大企業においてイノベーション人材の育成を考える際には、大企業特有の企業風土の問題を考慮する必要があると須永氏はいう。既存事業とイノベーション創出のプロセスを比較すると、文化の違いが浮き彫りになる。例えば事業判断については、既存事業が高打率であることを課されるのに対し、イノベーションでは多産多死を覚悟する必要がある。カルチャー面においても、目標管理していくのに対して、動きながら考える形。人間関係や意思決定プロセスも、コミュニケーションの質が上下ではなくフラットでアサーティブ(自分の気持ちをまっすぐに表現する)と、全く異なる。そして、一番重要なポイントは、既存事業がロジカルに説明できるのに対して、イノベーションは先行きについての説得力が弱く、コンセンサスが作りにくいことにある。
そこで導き出した方向性が、「インキュベーション重視」。つまり、「実際にやることによって説得力を持たせる」(須永氏)というアプローチである。
その具体的な方策の1点目は、「出島」。本社から距離を置き、検討や協議のプロセスを切り離す。2点目は「プロトタイピング」で、なるべく小さく・早くやる。脱プロダクトアウト型を志し、小さくてもいいから作って顧客の反応をみる。3点目は、「エキスパート人材(外部)とのコラボ」。社員だけでできることは限られるので、人的ネットワークを広げ、共感して一緒に取り組んでもらえる仲間を増やす。
コンセプトは、本社でできないことをやろうということ。忖度しないカルチャーを実現し、関係性もフラット。外部の人と机を並べて協業しつつ、プロトタイピングも出島の中で行う。利用にあたっては、各部門に自発的に使ってもらう形で強制はしない」(須永氏)。
その際に、既存部門からも応援してもらえるように、本社向けに情報発信を工夫していく。結果だけにはこだわらず、「既存事業では得られないものを得ていく。得た知見の中から、こういう会社と一緒にやってみたらどうかと本社の事業部門に積極的に働きかけることも大事」(須永氏)としている。
最も苦労しているのが、社内審査通過後の事業化に向けた取り組みである。具体的な課題としては、「事業計画としての精度向上」と「ハードルの設定」を掲げる。「何を満たしたら経営会議を通るのか、事務局も含めて支援していかなければならない。社内VCを目指さないといけないが、私自身経験不足」と須永氏も頭を抱える部分である。
そこで開始したのが、外部のリソースを取り込んで進める「鍛錬塾」という研修。自分たちのナレッジと、外部が持っている起業やテクノロジーなどのナレッジを掛け算する取り組みだ。集中講座で事業開発メソッドのハウツーを理解させるほか、グーグル式問題解決法である「スプリント」を採用して1週間単位で活動を回し、長期的な目標と週次、月次の活動がなかなか結びつかないという問題を、うまくつなげるように取り組んでいる。
ハードルの設定については、ROIなどの定量指標を設定しにくい中で、どのように数字や指標を作り判断していくかがポイントとなる。
そのため、事業計画を作る前にプロトタイプをどんどん作り、プロダクトがマーケットにどれだけフィットしているのか指標を見つけ、ある程度確証ができたらそれなりのスケールでPoCを回していくというプロセスを考えている。「PoCを一定のスケールでやるには時間がかかるので、その手前のところも含めて勘所を作り、それを根拠に事業計画の説得力を高めていきたい」と須永氏は解説する。
もう1つ、事業としての競争力の評価に、「革新性」「優位性」「拡張性(収益面)」という3つの軸を用いる。これを共通項目として説明することで、事業計画の骨格にすることができるとする。
また、社内の経営会議を通すためには、伝える力も重要になる。イノベーションに取り組むと、頭が「イノベーション脳」に寄って来るが、社内に伝えるためには、イノベーションの文脈を社内用語や社内ロジックに変換して説明する必要がある。「そこを変換しないと、同じ話をしていても事業計画としての承認が取れない」(須永氏)羽目に陥る。
講演の締めくくりに須永氏は、オープンなスタンスでのイノベーションへの挑戦を促した。いわば、会社の枠を超えたイノベーション活動のソーシャル化である。
「今、テクノロジーの進化が早い中で、不動産業でさえもマーケットの構造変化がどんどん進んでいる。イノベーションに取り組んでいる会社間で交流、情報交換しながら、イントレプレナーをどうやって作っていくか、全体で盛り上がっていければいい」(須永氏)。
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