンという仕組みを持っており、それを小売店舗に導入しています。カタリナマーケティング社のPOSレジは、購入商品や点数などの情報を瞬時にセンターへ送り、それらの商品の組み合わせや、独自に設定するキャンペーンルールなどの条件により、即時・その場で、購入者に最適なクーポンを発行します。
今の段階では、発行されるクーポンはそのお店で次回使用することができるものに限られるのではないかと思いますが、今後このあたりでもオンライン店舗と、実店舗の境界線はなくなっていくのではないかと思います。
例えば、実店舗で一定期間に一定量以上の水を購入している人には、オンラインでの定期購入サービスの初回サービスクーポンを発行するなどはどうでしょうか。実店舗は充分にオンライン店舗への集客チャンネルになりえるでしょう。
いくつかの事例を見てきましたが、今後リアルの店舗を有する企業は、店舗を持つ優位性をいかにしてネットに還元していけるか、またネットのチャンネルをどう実店舗への誘導に繋げられるか、この両方をしっかりやっていける企業が大きな飛躍を遂げられるのではないかと考えています。一時期は、実店舗の利害と、ネット店舗の利害がぶつかり、なかなかネット店舗に本腰が入れられない等、実店舗を持っていることがネット展開の足かせになる、というような話もチラホラ聞こえたものですが、今後は、実店舗を持ってるからこそ、ネット店舗がより活きてくるという時代になるのではないかと思います。