水ingの現場を強くするコラボ型DX--アイデミー石川の「DXの勘所」

 AIを中心とするDX人材育成のためのデジタル推進を加速するため、全社の組織変革を目指すオンラインコース「Aidemy Business」や、DX知識をゼロから学ぶプログラミングスクール「Aidemy Premium」などを提供する、アイデミーの代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏が、さまざまな業界のDX実践例を連載形式で紹介する。目標はデジタル活用のキーポイント、言わば「DXの勘所」を明らかにすることだ。

 これまでにダイキン工業京セラ損保ジャパンを取材してきたが、続く今回は水ingの変革に迫る。

 水ingは、暮らしや産業に欠かせない水を支えるさまざまな事業領域で最適なソリューションを提供する「総合水事業会社」である。クラウドサービスを活用したグループ業務効率化のDXプロジェクトの推進やデジタルイノベーション開発部を立ち上げ、人工知能を活用し、環境インフラ(浄水、下水処理など)のプロセス最適化や脱水設備の運転管理支援システムの開発などを進めている。

 同社で執行役員 企画開発本部長を務める植村健氏にインタビューし、水ingで進むDXの勘所を聞いた。

キャプション

全国300箇所、3000人の社員がコミュニケーション

石川氏:まず、経営戦略におけるDXの位置づけ、そしてどういう課題の解決を目指されようとしているのかを伺わせてください。

植村氏:「守りのDX」と「攻めのDX」に分かれると考えています。

 「守り」はクラウドを活用したデジタルによる利便性向上。目立つところとしては、弊社は全国300箇所、3000人の社員で浄水場、下水処理場や、民間企業に関わる水処理施設などの環境インフラの運用にあたっていますが、それだけ社員が300箇所に分散している状況です。その社員間のコミュニケーションにDXが威力を発揮します。

 北は北海道、南は沖縄まで拠点が分かれますから、所員同士はこれまで年に一度も会わず、所長同士が研修などで年に数回会う程度。それが「Microsoft 365」を導入後、社員たちは「Microsoft Teams」を通じて自発的にコミュニケーションを取り始め、パフォーマンスもノウハウの共有も一気に進みました。 「北海道の技術(作業標準)を沖縄で活用する」 といったように、独自に伝承されてきた作業技術の “良いとこどり” ができるようになりました。

 従来は紙資料であった「作業標準書」を動画で作るようになったり、拠点間や社員間の伝達も速くなったりと、しっかり効果が出ているようです。

石川氏:300箇所みなさんがノウハウを積極的に共有されるカルチャーは、どのように育まれたと思いますか? 何かしらの仕組み化もあるのでしょうか。

植村氏:理由の1つとして、私達は現場の技術者を「フィールドエンジニア」と尊敬の念を持って呼んでいますが、全フィールドエンジニア3000人と言っても目の前の職場にいる仲間は平均10人前後なので、寂しかったのでしょう(笑)。もともと現場毎に彼らがノウハウを蓄積したり共有したりする企業文化はありました。そこにTeamsなどで他の現場と「会話」がしやすくなり「情報+生の声」という価値が加わった事が後押しになったと思います。

石川氏:ありがとうございます。「攻めのDX」はどうでしょうか?

植村氏:メインのお客様として地方自治体が挙げられます。地方自治体の持つ浄水場や下水処理場には「中央制御室」があり、プラントの情報の心臓部です。ここに集約される運転データ、メンテナンス履歴データ、日常点検での異常発生データを集約、分析することにより、作業標準の見直し、将来の故障予知判断をすることが可能となるなど非常に重要です。

 水ingは、総合水事業会社として、プラントを自動車に例えるなら、タイヤやボディからギアボックス、エンジンまでを一気通貫で製造、かつ運転し、点検整備、補修を担うのが特色です。現場機器の製作、製造データ及び運転データを含めた全てのデータを集約し分析することにより、オペレーション性とメンテナンス性の高い機器の提供、完成度の高い作業標準による質の高い運転、高い精度での故障予知判断など、安全、安心を確実に提供するイノベーションが可能です。

 さらにお客様のご理解をいただきつつ、全国300箇所のデータを集計、比較分析することで、より効率的な運営が可能になり、ドローンやウェアラブルデバイスなどを組み合わせながら水ing流のDXを実現します。従来フィールドエンジニア20人で行っていた作業は5人で行える世界に突入すると思います。

石川氏:なるほど。労働人口の減少も相まって肝心なポイントになりますね。運転データの活用として、他に顧客から期待されている部分はありますか?

植村氏:予測診断です。たとえば、水処理施設では最も壊れやすい回転体機器に振動センサーを付けてデータを集め異常を発見しやすくしたり、画像処理を用いてフライトコンベアの摩耗具合を診断したりといったことが可能になっていきます。社内ではデジタルの部隊と機器設計の部隊がコラボしながら進めているところです。

アイデミー 代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏
アイデミー 代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏

ドメイン知識とデジタル知識を織り交ぜる

石川氏:デジタルイノベーション開発部が設立されたと聞きましたが、設立の経緯や現在の役割について教えてください。

植村氏:前身として、2011年に維持管理現場の業務デジタル化を推進する目的で、専任の開発部隊を立ち上げました。2013年には拠点(維持管理事務所)を中心として業務データのデジタル化や、ベテランの技術を動画で共有するといったシステムの運用を開始。2017年には「情報価値創造部」といってITやAIの技術を用いて、事業から生成されるデータを別事業に発展させる試みを続けてきました。

 そして2021年に、情報価値創造部を含めた複数部署を統合し、よりデジタル活用のシナジー効果を発揮しやすいようにデジタルイノベーション開発部を発足させました。メンバーは社内公募による異動とキャリア採用を行っています。

石川氏:異動後にデジタル人材として育成していったということでしょうか。

植村氏:そうですね。実効性のあるDXを短期間で提供できる体制をつくる為、もともとドメイン知識を持っている社員がデジタルを学ぶことと、デジタルへの知見があるキャリア採用者に水ingとしてのドメイン知識を覚えてもらう、という双方向を織り交ぜています。

石川氏:アイデミーとしても人材育成や組織について興味がありますから、ぜひ詳しく伺わせてください。社内公募によるデジタル人材の育成には将来的な狙いがあるのでしょうか?

植村氏:内製化への期待があります。3000人が働く現場にデジタルな観点からのアイデアを入れていくようにしたかったのです。実はメンバー募集をする前、ちょうどIoTが流行り始めた頃に、そのあり方を模索する時期が3年ほどありました。

 われわれが営む水事業インフラにデジタルの知見が加われば、外部の企業とも新しいパートナーシップが組めるのではないか、というイメージもありました。今後も100%の内製というよりも、AIなどコアな部分は自社で担い、フロントエンドはベンダーへ依頼するといった協調型の発展も目指しています。

これからの10年間で会社を変革するべき理由

石川氏:2019年からは「SDX(Swing DX)プロジェクト」が始まったと聞きました。コミュニケーション改革を柱とするグループ業務効率化のDXプロジェクトだそうですね。

植村氏:前提となる目標は生産性の向上でした。作業時間を減らし、その時間を価値ある行動へ移せるように、コミュニケーション改革に着手したという流れです。クラウド環境を活用して、タスクのマネジメントツールやワークフローシステムも刷新し、テレワーク対応や残業時間の減少など成果も出ています。

 ただ、こういったDXには終わりはありません。部門間で利用度合いにムラがありますから、文化として浸透させるにはまだまだです。他の部門での成功例を自部署でアレンジして使うといったマインドの醸成も含めて、デジタルの活用を日常的な行動にできるようなところまで持っていくのが、課題であり展望でもあると考えています。

石川氏:その観点でもデジタル人材の育成は欠かせませんね。これからチャレンジされたいことなど、ぜひ教えてください。

植村氏:3000人のフィールドエンジニアが開発のヒントを現場から拾うと、必然的に事業のチャンスが広がると思っています。現在でも機械的あるいは物理的な改造や開発は相当に進んできているのですが、運転方法の改善だけでなく、周辺業務への進出などの事業拡大の機会も増えると期待します。そこではITやAIが大いに用いられる領域ですから、現場にいるフィールドエンジニアが知識を得て、実装できればより迅速かつ実践的です。それが、先ほど申し上げた「内製化」の真骨頂ともいえます。

 最初は本社の技術系人材の育成を考えていましたが、順を追って3000人のフィールドエンジニアにも広げていき現場主導のDXができれば、成果が出るスピードも非常に速くなるでしょう。いわゆる 「イノベーター理論」 は社内でも同様で、3000人のうちの数%が目覚めるだけでも、とても心強いものとなります。平たく言えば、 「機械代替できる行為は徹底的に機械にやらせようという」 という開発が推進されれば、全社に良い相乗効果が期待されます。

 小学校でプログラム教育が必修化されましたから、あと10年ほどすれば、今学習している子どもたちが世間に出てきます。それまでの10年間が、水ingのIT系社内教育の勝負所だと思っています。

 かつては自分のノウハウを門外不出にして、先行者利益を上げるビジネスが多かったと思いますが、今は逆にオープンな世界のほうが自社の成長する速度も増すことがわかってきました。データやノウハウを門外不出にしようが、5年も経てば似ているものが出回り、陳腐化するものです。オープンにして、開発スピードを速めることが企業側の勝負所になっていくでしょう。

 今まで以上にフィールドエンジニアからデジタル知識のある人材を発掘したいですし、それに触発された人材も多数出てくることを期待します。

石川氏:現場で拾ってくるヒントというのは、今後の成長材料になり得ると。

植村氏:水ingが社会貢献度大だと思えるのは 「300箇所、3000人」 というフィールドエンジニアの規模感です。業界的には “トップクラス” ですから、当社(グループ)のフィールドエンジニアが率先してITやAIを扱えるようになると、業界全体のフィールドエンジニアの底上げ(社会的地位の向上)にも繋がるのではないでしょうか。

 デジタルで業務そのものを見直し、お客様にその価値を享受していただく。そういった共通理解を全社員が持ち、基本動作として定着させることが今後の目標ですね。

水ing 執行役員 企画開発本部長 植村健氏
水ing 執行役員 企画開発本部長 植村健氏

フィールドエンジニア系と執務系の「双方向開発」を

石川氏:この連載では各社共通で質問していることですが、「水ingにとってのDX」とは、どういったものでしょうか?

植村氏:ITが身近になり、これまでのように 「単に製品を買って使って頂く」 だけでは社会貢献度大とはなりません。フィールドエンジニアがヒントを拾い、アイデアを自ら試したり実装できたりすることで、これまでになかった可能性が出てきます。

 フィールドエンジニアの分野も含めDXされることで、フィールドエンジニア系と営業や技術開発、管理部門の執務系スタッフとの双方向の情報交換や開発のヒントの共有を進めます。そのことにより、社会に対してより良い価値提供ができると思っています。

 そして、これは水ingという一企業に限った話ではなく、業界全体として、フィールドエンジニアを 「憧れの職業」 にしていきたい。彼ら彼女らは環境インフラに携わるエッセンシャルワーカーであり、人々の生活を基礎から支える存在です。そのためには、フィールドエンジニア全員の価値向上は欠かせません。DXはまさにその一環だと捉えています。

植村 健(うえむら たけし)
水ing株式会社 執行役員 企画開発本部長
京都大学 工学部 衛生工学科卒。1980年荏原インフィルコ入社。2011年荏原環境プラント株式会社 執行役員 営業本部長。2018年水ing株式会社 執行役員 アセットマネジメント本部長。2020年から現在、企画開発本部長として経営企画・事業戦略・開発・DX系の業務に従事。

石川 聡彦(いしかわ あきひこ)

株式会社アイデミー
代表取締役執行役員 社長CEO

東京大学工学部卒。同大学院中退。在学中の専門は環境工学で、水処理分野での機械学習の応用研究に従事した経験を活かし、DX/GX人材へのリスキリングサービス「Aidemy」やシステムの内製化支援サービス「Modeloy」を開発・提供している。著書に『人工知能プログラミングのための数学がわかる本』(KADOKAWA/2018年)、『投資対効果を最大化する AI導入7つのルール』(KADOKAWA/2020年)など。世界を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2019」「Forbes 30 Under 30 Asia 2021」選出。

CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)

-PR-企画特集

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]