パナソニックのフェローに就任、松岡氏の次なるミッションは「人々の暮らしを良くすること」

いい製品を作るためのサイロ化が極端なところにまで行っている

 10月にパナソニック入りした松岡陽子氏が、都内で会見を行い、「暮らしを良くすることが私のミッションだと思っている。それを実現することができる会社は世界中を見ても少ない。そのうちの1社がパナソニックである」などと語った。

パナソニック フェロー兼Panasonic β CEOの松岡陽子氏
パナソニック フェロー兼Panasonic β CEOの松岡陽子氏

 松岡氏は、2009年にGoogle Xの3人の創立メンバーの1人として参画。Googleを退社後、ガレージベンチャーのNestに入ったが、同社は2014年にGoogleが買収。松岡氏は、2015年にQuanttusのCEOに就任後、2016年にはAppleに入社して、ヘルスケア製品開発に従事した。2017年には、Google/Nestに戻り、2019年まで、GoogleのバイスプレジデントおよびGoogle NestのCTOを務めていた。

 10月17日付けで、パナソニックにフェローとして入社。同時にPanasonic βのCEOにも就任した。

 1971年生まれの松岡氏は、カリフォルニア大学バークレー校(UC Berkeley)科学学士号を、マサチューセッツ工科大学(MIT)では電気工学とコンピュータサイエンスの博士号をそれぞれ取得。1998~2000年まではハーバード大学工学・応用科学部で博士研究員、2001~2006年まではカーネギー・メロン大学教授、2006~2011年まではワシントン大学教授を務め、ロボットによる人体および脳のリヒバリ機器の開発などに携わった。ヒューレット・パッカードのボードメンバーでもある。

 松岡氏は、「中学校までは日本にいたが、その後、テニスプレーヤーになるために米国に渡った。使っていないと言語は忘れてしまう。日本語は下手で、中学生レベル」と切り出しながらも、会見はすべて流暢な日本語で行った。

 会見では、パナソニック入りの理由について次のように語る。

 「それぞれの人々の生活を理解し、生活を良くできるものを作りたいと考えて、パナソニックに入った。暮らしを良くすることが私のミッションだと思っている。パナソニックは、家の中だけでなく、壁の中や家の外にまで製品を提供している。米国に住んでからは、パナソニック製品に触れる機会が少なかったが、販売されている製品の説明を聞くと、ひとつひとつに感激する。これだけきれいに洗える洗濯機はなく、食洗機もお米がこびりついていてもとれる。生ゴミ処理機も10年以上前からやっている。モノづくりは、ユーザー視点が大切であり、パナソニックは、そこから始まっている会社である」とパナソニックについて話した。

 続けて「創業者の松下幸之助は、自分の奥さんを家の家事から解放するために、家電を作った。その姿勢を感じさせるものを、これからも作る必要がある。そして、これらのひとつひとつの製品を良くするだけでなく、ヨコパナ(事業をまたいで横につながるパナソニック)によって、生活を良くしたい。たとえば、冷蔵庫の性能を良くするだけでなく、冷蔵庫のドアが、いつ、何回開いたのかといったデータによって、その人の生活がわかる。ほかの機器のデータを組み合わせれば、その人が家から出なくなっていることや、高齢者の場合は食べることを忘れているのではないかといったこともわかるだろう。これを、健康維持に生かしたり、介護に生かすこともできるはずだ」などとした。

 一方で、「こんなに深いものを作っているのに、それが伝わっていない。電子レンジも300種類のレシピが用意されて上手に調理ができるのに、ユーザーファーストの考え方がないため、300個のうち1個しか利用してもらえない。使い方がわかりにくい。使えないならばその機能は入れなくてもいい」などと厳しく指摘した。

 さらに、自らが取り組むPanasonic βについては、「長い目で見てもらいたい」とし、「カルチャーを変え、プロダクトを変え、既存のビジネスをしていた人たちと一緒にやり、シリコンバレーの血も入れるとなると時間がかかる。今後2年以内には、必ずプロダクトが出ることになるが、それだけでジャッジしてほしくはない。Nestも家の温度を変えるための会社ではなく、人の人生を変えるための会社であり、その入口がサーモスタットだった。5年後に振り返り、どれぐらいのインパクトがあったかを見てもらいたい」と述べた。

 パナソニック 代表取締役社長の津賀一宏氏については、「話をすると面白い人。息があって盛り上がる」とし、「人の生活を良くしたいという姿勢をもっており、パナソニックがその方向に向かわなくてはならないことに対して強い意思を持っている。Panasonic βの取り組みを応援してくれている」としたほか、「パナソニックにとっては、BtoCも、BtoBも、BtoBtoCも大事だという話を津賀社長としたところだ。ブランドをうまく使っていくことは大切である。パナソニックも、ヒューレット・パッカードも、100年の歴史を持つ会社は、共通に起こる問題がある。27万人の社員に意思を伝えることは大変である。また、いい製品を作るためにサイロ化してきたが、これが極端なところにまで行っている。バーチカルなサイロに寄りすぎているところがある」とも指摘した。

 また、「パナソニックに入社してからサプライズがない。それは、パナソニックにとって何が難しいことか、私自身がわかっているからだ。だが、Googleとも似ているところがある。ソフトウェアの会社もサイロになっている。それはパナソニックと同じ」とし、「しかし、これをやってほしいといっても、Googleの社員はやってくれないが、パナソニックの社員であればやってくれそうだ。それはパナソニックのいいところである」と語った。

きっかけは「自分と一緒にテニスができるロボットを作ろうと思った」

 一方で、松岡氏は、これまでの自らの生い立ちについても言及した。

 「東京で育ったが、テニスプレーヤーになりたくて、米国に留学した。だが、怪我が多くテニスプレーヤーにはなれないとわかったときに、自分と一緒にテニスができるロボットを作ろうと思った。カリフォルニア大学バークレー校でロボットを研究しているうちにそれが面白くなり、大学院やMITで、ヒューマノイドをはじめとしてさまざまなロボットを作った。そのときからAIを使っていたが、私が作りたいロボットを作るには、もっとAIの研究をしなくては駄目だと思った。そこで、人の脳を研究すれば、AIが理解できるだろうと思い、研究分野を大きく変え、脳やヘルスケアの研究にも取り組んだ。だが今も、テニスができるロボットは完成していない。ロボットや脳を研究するうちに気づいたのは、自分のためにテニスができるロボットを作るのではなく、人に役立つロボットを作りたいということだった。そこでハーバード大学やカーネギー・メロン大学で、身体障害がある人たちが、自分の脳で動かせるロボットを作った。この分野ではパイオニアとしての取り組みだった」とした。

 さらに、「2009年にGoogleから声がかかり、将来のGoogleを作るために、プロジェクトに参画してほしいと言われた。しかも、翌日に面接に来てほしいと言われた。時間を割いて行ったところ、ラリー・ペイジやセルゲイ・ブリンなどが並んでいた。私は、経営陣がどれだけ真剣にGoogleを変えようとしているのかを聞き、それに対して、私のスキルがどれぐらい合致しているのかを考えた。マシンが人を理解してくれる領域に入りたいということと、Google Xはムーンショットであると言われ、それに関心を持ち、家族でシリコンバレーに移住した。ここでは、Google Xという名前をつけるところから始まり、WaymoやGoogle Glassなどにも取り組んだ。しかし、いずれも研究に近いものが多く、折角、シリコンバレーにいるのならば、暮らしを良くすることができるモノづくりをしたいという気持ちが高まってきた」と振り返る。

 Nestについては「ある日、かつて生徒だった人物と再会し、新たなスタートアップを始めるという話を聞いた。それが、Nestであった。Nestは、世界で初めてIoTを実用化できることを知らしめた会社である。私がそれまでの経験で学んだのは、ロボットがすべての役割を代替すると、人とは協調できないという点。少しだけ手伝ってくれたり、人の気持ちを理解してくれるロボットがいい。そうでなくては、人がロボットを使うことが嫌になってしまう。ロボットと人が協力できないと効果がない」とした。

 さらに「Nestで、サーモスタットを開発したときに、エネルギーを節約することを目指し、最新のAIを採用することでどんどん節約ができるようにした。だが、使った人たちはそれが嫌で、むしろエネルギーを使うようになってしまった。それに気がついたのが、出荷開始2カ月前のこと。私は当時妊娠していたが、徹夜をして、プロダクトを完成させた。できあがったものは、人の気持がわかるものであり、エネルギーを節約したい人には節約を、快適に過ごしたい人には節約よりも快適性を提案できるものとした。それが爆発的な人気を博した。結果として、多くの人がエネルギーを節約することに成功した。モノづくりは、そうした気持ちを大切にしたい。今やGoogleは、Nestを家庭内のハードウェアのブランドとして広く利用している」などと述べた。

 4人の子供を持つ女性の立場からも発言。「子供が4人いて、夫がいて、全員のことをケアするだけでなく、私は一人っ子なので日本に住んでいる親のケアもしなくてはならない。仕事をしながら、趣味も楽しみたいし、健康にも気をつけたい。これをやれているのかというと、やれていない。だが、子供を生むのに最適なタイミングを待っていても、そんなのはやってこない。だから、子供を生みたいと思ったら、生んだ方がいい。子供が親を必要としているのならば、仕事をやめることが大切だが、それ以外で仕事をやめることはない。女性にとって、子育ては、どんな会社でもやりやすくはないのが実態である。パナソニックが、子供を持った女性にとって働きやすい会社なのかどうかはまだわからない。だが、それができていないのならばそこにも取り組みたい」と述べた。

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