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フォトレポート:宇宙開発の半世紀を振り返る - 3/16

文:CNET News.com Staff 翻訳校正:緒方亮、藤原聡美、吉武稔夫、大熊あつ子、小林理子、福岡洋一、長谷睦、高森郁哉2007年10月12日 18時10分
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 1961年4月12日、ソ連の宇宙飛行士Yuri Gagarin氏が人類史上初めて、宇宙に突入し無事に帰還した。Gagarin氏はこのとき、大陸間弾道弾(ICBM)から転用されたボストーク1号(画像)に搭乗した。地球を飛び立ったときは大尉だったGagarin氏だったが、宇宙滞在中に昇進を果たし少佐として帰還した。じつは、Gagarin氏の帰還にはぞっとする出来事があった。大気圏への再突入の際、計画された段階になってもGagarin氏のカプセルはボストーク1号の装置モジュールから離れられなかった。それから約10分間、両者をつなぐワイヤが焼け落ちるまでそのままの状態が続いた。このミッションを計画したとき、ソ連の科学者たちはGagarin氏が乗ったカプセルが安全に着地できる速度にまで減速できない可能性を心配し、Gagarin氏がカプセルから脱出して、パラシュートで着陸するようにした。

 1961年4月12日、ソ連の宇宙飛行士Yuri Gagarin氏が人類史上初めて、宇宙に突入し無事に帰還した。Gagarin氏はこのとき、大陸間弾道弾(ICBM)から転用されたボストーク1号(画像)に搭乗した。地球を飛び立ったときは大尉だったGagarin氏だったが、宇宙滞在中に昇進を果たし少佐として帰還した。じつは、Gagarin氏の帰還にはぞっとする出来事があった。大気圏への再突入の際、計画された段階になってもGagarin氏のカプセルはボストーク1号の装置モジュールから離れられなかった。それから約10分間、両者をつなぐワイヤが焼け落ちるまでそのままの状態が続いた。このミッションを計画したとき、ソ連の科学者たちはGagarin氏が乗ったカプセルが安全に着地できる速度にまで減速できない可能性を心配し、Gagarin氏がカプセルから脱出して、パラシュートで着陸するようにした。

提供:NASA

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