北城恪太郎氏--「オープン志向の挑戦が企業を強くする」 - (page 3)

インタビュー:末松千尋(京都大学経済学部助教授)
構成/文:野田幾子、写真:吉成行夫
編集:山岸広太郎(CNET Japan編集部)
2004年02月19日 10時00分
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オープンな社会に求められる、スピードとフレキシビリティ

末松: 変革以前のIBMが抱えていた問題は、現在の日本が抱えているものと同じ点が多々見受けられるように思うのですが、その点についてはいかがでしょうか。

北城: そうかもしれません。IBMもかつては官僚主義であり、トップの意志決定機関までの階層が多すぎました。それに、提案がトップに上がる前の段階では提案そのものに問題がないかを何度も議論するのですが、それをあまりに重ねすぎるとどのセクションでも問題がないよう角が取れた形になってしまうので、結局は凡庸な意見に落ち着いてしまうこともありました。それに、トップで「問題ない、進めよう」という結論に達した頃には、既に時代遅れになっていることもありがちだったのです。

 こういったやり方は、皆が理解する心地よい仕組みの中でだけ動く、変化が緩慢で大きな技術革新がでない段階では適していただろうと思います。しかしインターネットの普及により世界中でディスカッションできる世の中においては変化のスピードも加速していますから、この仕組みはもう通用しませんよね。

 リスクがあっても意思決定をし、問題があれば軌道修正ができる。そういったスピードとフレキシビリティを持つ人材を育成していく必要がありますね。一方、スピードを速めるために経由する権限を減らせばリスクも大きくなりますから、それをどう押さえるかというマネジメントシステムを持つ、そしてマネジメント能力を養うことが大切です。そうでなければただの放任主義になってしまい、放任は失敗という結果を招きます。

 大きな組織は情報伝達の距離が長くなることでスピードが遅くなるし、新しいことにも挑戦しにくくなります。逆に言えば小さい会社はスピードの速い経営ができない限りは大きい会社に勝てない、それを肝に銘じておいた方がいいでしょう。

末松: 官僚主義は、どうしても変化を嫌う人たちが物事を固定してしまい、クローズな方向へとムラ社会を作ってしまいがちですからね。IBMは逆にオープンな方にフォーカスして、自分たちも一緒に向上していけばいいという考えへと転換した。

北城: 我々は変化を嫌うほどでもないというか、逆に変化を受け入れる組織だと思いますよ。また、オープンであることを競争力にできるだけの社内マネジメントシステムがしっかりしていると思っていますし、社内の人事対策──つまり人材の育成や評価の仕組みに十分な競争力を持っているという自負がありますから、よりオープンにしていけます。

 私はOSだけをオープンにするのではなく、企業の経営層こそもっとオープンにしていかなければならないと考えているんですよね。外部の人たちが経営陣に対していろんな意見を言える環境を作り、外部の価値観を取り入れた企業経営をした方がいい。自分たちの価値観だけで進めた方が早いし楽ですが、自分たちだけの知識や経験に集約されたことしかできないし、誤った判断をした際にはそれを指摘してくれる人がいません。こういったオープンさは大企業、ベンチャーを問わず必要なのではないでしょうか。

末松: 1990年代、IBMが飛躍するためにルイ・ガースナー氏は「オープンであること」を選択した。企業にしろ何にしろ、オープンであるためには向上心と自己成長が必要で、またその逆も真である。お話を伺って、自己向上意識の高い企業こそが、今後のオープンな競争に勝ち残っていけるという考えを新たにしました。オープンの急先鋒である日本IBMが、日本企業ひいては日本社会をどう牽引していくのか、今後の動向が楽しみです。どうもありがとうございました。

インタビューを終えて

 オープンであるためには自己向上が求められ、自己向上という目的を実現する手段がオープンである。自己向上が目的でオープンな競争を取り入れるということであれば、よく誤解されるように、競争原理とは「弱肉強食」ではなく、自身との戦いということになる。共生や環境などの問題も、あるべき社会へ進化すべき過程における自己変革の対象である。何もマテリアリズムを極めることが競争の終着点ではない。

 我々著者が著作を記すときに、持っているアイデアや知識の何パーセントをオープンにして、何パーセントをクローズにするか、その比率をご存知だろうか。答えは100%オープンで、0%クローズである。100%オープンにしても、コミュニケーションの限界で、100%伝達できないということもあるが、100%オープンにすることにより得られるフィードバックや自身へのプレッシャーの方が、わずかをクローズにするよりも、はるかに有益だからである。

 社会や企業で最初に自己向上を発揮する人にはリスクが伴うが、しかし全員がそれを嫌って待ちの状態に陥れば、社会や企業は停滞し衰退する。だれも自己向上を発揮できないし、自己向上を持つ必要もなくなるだろう。

 一方、自己向上心のある企業は、市場を自己向上型に変えることにより、優位性を確保できる。同時に、環境を自己向上型に変えることにより、自らを自己向上型に変えるプレッシャーをかけるという手段もありえよう。どうもここら当たりに、起死回生の大変革を実現したIBMから学べる、日本の諸問題の根源と再生復活のヒントが隠されているようである。

 人の流動性が保証された社会では、自己向上心の低い企業から脱出することができるが、そうでない日本社会においては、企業の自己向上心のレベルは、トップのそれに規定される。珍しく自己向上心にあふれたお話を、企業のトップから伺うことができた。

2004年2月19日 末松千尋

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