人の群衆で人間性を表現するゲーム制作の挑戦--中村勇吾氏と水口哲也氏に聞く「HUMANITY」 - (page 3)

主人公が柴犬となったことで、ゲームを一段上の領域へと上げた

―― 本作の主人公が柴犬なのは理由があるのでしょうか?

主人公である柴犬
主人公である柴犬

中村氏: 水口さんからのお題みたいなもので、ゲームとしてチャーミングな要素はないだろうかと、そんな感じのことをふんわりと言われたのがきっかけですね。
 
 初期段階では、人々全体を主人公として、そのなかにひとつ魂があって一人の人が指示を出して、さらに魂が移動してまた違う人が指示を出す……というコンセプトで、人々全体の操作を考えていたのです。

 水口さんの話があってから、もう少し違った動かし方がないかと可能性を探るなかで、人間の集団以外で登場してもいい外部の存在を考えたときに、犬がいいんじゃないかと思いついたんです。

 ゲームの世界観としても、人類から自我が失われた状態にありますので、それをより強調するには、賢い人間に導かれるよりも、犬だけが一番知性的という立ち位置にしたほうが、知性を失った人間という存在も際立つのではないかと。あと、人間に近いところで指示される存在ですので、犬が人間を指示して率いる光景は、これまでの関係を180度変えるようなもので、効果的だと感じたんです。

 犬のなかでも柴犬にしたのは、日本人だったら柴犬だろうという、シンプルなものです。そこに迷いはなかったのですが、海外の方から見てどう思うかは気がかりでした。そうしたら、後から柴犬ブームが起きて。狙ってないことなのでラッキーでした。

水口氏: 今でも覚えているんですけど、犬を提示されたときに衝撃を受けたんです。大量の人を犬が引き連れるという光景が、コミカルでシニカルでもあると。「普段は人間が犬を連れて歩いてますけど、犬が人間を引き連れて歩く光景は、象徴的なものになりますよね」と説明されて、その映像を見たときに「これだ」と思いました。

 群衆シミュレーションという新しい遊び方とパズルを融合させたシミュレーションパズルと言えるような内容に、「HUMANITY」というタイトルに込められている人間性を浮き立たせる存在として柴犬は機能すると。漠然とした直感が、みんなのなかではまった瞬間でもあったんですよね。

 主人公が柴犬となったことは、すごく大きかった。転機でもあり、ゲームを一段上の領域へと上げたようにも思います。単なるかわいい飾りとするのではなく、入れることによっていろんなものが化学反応を起こして変わるかということを、おそらく勇吾さんは考えて、計算をして入れたんだと思っています。

 ただ、僕に説明したとき、「犬にしてみました」「なんとなく入れました」と、すごく軽く言われたんです。そこが勇吾さんの素敵なところでもありますね。

中村氏: 説明が苦手なだけです(笑)。

キービジュアルより。犬と人間の関係が変わったようにも見える
キービジュアルより。犬と人間の関係が変わったようにも見える

―― ストーリーについては、どういったことを考えて作られたのでしょうか。

中村氏: まず前提にある設定として、人間から知性が失われている状況にあり、犬がそれを導く役割があります。従来では一人一人の人間に理性がありますけど、集団になると違う特性が生まれて、簡単に極端な方向へと走ってしまうということは、SNSの時代になってよく見る風景になったと思います。

 それが進行して究極的に全ての人類から自我失われた状態になったとして、なぜそのようなことが起きてしまったのか、ということから考えていきました。逆算するように、もとに戻していくための実験をはじめようとする存在がいて、自我を戻していくにはどうしたらいいか、ということをストーリーの骨格に据えました。

ゲームを進行していくと、主人公に呼びかける声の存在など、全貌が徐々に明らかとなっていく
ゲームを進行していくと、主人公に呼びかける声の存在など、全貌が徐々に明らかとなっていく

水口氏: ネタバレになるのであまり深くは言えないのですけど、僕の観点から説明すると、すごくいいストーリーができた、ということは間違いなく言えます。ゲーム内でそんなに言葉数が多いわけではないですし、ひとつひとつの言葉は本当に童話のようにシンプルなのですけど、すごく心にしみいります。詩的で行間にも意味があるように感じられます。

 昨今、世の中はAIに対しての関心の高まりや、戦争やパンデミックといった出来事がありましたけど、そういう要素も入っています。なにより最後までプレイしないと得られない感動があります。プレイした方には、必ずと言っていいぐらいに、最後まで見てほしいというのが願いです。やりきったからこそ感じられると思います。

 途中で挫折しないように、ヒント映像もゲーム内には収録しています。なので、とにかく最後まで見ていただいて、このストーリーに触れた方がどのように語ってくれるかは興味ありますし、その人口を増やしたいです。

中村氏: 水口さんからもよく言われましたが、ある程度プレイ時間もかかるので、納得感があるものにしたいと。最後までプレイ方には、そう感じてもらえるようなストーリーになっていると思います。

―― 大変だったとお話されていたステージ作成の「STAGE CREATOR」は、どのような経緯で入ったのでしょうか。

中村氏: 開発用にレベルエディターを作るのですけど、その延長で開発を頑張れば、ユーザーの方にも使えるように公開して、コミュニティができて盛り上がるかなと。「できんじゃね?」ぐらいの軽い感覚で進めたのですけど、これが大変なことになるきっかけでもありました。

 開発側で使うことができるということと、全世界のユーザーが使うということには、大きな開きがあったと。ユーザーがいろいろ形のステージを作るなかで、あらゆる可能性を想定して人間が破綻なく動くのは、すごく大変で。メインプログラマーの山がずっと苦しんでました……。意地悪でありえないような地形をわざわざ作って検証していくという、地道な作業を繰り返しました。

「STAGE CREATOR」
「STAGE CREATOR」

―― この2月には「期間限定DEMO」としてデモ版を配信して、「STAGE CREATOR」もベータ版として提供されましたけど、実際にユーザーが作ったステージを見てどう思いましたか。

中村氏: 今だから素直に言いますが、あらゆる地形に対応しているように作りましたけど、不具合が出る可能性も否定できない状況でした。なので、みなさんに自由な発想で作ってほしいという気持ちと、「頼むから変なこと起こらないで」という気持ちが混じり合ってましたね。恐る恐る見ていましたけど、ちゃんと動いていたのでホッとしています。

―― 私もプレイしましたけど、作られたステージを見てみると、たくさんの方が触れられる状況になると、発想は無限と感じさせるところがありました。

水口氏: 本当にユニークなものもたくさんありましたね。

中村氏: ゲームとしての面白さはさておき、建築物として、人がいる建築空間として面白さを感じさせるものも相応にありました。群衆を動かすことができるマインクラフトのような遊び方もできるのかなと感じました。

―― ほかにも、期間限定DEMOをプレイしたユーザーの反応を見てどう思いましたか。

中村氏: 客観性を失っていたところもありましたけど、思ったより楽しんでいただいている方が多くて、本当にホッとしたという気持ちが強かったです。興味深かったのは、僕らが思っている以上に、意図を組み取ってくれて。想像を膨らませてくれる方が多かったことです。

 集団の行動を俯瞰的に見る視点や、人間はなぜ集団で動くのだろうという視点から考える方もいらっしゃいますけど、ゲームのなかで集団でこう動くとこんな風に感じるとか、世相を表しているというような、僕らが考えたことのないような解釈をしてくださる方もいました。

水口氏: 結構ポジティブな反応が多くて、やってよかったと思いました。面白いというだけではなく、これは新しいとか、いい意味で予想していたものと違っていたというのもありました。たくさんの方がプレイされる大きなイベントと言えるものでしたし、そこで反応が良かったということは、これでちゃんとリリースできると。自信持ってみなさんに楽しんでいただけると確信しています。

デザインを洗練させていくことと、ゲームを面白くしていくことは考え方が似ている

―― 中村さんに伺いますが、長期間にわたったゲーム制作に対しての思いや得られたもの、感じたことをお話いただけますか。

中村氏: ゲームは総合芸術というお話をしましたけど、なんとなく大変なんだろうと思っていたなかで、その大変さをリアルに感じました。「とにかく大変だった」という言葉に尽きます。もちろん、学べたことはたくさんありました。ゲームを商品にすることについて、水口さん含めてエンハンスのみなさんから勉強させてもらったところがあります。

 デザインを洗練させていくことと、ゲームを面白くブラッシュアップしていくことは、全然違うように見えて、基本的な考え方は似てるように思います。コアのコンセプトとなるものは必要としたうえで、面白いところにすべての意識を集中させるために、無駄に不快な部分や心地よさを阻害する要素を取り除いていく。その下地があってこそ面白さが引き立っていく。その作業について、ゲーム制作ではこういう風にやっていくというものを、学びつつ理解をしながら体験したことは、私自身としてすごく勉強になりました。

 ただ、この経験を生かしてまたゲーム制作をやりたいかというとわからないです。今でも谷の深いところにいるので。ただ、時間がかかりましたけど、やった意味は確実にあったと言えます。

―― 水口さんに伺いますが、この取り組みについての感想と、エンハンスとしての今後をお話ください。

水口氏: 時間こそかかりましたけど、名作になったと個人的に思ってますし、プロデューサーの立場としてすごく満足感があります。この作品のプロデュースに関われたことは、どんなに時間が経過して振り返っても、本当にいい仕事をした感じられる、それが確信できるものです。

 特に勇吾さんと一緒にゲーム制作ができたということは、そうそうあることではないです。さらに5年かかったということは、100歳まで生きるかはわからないにしても、人生の5%以上の時間をかけて一緒に取り組んだということになります。そんな濃厚な時間をご一緒できたのは嬉しいです。最後までやりきっていただいた勇吾さんとチームの方には感謝しかありません。

 エンハンスとしても、勇吾さんのようないい感性を持っている方、クリエイティブな方と、今までに存在していないような新しいタイプのゲームを生み出していくことをやっていきます。あと、勇吾さんは今後わからないと言ってましたが、時間がたてば、またきっと何か面白いことを提案してくれると期待してます。

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