暗黒時代もあった--コンカーはいかにして「働きがいのある会社」になれたのか

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コンカーの暗黒時代--「働きがいのある会社」常連の過去

 2012年10月、筆者は製品翻訳担当として、経費精算サービス「Concur Expense」などを提供するコンカーに入社しました。今でこそ「働きがいのある会社」ランキングで選出されるような企業となりましたが、16番目の従業員として転職してきた筆者にとって、新しく入社した会社の雰囲気はよくも悪くも「普通」。

 少し前に入社した同僚たちは感じ良く、居心地は悪くない。時折、創業期からいる古株(と言ってもほとんどが入社1年以内)のメンバーが会議室から険悪なムードを持ち帰ってくる気配は感じましたが、何があったのかはよく分かりません。ただ、そんなことは珍しくないのが職場というもの、そう思いながら毎日黙々と翻訳業務をしていました。

 ところが実はこの頃、会社としてはひどい有様だったということを後に社長の著書「最高の働きがいの創り方」で知ることになります。それによると、情報は共有されず、見えない。従業員間には疑心暗鬼が広がり、戦略も一致しない――。新参者には把握できなかったものの当時はそんな暗黒時代にあったようです。振り返ると、たしかに共有はほとんどなかったように思います。

 そんななか、コンカーは立て直しの第一歩として、事業立ち上げの旅を一緒にできない従業員との別れを決断しました。適切な人が自分で考え自発的に動き出す、マイクロマネジメントの要らない組織――。そんな組織を目指し、一体となって進む土壌ができたのです。

文化の原点--第1回オフサイト合宿

 2013年が明けた1月29日、コンカー初の合宿となる「第1回オフサイト合宿」を開催しました。目的は「5年後の会社のあるべき姿を見据え、いまある課題を抽出し、議論しましょう」です。

 「5年後の会社のあるべき姿」とは、「全世界のコンカーの中で米国に次ぐナンバー2の事業規模になる」。そして「国内IT企業で最も働きがいのある企業になる」――。この時の従業員数は20人弱。大それた夢のように思えましたが、実現する策を本気で考えるなら、全員が経営者と同じ目線に立たなければなりません。翻訳だけが自分の業務範囲ではない、自分も経営に参加しているんだ…と心が震えたのを覚えています。

 この合宿で出たアイデアから「文化部」というタスクフォースが結成されました。この時から、「企業文化は従業員である自分たちが育てるもの」という意識が芽生えたような気がします。合宿を通して、会社の戦略の一つである「文化」が自分ごとになったのです。

文化を施策に--コンカーの「高め合う文化」

 コンカーは企業カルチャーとして「高め合う文化」を掲げています。これは、働きがいの醸成には「成長を実感すること」が重要だと考えているためです。

 他部門への愚痴や批判は、組織と個人の成長につながりません。建設的なフィードバックで改善につなげ、感謝し合う文化を目指しています。

 高め合う文化の三本柱は「フィードバックし合う」「教え合う」「感謝し合う」。これらの文化を、従業員の心がけに頼るのではなく、会社の施策にするのがコンカー流です。

 受け止める準備ができていない、やり方や度合いが人によって違う、日々の業務に追われて疎かになる――。これでは文化が形骸化してしまいます。高め合う文化をどうやって施策にしたか。その一部をご紹介します。

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