人の群衆で人間性を表現するゲーム制作の挑戦--中村勇吾氏と水口哲也氏に聞く「HUMANITY」 - (page 2)

瞬間瞬間は面白くても、ゲームとしてどうまとめるのかに右往左往

―― 「5年かかった」というお話もありましたが、タイトルが公表されたのは2019年9月で、そのときは2020年発売予定としていました。実際には2023年5月にリリースされることになりましたが、その時間がかかったという要因はなんだったのでしょうか。

中村氏: まず、人の群衆にインタラクトして操作するという土台のシステムは作りましたけど、そこからこれを使ってどのようなゲームにしていくかですね。そこには無限のアイデアがあるわけです。細かなインタラクションのギミックを試して、その瞬間瞬間は面白くて、デモとしてはいいんですけど、ゲームとしてどうまとめるのか。そこに右往左往していたというのがあります。

 あとは、ユーザーがステージを制作して公開する「STAGE CREATOR」というモードがあるのですけど、技術的に大変でした。エディターを作りこむこともそうですし、こちらがゲームで設定した地形に対して、人の動きを破綻なく動かすことはできても、ユーザーが作るであろう、あらゆる地形に対して破綻なく動くかどうかを確認するのは、大変な作業で。テクニカルディレクターの山(thaの山 健太郎氏)が黙々と検証していて。新型コロナウイルスの影響もあることはありますが、どちらかというとこの2つが大きかったですね。

水口氏: でも、すごくいい時間だったと思います。かけた分だけ作品がすごく良くなったことは間違いないです。

―― 本格的なゲーム制作は初めてということで、培った経験が生かせるものもあれば、未知の領域での苦労もあったと推察します。

中村氏: 例え話になりますけど、映像の仕事をしている人が、最終的には映画を撮りたいと思うような気持ちで、僕らはプログラムやビジュアル、インタラクションといった小さな断片となるものを手がけてきたので、最終的にはゲームを作ってみたいというような気持ちでいたんです。

 でも、ゲームは総合芸術です。私はその瞬間瞬間や短い時間での心地よさや驚きを作ることについて、やり方やうまくいく方法はある程度わかります。でもゲームのような時間のスケールがあって、何十時間とプレイするなかで、いかに飽きさせないとか、いかに夢中にさせていくこと、そしてゲーム特有の困難や、それを乗り越えることの面白さや快感を、どのように作るのかが全然わからなかったんです。これまでゲームも親しんできましたが、プレイするのと作るのは全く別の話です。

 これはもう、一朝一夕にできるものではないと。なので、早い段階で水口さんに「レベルデザインみたいなものは、できそうにない」と正直にお伝えして。それでエンハンスの石毛さん(石毛英一郎氏。HUMANITY ゲームデザインディレクション、 プロジェクト・マネージャー)にそのあたりを見ていたきました。

水口氏: ゲーム制作において、挫折しやすいところです。瞬間的な面白さは作ることができても、その連続が生み出すナラティブ、ストーリー性をどう作っていくか。どう気持ちをのせていくのかを考えて設計する必要があります。そうなると、軸となるものが増えていくので、難しいと思われる方が多いと思います。

 ただ、勇吾さんはその設計ができる方なんです。作った経験がないからわからないだけで。そして、ゼロから設計するのはハードルが高いので、力を貸してほしいという意味でお話されたんだと思います。

 実際に勇吾さんは、総合的な力を持っている方でした。右往左往する状況もありましたけど、主人公が犬になったり、「OTHERS」と呼ばれる集団が登場して、人間性を浮き立たせるためにいろんな試練に立ち向かうような体験もできるなどの要素も組み込まれていって。最後にはこの5年間の社会情勢を含めつつ、でも流行り物ではない、人間の本質に響くようなストーリーを生み出してくれました。これが、ピースがピタッとはまったように感じられましたし、すごくいい作品が生まれたと思います。

ゲームが進行すると「OTHERS」と呼ばれる敵対集団が登場する
ゲームが進行すると「OTHERS」と呼ばれる敵対集団が登場する

―― 中村さんはこれまでのお仕事で、ひとつのプロジェクトにここまでの時間をかけたものというのはあったのでしょうか。

中村氏: ないですね。もはや小学校の6年間と同じぐらい、ひとつの教科書を読み続けているような感覚です。

―― 開発が長期間だと、モチベーションを保つのも大変だったかと思います。

中村氏: いや……、谷あり谷あり……だいたい谷でした。

水口氏: 谷が深ければ山も大きいということです、ね。

中村氏: しんどいというよりも、いいものになるだろうかという、目標のイメージを見失うときが何度かあって。そのたびに谷に沈んでいくような状況でした。あと、長いことひとつのものに取り組んでいると、客観的な目線はどんどん失われて、面白いものかどうかわからないという感覚になります。

 今でもそれが続いているとこともあるのですけど、誰から客観的に見て「面白かった」と言っていただけると、内心「本当に?大丈夫?」と思いつつも、浮上していく感じですね。

ある規律やルールに従わせると急に人間っぽく見える

―― ゲーム中の群衆を見ていて、同じような人でも細かく見ると違っているように見えますが、バリエーションは結構あるのでしょうか。

中村氏: 男性と女性の成人や子どものように見える方、あと大柄な方など体型を少し変えている方もいます。そこに人種や服、髪型でバリエーションを出しています。要素をかけ算するような形で登場しますので、よく見ると同じ人はそれなりにいますが、パッと見では無限のように感じるかもしれません。

 もともとは同じ髪型だったんですけど、途中から髪型のバリエーションを加えたのが大きかったです。制作しているうちに世の中の情勢が変わってきて、ダイバーシティ(多様性)が意識されるようになってきました。特にグローバルでリリースするとなれば、そこに対応しなければいけないだろうと。結果的に人のバリエーション増加につながって、いろいろな人が群衆にいるという見た目のインパクトにもつながりました。

水口氏: ユーザーテストでのフィードバックでも、多様性の意見は出ていました。単純な区切りでははかれない方も世の中にはいらっしゃるので、そこも含めて調整は続けました。

登場する人間たち。同じように見えて少しずつ違っている
登場する人間たち。同じように見えて少しずつ違っている

―― 人間らしく見せるということで、開発を進めるなかで、こういう要素を入れたらより人間らしく見えたというものはあったのでしょうか。

中村氏: 鳥の群れと人間の群れは、ベースの仕組みは一緒なんです。本来は個々に動いているのですけど、ある規律やルールに従わせると急に人間っぽく見えるんです。ゲームでも、矢印で移動させるとみんな隊列を組むかのようにその方向に行く。でもちょっとぶつかったり、行き止まりのような場所に行くと、それが崩れるかのように人が広がっていくんです。

 動物としての本能的な部分と、人間の理性で自分を制御しようというところがぶつかり合う時に、ちょっと人間っぽく見えるというイメージがあります。

あるステージより。吹き飛びそうになるぐらいに風に吹かれても隊列を乱さないが、壁にぶつかると崩れて人が広がっていく
あるステージより。吹き飛びそうになるぐらいに風に吹かれても隊列を乱さないが、壁にぶつかると崩れて人が広がっていく

―― これだけ無数に人間が出ていても、1人1人がちゃんと人間っぽく見えるというところに、インパクトと凄さを感じさせます。

中村氏: コミックマーケットで、入場を待機している参加者の行列の動きを、定点映像のタイムラプスとして収録している動画などを見るとわかると思うのですけど、これだけ無数の人がいても、みんな誘導に従って集団が動いてますよね。海外からも「日本人は秩序を守る人たち」と言われるところでもあります。それも着想のひとつです。個々に見ると多少の揺らぎはあるけど、大きくは秩序を守って、スタッフの指示に従って動いてますので。

水口氏: 人間は群衆になると、何かが変わりますよね。集団というスイッチが入ったかのように。大災害があったときでも、多くの人はきちんと並ぶ、順番を守る美しさもある。一方で逆のパターンとして、集団が暴徒化すると、争いも起きてしまう。まさに「HUMANITY」はさまざまな人間性を内包していると思います。

 すごく苦労はしたのですけど、結果的にはよかったんです。いろいろな試行錯誤を経て、集団性の面白さと、ゲームが持つストーリーがうまく融合できたと感じています。

―― 水口さんに伺いますが、ゲームとしてまとめていくという段階で、なにかアドバイスなどはしたのですが。

水口氏: あまり細かいところには口出しをしていません。ゲームデザインやレベルデザインに関しては、石毛くんを中心にまとめてもらいました。thaのメンバーとエンハンスのメンバーがいろいろなステージを作って、ボツになったものも数知れずですけど、そうして生まれてきたステージたちを、どのようにゲームとして面白い流れにしていくかはチームに任せていました。

 僕が気にしたことは、インパクトがあって瞬間的に面白いと思えるものはたくさんあるけど、それをゲームの流れとして、プレーヤーがどういう気持ちになって、どういう感情になるか。あとこのご時世で、いろいろな人種の方、さまざまな状況に置かれている方がプレイしたときにどう感じるか。その視点は忘れないで持っていよう、というお話はしました。

 あとは、何十年と経過しても名作だと言われるものになってほしい願望はありますので、思ったことや気づいたことを、勇吾さんに対して信号を送るようにお話しました。そのなかで、勇吾さんは納得されたものをゲームに入れ込んでいった形です。

中村氏: 石毛さんから言われた印象的な言葉があって「水口さんのプレイの感想はすごく信頼できる」、「普通のユーザーの、普通の感想を代表している」と。一般の人はこう思うという感覚を持っていて、水口さんのプレイを見ていると、普通の人がどうプレイするのがわかるので、重要視しているとお話されていたんです。世の中の漠然とした集団があったとして、こう受け止められて、こう面白がられるというイメージを具体的に持っている方だと。

 私自身は、「こんなこと見たことないだろう」と、尖った表現を考えて、それがエスカレートしていくタイプなんです。水口さんは、そこで「いやいや、そういうのではないから」と指摘して、お互いにせめぎ合いがあるような感じでした。

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