人と共に暮らし、生活を支援するロボットの姿を模索
株式会社 日立製作所 機械研究所 都市・ロボティクスプロジェクト 中村 亮介さん(写真右) 網野 梓さん(写真左)
日立のロボット開発の歴史は古く、その歴史は1970年代にまでさかのぼる。これは産業用ロボットの黎明期のことだ。1985年のつくばのEXPO'85においてはメーカーで初の二足歩行を実現したロボットを出展するなど、この分野をリードしてきた。その後、医療・福祉分野における歩行訓練機や支援機、防災ロボットなどの実用分野に注力してきたが、近年では、人と活動空間を共にし、人の活動をサポートするサービス型ロボット、すなわち「人間共生ロボット」に向けた取り組みが進められている。
今回取材したEMIEW 2は、人間共生ロボットの実用化に向け、日立が持つ技術を注ぎ込んだ最先端のロボットだ。その開発プロジェクトをリードしたのが同社・機械研究所 都市・ロボティクスプロジェクトの中村亮介さん、網野梓さんたち20代が中心の若手メンバーである。なお、中村さんはソフトウェア系を、網野さんはハードウェア系をそれぞれ担当している。
- [イラスト]ロボットの歴史

軽量化と実用性の2点に力点。70kgから13kgへと劇的に軽量化
EMIEW2は、2005年の愛知万博に出展され、デモンストレーションが行われた「EMIEW」を発展、進化させたものだ。ちなみにEMIEWは「Excellent Mobility and Interactive Existence as Workmate」の略称。初代のEMIEWもサービス型ロボットとして開発され、身長130cm、約70kgと比較的コンパクトにまとめられていた。ただ、オフィス内でロボットが人と協調して作業するためには、人にぶつかったときの安全性や人が移動させることなどを考慮し、さらなる軽量化が必要になる。
「産業用ロボットからの流れで開発された従来の実用性を重視したロボットは、たとえサービス型をうたうものでも大きく、重く、圧迫感を与えるものが少なくありませんでした。しかし、ロボットが人と同じ環境で活動するとなれば、単に人の作業をサポートするだけでなく、人と同じようなペースで動く俊敏さ、そして安全性の確保が不可欠だと考え、軽量化と実用性の2点に力点を置いて開発を進めました」と中村さん。
今回のEMIEW 2のサイズは、身長80cm、13kgと劇的な小型・軽量化を実現している。
「一般的に普通の成人女性が無理なく持ち運べる重さというのが15kgとされていますが、それよりも軽い13kgに抑えました。また、万が一、EMIEW 2が人とぶつかってもけがをさせるといった危険は抑えられています。身長は80cmに設定しました。この80cmというのはオフィスの一般的な机の高さである65cm〜75cmから頭ひとつ分ほど出る高さという意味があります。これにより、例えば机の上のものを頭部カメラで認識して、何かを持ってきたり、逆に届けたりといった作業にも将来的に対応可能としました」と網野さんは解説する。
人にストレスを与えない快適な移動と安全を両立

ロボットが人と協調して行う作業、例えば案内などでは人と同じような速さ、加速度で移動しなければならない。ロボットの動く速さが人の歩く速さより遅すぎると人はストレスを感じてしまう。そこで、EMIEW 2は人の歩行速度より少し速い、最高時速6kmでの移動を可能とした。
初代EMIEWも時速6kmの移動速度を実現していたが、EMIEW 2では大幅に軽量化し、同等の機敏性を確保した上で、さらに安定した動作を実現するため、新たに2輪、4輪、2脚の3種類の移動モードを使い分ける『脚車輪型移動機構』を搭載した。具体的には、移動時は2輪によって最高時速6kmで動作し、停止したり段差を越えたりするときは2脚に、物を持っての移動など安定姿勢が求められる際には4輪に変形するというものだ。
その機構だが、ロボットの足部が車輪となっていて、車輪の脇に可動式のスタンドを備えている。このスタンドを下ろすと高さ3cmまでの段差に対応した歩行が可能だ。さすがに階段は難しいが、床の配線コード程度なら問題なくクリアできる。
2輪での移動開始時には少し前傾姿勢をとる。この前傾姿勢は、加速をスムーズにさせるためで、ジャイロセンサで傾きを検出しながらバランスをとっている。また、ひざ頭の部分に小さな車輪が備わっており、ひざをついた正座のような姿勢をとることで4輪走行が可能。物を運ぶときや停止時など、より安定させる必要があるケースに対応する。ちなみに、搭載するリチウムポリマー電池による稼働時間は約1時間。バッテリー切れ、電源OFFの際は4輪姿勢で安定させる仕組みだ。
「この仕組みは人型ロボットにおいて世界初のもので、参考となる前例がない中での開発でしたから、とても苦労しました。実は、私は初代のEMIEWが発表されたときは、まだ入社もしていなかったほどで、本当に手探りで開発を進めていきました」と網野さん。
自ら生成した地図で目的地へ到達する「地図生成/位置認識技術」

EMIEW 2には今まで日立が開発してきたロボット知能の多くが集約されている。先代EMIEWに搭載されていた、筑波大学との共同研究の成果である「障害物回避技術」に加えて、「地図生成/位置認識技術」が新たに搭載された。
この地図生成技術は、首の部分に搭載したレーザスキャンセンサを用いて、本体内部に再現精度50mmの地図を生成。歩く人の間を縫って移動できる障害物回避技術に、位置認識技術が加わることで、データを基に自分の位置を逐次確認しながら机や壁を避けて、目的地へ到達できる。これにより、EMIEW 2がオフィスの通路や机の配置を認識して適切な経路を見つけ、行きかう人の間を縫って訪問者を目的地に案内したり、将来的には飲み物や書類を届けたりすることができるようになるという。実際、取材時にデモンストレーション用として紹介されたムービーでは、訪問者を目的地に案内したり、机などの障害物を自分で考えて避けながら移動したりしていた。
また、高い精度を持つ音声認識能力によって、多少の騒音の中でも、声の主を聞きわけその方向を的確に判断することができる。そのために頭部には14チャンネルのマイクアレイを搭載している。
「EMIEW 2は小型・軽量を重視したため、EMIEWに比べ内部の処理機構を大きく変えています。EMIEWでは、音声認識、障害物回避などの機能をすべてロボット内部に搭載していました。ただ、それを行うと小型・軽量化に大きな制約を受けます。この問題を解消するために『リモートブレイン』という方式を採用しました。障害物回避のように高速レスポンスが要求されるモーター制御、安全性のための機能はこれまで通りEMIEW 2の内部でリアルタイムに処理しています。一方、位置情報や音声の認識など多少のタイムラグがあってもそれほど支障のない処理については、EMIEW 2が得た情報をネットワーク経由でパソコンに送り、処理結果をロボットに返すという仕組みになっています」と中村さんは開発の舞台裏を語る。
リモートブレインによる処理ではどうしても時間的に遅れが出る。例えば、時速6kmで移動しながらの障害物回避時に、もしネットワークでデータ遅延が100ミリ秒発生した場合では16cmも進んでしまい問題となる。そこで、リアルタイム処理が不可欠だったのだという。
今後については、「今回、EMIEW 2の開発では、ミドルウェアをまず開発し、その上に20ほどのコンポーネントプログラムを実装しています。これらはOMG(オブジェクト指向の標準化推進団体)の標準に準拠しているため、各機能を他のソリューションやサービスに活用することができます。このEMIEW 2をベースに、さらに人間共生ロボット技術を追求していきます」と中村さん。
- [イラスト]リモートブレイン

複数の研究所がかかわった共同プロジェクト。ロボット開発に求められる資質とは
EMIEW 2は、日立社内でのさまざまな先端技術を搭載する研究開発用のプラットフォームに位置付けられるロボットだ。実際、機械研究所をはじめ、基礎研究所、中央研究所、さらにデザイン本部も加わり、他の開発分野で生まれた技術を活用する共同プロジェクトとなっている。メンバーにはロボット分野の権威が集結しているかと思いきや、実は、前述のようにプロジェクトの中心は若手だというのだ。
では、そこに求められる資質とは何なのかをうかがった。
「実は、私の学生時代の専攻はロボットではなく金属疲労です。ですが、採用面接の際に趣味でつくったロボットを動かしてみたので、それでメンバーに選ばれたのかもしれません」と網野さん。ちなみに、中村さんの専攻も制御であり、ロボットと直接、関係するわけではない。
「もし、資質として求められるものがあるとしたら、人にこれだけは負けないという強い自信のある何かを持っていることですね。しっかりしたバックグラウンドがあれば、そこから積み上げていくことができますし、プロジェクトへの思い入れも強く、積極的になれると思います。それとフットワーク。このプロジェクトでは、脚車輪型移動機構のように前例がない中で手探りの開発も多かったため、プロジェクトのメンバーだけでなく、部品の選定、発注、調達などで外部の業者さんと折衝を重ねました。こうした交渉術を磨く機会を早いうちに経験できたことは、今後も大きな財産になると思います」と網野さんは語ってくれた。