かつて、USENといえば「店内BGMの会社」というイメージが定着していた。全国の飲食店や小売店、美容院などで流れるBGMを提供し、その分野で揺るぎない地位を築いた企業だ。しかし、近年のUSENは、音楽配信にとどまらずPOSレジ、防犯カメラ、配膳ロボット、家賃保証、保険、エネルギー事業など、数多くのサービスを次々に立ち上げている。しかもそれらが相乗効果を生み、グループ全体としては増収増益を続けているというから驚く。
新規事業をいくつも生み出し、しかも“やめる時はサッとやめる”――こうしたスピード感と柔軟性は一体どこからくるのか。私は過去に多くの企業の経営改革を取材してきたが、これだけ多角化しても核を失わず、かつ利益を伸ばし続ける企業文化は稀有な存在だ。そこで、USENの代表取締役社長である貴舩 靖彦氏に話を聞き、新規事業を成功させる上で重要となるエッセンスを探ってみたい。
USENの発展を語るうえで外せないのが、“音楽配信”というコア事業だ。飲食店や小売店の空間づくりを長年支えてきた強みがあるからこそ、家賃保証や防犯カメラ、POSレジ、通信などの新サービスを提案しても、自然と受け入れられやすい下地がある。
代表の貴舩氏は「コアを大切にするのは当然ですが、それだけに固執していたら時代の変化についていけません。店舗のお客様が今何に困っているかを見極めて、新しいサービスを必要だと思えばどんどん作る。ダメなら早めに引く。それを繰り返してきたのが当社です」と語る。
実際、同社は音楽配信を原点としながらも、約60もの商材を取り扱い、かつ事業分野を分社化して育てる仕組みを確立してきた。私が特に注目したのは、「保証会社を自社で立ち上げる」「保険会社もやる」といった動きだ。これは「どうすれば店舗の開業時に確実に接点を持てるか」という逆算に基づく戦略であり、新規事業づくりのヒントが詰まっていると感じる。
「家賃保証や少額短期保険なんて、普通なら“外部の会社に任せればいい”と思われるかもしれません。でも、不動産契約の段階や内装工事の段階でオーナーさんとつながれる仕組みこそが重要なのです。最初に保証や保険を使ってもらえれば、その後、POSレジや通信回線、防犯カメラなど多角的にお手伝いできる。逆に言えば、そこの入り口さえ押さえれば、次のニーズが自然と生まれてきます」と貴舩氏。
もう一つ、USENが多角化を成功させている理由として見逃せないのが、“撤退へのためらいの少なさ”だ。一定期間試してみて、成果が上がらなければ早めにやめる。そして、そこに投じていたリソースを別の有望分野に振り向ける。
同社は過去に店舗の必要資材に関する仕入れのサポートをいくつか試みたが想定した結果が得られず、比較的短いスパンで見切りをつけた。そのかわりに訪日外国人向け飲食店予約・観光サービスをはじめとする、インバウンド対策関連サービスを加速させ、むしろそちらが順調に成長している。失敗を恐れてずるずる続けない判断は、新規事業立ち上げのスピードを保つ上でとても重要だろう。
「やってみないと分からないことは多いです。だから小規模でもいいからまず試す。反応が良くなければ早めに退くようにしています。もちろん、一度始めた事業をやめるのは勇気のいる決断ですが、迷いながら続けてリソースを無駄にしてしまう方がリスクは高い。その分、うまくいくプロジェクトに集中投下できますから」と貴舩氏は語る。
ここにある「やってみないと分からない」という姿勢は、まさに新規事業の本質を捉えている。最初から完璧な計画を作るのではなく、“必要最小限のリソースで素早く実行してみて、ダメなら切り替える”。この柔軟性が、USENに多角化の連続成功をもたらしているわけだ。
新規事業を回すうえで重要なことが、組織づくりである。多くの大企業は事業部制のなかで新プロジェクトを立ち上げ、うまくいかなければ縮小、なんとなく惰性で続く……というケースが多いが、USENは一定の成果が見込めればすぐに“分社化”して独立させる。その際、若手を責任者や社長に据えることも珍しくない。これにより、事業は親会社の一部ではなく、“一つの会社”として自立せざるを得ない。事業を統括する若手社長は、売上や利益に直結する意思決定を短期間で求められる。トップが若い分、スピード感のある経営ができる上に、若手社員にとっては大きな成長機会になる。
「当社には昔から、若手に対して新たな挑戦や役割を積極的に任せ、成長機会を提供する風土があります。私自身もそうやって育ててもらいました。分社化はその延長線上で、ある程度形が見えた事業を“本当にやりたい人”に任せることで責任感を高める。若手が実際に社長として動かせば、“どうしたらこのサービスは売れるのか”“どうコストを抑えるか”を必死で考えるでしょう。むしろ若い人だからこそ、新しい発想で大胆に動ける」
私が注目したのは、こうした分社化による組織運営が、形だけで終わっていない点だ。単に社内に子会社を増やすのではなく、「責任者が若手で、実質的に経営を任されている」「グループ全体が顧客基盤を共有し、連携をとれる仕組みを持つ」というのが大きい。新規事業を生む組織力として、非常に巧みだと感じる。
取材を通じて見えたのは、USENには全国各地にセールスとフィールドエンジニア、そして24時間365日対応のカスタマーセンターが存在し、“現場の声”がリアルタイムに本部に集約される体制があるということだ。BGMやPOSレジ、防犯カメラなどが不具合を起こしたら、すぐに修理手配やサポートが必要になる。これによって、お客様からの「こんな機能が欲しい」「こういうところが使いにくい」という具体的な要望が常に蓄積され、次なるサービスのアイデアが自然と生まれてくるらしい。顧客との接点を長期にわたり持ち続けるからこそ、バージョンアップや別サービスへの展開がスムーズなのだ。
貴舩氏「セールスもカスタマーセンターも、どこかで“これはお客様の悩みかも”と思ったらレポートを挙げてくれます。そこから開発部門が『じゃあ新しいパッケージを作ろうか』と動いて、半年くらいでリリースすることもある。うまくハマれば一気に拡販に走れるし、ハマらなければすぐ撤退です。そうして生き残ったサービスが積み重なって今の形になっています」
この顧客の声を吸い上げる仕組みは、新規事業を作る上で強力な武器になる。大企業でありがちな“机上のプラン”とは違い、顧客の生の声を根拠に仮説を立てられるため、最初から一定の手応えがある。実際、USENのクラウド型POSレジも、最初は後発だったが、現場のニーズをひたすら取り込んでカスタマイズを重ねた結果、飲食業界で一定のシェアを獲得するに至った。
USENの動きを追う中で、“なんでもやる”といった曖昧な多角化ではなく、「やるなら真剣に勝算を探り、ダメなら撤退」というメリハリがはっきりしていると感じた。これは新規事業において非常に大切な要素で、意思決定を先延ばしにしてしまうと、中途半端にリソースを費やしてしまう。 同社が新しい事業を立ち上げたときは、短期間でも検証を重ねて初期の結果を見極める。成功を確信できればいっきに規模拡大し、分社化したうえで若手社長に任せて加速を図る。ここまで極端にできるのは、社内に「撤退もアリなんだ」という共通認識があるからだ。トップから現場までその意識が徹底しているので、社員も挑戦しやすいというわけだ。
私が感じたのは、USENの多角化には“コアをちゃんと守ること”と“撤退ラインを早期に引くこと”という両面の戦略があるからこそ成り立っている、という点だ。コアである音楽配信による顧客ネットワークがあるので、新しいサービスを投入してみるハードルが低い。一方で、計画だけで延々と経営資源を割くのではなく、実際にやってみて成果を測定し、伸びなければすぐに見切りをつけられる。その判断を、わずか半年ほどで下すケースもあるというから、企業としてのアジリティは相当なものだ。
新規事業に携わる人は往々にして「大きく育つまで我慢するべきか、見切りをつけるべきか」で悩む。そこで“撤退の潔さ”が欠けると、ずるずると不採算事業が続き、気づいた時には莫大な赤字という状態にもなりかねない。USENはそこを極力回避する仕組みや文化を作っている。たとえば、先ほど挙げた分社化による責任者の明確化もその一環だろう。
さらに、保証や保険に参入して「開業時の店舗オーナー情報」を早期に押さえるという逆転発想は、もっとも印象的だった。新規事業では“販売チャネルをどう確保するか”が最大の課題となるが、USENは自社でチャネルそのものを作ってしまう。だからといって表面的な“囲い込み”ではなく、実際に家賃保証や少額短期保険でオーナーのニーズに応えているから事業として成立しているのだ。そこに「企業として儲かるだけでなく、お客様の利便性にも寄与する」win-win構造がある。
新規事業というと派手さが目立ちがちだが、USENの背後には緻密な仕組みづくりと諦めの早い決断、そして元来のコア事業を活かす“盤石な土台”がある。この組み合わせが生み出す多角化モデルは、まさにこれからの時代に求められる企業の在り方だと言えそうだ。どんな業種であれ、“守るべきもの”と“捨ててもいいもの”を峻別しつつ、顧客を中心に新ビジネスを試す姿勢を貫けばこそ、大きな成果を得られるのではないだろうか。
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