ここで注意してもらいたいのが「営業秘密」についての誤解です。皆さんのスタートアップで生まれた、価値のある他社に知られていない情報を「機密情報」と呼びましょう。特許出願はコストがかかるので最小限にとどめ、できるだけ営業秘密として保護していると回答した中小企業が多いという調査結果が出ていますが(中小企業白書[2009年版])、機密情報を単に秘匿したからといってこれが営業秘密として(不正競争防止法によって)保護されるわけではありません。
込み入った内容になりますが、経済産業省発表の指針をあえて説明しますと、機密情報が法律上の営業秘密に該当するためには「秘密管理性」と呼ばれる要件を満たすことが求められます。
具体的には、機密情報を営業秘密として保護しようとする企業は、その情報に合法的に接することができる者(従業員・取引相手先など)に対して経済合理的な秘密管理措置を講じ、その者が当該企業の秘密管理意思を容易に認識できるようにする必要があります。秘密管理措置とは、(1)秘密管理の対象となる情報のその他の情報からの合理的区分と、(2)対象情報について営業秘密であることを明らかにする措置によって構成されるとしています。
ちょうど7月3日に営業秘密を規定する不正競争防止法の改正が国会で成立し、日本企業の競争力の源泉として営業秘密保護を強化するトレンドにあります。しかし、こうした措置を適切に講じるためには当然管理コストがかかります。営業秘密ならコストがかからないというのは大きな誤りです。秘匿に加えて管理コストをかけて初めて営業秘密になるのです。
さらに、スタートアップが自社の成長を加速しようとすれば、ピッチイベントでの情報開示、プレスリリース・記者会見などのPRによる情報開示を積極的にしていくことになりますし、個別に実施する資金調達のための投資家への開示、業務提携のための提携先への開示なども避けることができないでしょう。後者については機密保持契約(NDA)を締結できるときもありますが、力関係もあって、常に期待できるものではありません。また、一度一般に知られてしまったら営業秘密として保護されることはありません。
営業秘密としての保護は検討すべきアプローチの1つであることは間違いないものの、タダでも万能でもないことはぜひ記憶にとどめてもらいたいところです。
皆さんのスタートアップで生まれた価値のある、まだ他社に知られていない情報を、いつ・どこまで開示するか、企業の価値を高めるためにさまざまな場面で日々検討されていると思います。そうした情報管理の一環として営業秘密についても正しい付き合い方を覚えていただければと思います。
ご質問ありましたら Twitter(@kan_otani)で。
大谷 寛(おおたに かん)
弁理士
2003年 慶應義塾大学理工学部卒業。2005年 ハーバード大学大学院博士課程中退(応用物理学修士)。2014年 主要業界誌二誌 Managing IP 及び Intellectual Asset Management により、特許分野で各国を代表する専門家の一人に選ばれる。
専門は、電子デバイス・通信・ソフトウェア分野を中心とした特許紛争・国内外特許出願と、スタートアップ・中小企業のIP戦略実行支援。
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