電子書籍ビジネスの真相

電子書籍は「なぜ」消えるのか?--世間にはびこる俗説を斬る - (page 3)

林 智彦(朝日新聞社デジタル本部)2015年12月25日 08時30分

「消える電子書籍」の解決策は2つある、しかもそんなに難しくない

  • 「消える電子書籍」といっても、本当に「消えている」ケースは少ない
  • 「消える電子書籍」問題は(純粋な)法的問題ではない

 ということが、今までの説明で、おわかりいただけたと思います。

 とはいえ、そういう本質論とは別に、「消える」と思われてしまうだけでもイメージ的にはマイナス、という現実もあります。

 では、「消える電子書籍」問題は、どうしたら根本的に解決できるのでしょうか?

 これも、電子書籍についていくらかの知識をお持ちの「専門家」であれば、答えは容易です。

 1. DRMフリー等で配信する
 2. 業者間の「移行」システムを事前に用意しておく

 まず、1.について。一般メディアではほとんど言及されないのですが、前項で述べたように、DRMなしで電子書籍を提供しているサービスは、今でも存在します。このような事業者では、「消える電子書籍」問題は原理的に発生しません。

 たとえば、JTBパブリッシングの「たびのたね」、ディスカヴァー・トゥエンティワン技術評論社達人出版会明治図書オライリー・ジャパンシュプリンガー・ジャパンなどです。下記は、オライリー・ジャパンのサイトのDRMフリーの説明です。

オライリー・ジャパンのサイトより
オライリー・ジャパンのサイトより

 ちなみに、オライリー・ジャパンの購入規約を見ると、特に他の電子書籍と異なったところはなく、やはり「利用権」ベースの文言になっています。このことからも「利用権」「所有権」議論は意味がないことがわかります。

 海外では、ハリー・ポッターの作者が自身で立ち上げた「ポッターモア」、オライリーの本家シュプリンガーの本家トーアブックスなどが有名です。

 これらのストアで電子書籍を購入すると、EPUBファイルが、DRMなしでダウンロードできます。DRMがかかっていませんから、自分の好きなビューワーで読めるし、きちんと保存・管理しておけば、これらの出版社などが電子書籍を提供しなくなっても、もちろん、将来にわたって読むことが可能なのです。

 事前に保存しておかなくてもOK、というケースすらあります。ディスカヴァー・トゥエンティワンは、電子書籍ストアなどがサービスを停止した場合、購入した証明があれば、同社のサイトからDRMフリーのEPUBファイルをダウンロードを許可する、と発表して話題となりました。

 一口にDRMフリーといっても、いくつかバリエーションがあります。購入者の情報などがEPUBファイルにはなく、単純にDRMを外しただけのケース。もう一つは、何らかの形で、購入者の情報をファイルに埋め込んでおき、不正利用を調査しようとすればできるようにしてあるケース(これらは、「ソーシャルDRM」や「ソフトDRM」と呼ばれます)。後者を採用した、ポッターモアの例を図にまとめてみました。

ポッターモアのDRMフリー書籍
ポッターモアのDRMフリー書籍

 次に、「2. 移行システムを用意しておく」について説明しましょう。

 前項で、海外のReader Storeの例を紹介しました。所定の手続きをすると、Koboにサービスを移行(引き継ぎ)でき、購入した書籍が無駄にならない、という仕組みです。

 同じような仕組みを「サービス停止のために」慌てて作るのではなく、サービス中に作っておけないでしょうか? 「引き継ぎ」を事前に可能にしておけば、利用者も安心して使えるはずです。

 実はそのような仕組みは、すでにあります。KADOKAWAの子会社であるブックウォーカーの「本棚連携」です。

BOOK WALKERの「本棚連携」の仕組み
BOOK WALKERの「本棚連携」の仕組み

 本棚連携とは、「電撃文庫CLUB」「ブックパス」「ニコニコ静画(電子書籍)」「BookLive!」の4つの電子書籍サービスで購入した電子書籍を、BOOK WALKERの本棚にも登録できる機能です。

 たとえば、「電撃文庫CLUB」で購入した書籍を、この機能を使ってBOOK WALKERの本棚にも登録しておけば、たとえ「電撃文庫CLUB」がサービスを停止しても(あるいは退会しても)、「電撃文庫CLUB」で購入した書籍をBOOK WALKERで読み続けられる、というものです(説明)。

 対象は現時点ではKADOKAWAの書籍に限られていますが、この本棚連携は、事業者撤退時の「保険」として使えます。

 ここで疑問に感じませんか? KADOKAWAという一企業にこれが可能ならば、この仕組みを業界全体に広げてしまえば、「消える電子書籍」という問題自体を消滅させられるのではないか?

 たとえば、電子出版のナショナル・プラットフォームを目指して立ち上げられた「出版デジタル機構」のような組織が、書店を横断して蔵書情報や購読者情報を保存しておき、書店がサービス停止したとき、あるいはユーザーの希望があったときには、蔵書情報と購読者情報を組み合わせたユニークIDを発行、ユーザーが他の事業者に本を移動できるようにする……。

 携帯電話の世界では、2006年から「番号ポータビリティ(MNP)」制度が導入されました。上記のような仕組みが、もし日本の電子書籍で実現すれば、いわば「電子書籍版MNP」とでも呼べる存在になるでしょう。

電子書籍版MNP (Icons:Freepik, Yannick, Sergiu Bagrin from freepik. CC-BY 3.0)
電子書籍版MNP (Icons:Freepik, Yannick, Sergiu Bagrin from freepik. CC-BY 3.0)

 もしこれが実現すれば、単なる「閉店(撤退)対策」という後ろ向きなものにとどまらないインパクトをもたらすかもしれません。

 MNP導入以前の携帯電話業界では、新規参入事業者に乗り換えようと思っても、それまで使っていた携帯電話番号を捨てる必要があっため、事業者間の競争が、なかなか進みませんでした。事業者によるユーザーの囲い込み、経済学の言葉でいうと「ロックイン」が発生していたため、よほどのメリットがないと、ユーザーは乗り換えをしなかったのです。

 MNP導入の結果、事業者間の競争が促進され、携帯電話の利用(通話・通信)料は下がり、サービスも向上しました。

 電子書籍にもMNP(電子コンテンツを移動するので、ECP:Electronic Content Portabilityとか、EBP: E-book Portabilityとでも呼ぶべきでしょうか?)的なものが導入されれば、ユーザーは安心して電子書籍を買えますし、サービス、価格の両面で健全な競争が促進されます。

 これは出版社にとってもメリットになります。第一に、読者からのクレーム(「買った本が読めなくなった!」)の可能性が少なくなります。第二に、電子書店間の差別化要素になります。

 たとえば、アマゾンやグーグルなど、外資系の電子書店がこうした枠組みに加わらず、日本の電子書店だけが加わる形になった場合、サービス停止で「消える」可能性のある外資系の電子書籍と、サービス停止でも「消えない」日本の電子書籍が併売されることになります。

 「消えない」というだけで、国内事業者が極端に有利になるとは必ずしも言えませんが、「品揃え」と「認知度」だけが競争材料になっている日本の電子書籍の現状を変える起爆剤となることは間違いありません。

 他方、課題やデメリットもないではありません。「消えない」保証付き電子書籍と、「消える」電子書籍との価格差を、どうつけるべきか。事業者間の移動が自由になることによって、自社サイトを含めた全体の売り上げが減ってしまいはしないか……。

 とはいえ、もし実現すれば海外でも例のない試みになり、電子書籍ビジネスの可能性を一気に広げることになります。

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