インド発のEVバイク開発会社「Ather Energy」--深刻な大気汚染問題に立ち向かう

 インドの大気汚染問題が日本でも話題となっている。WHOのレポートによると首都ニューデリーの大気汚染は世界ワースト1だ。PM2.5の数値はインド政府が定めた許容値の15倍、世界保健機関(WHO)が安全とする推奨値の実に70倍に値する。特に老人や子どもは重度の呼吸器疾患を引き起こす可能性が高いとして、外出を控えるよう呼びかけられている。

 大気汚染の原因は、ディーゼルエンジンや石炭火力発電所、産業排出物、野焼きなど。自動車規制などの対策はとられているものの、根本的な解決へはつながっていない。筆者も3年前からインドに滞在しているが、デリーではスモッグで5メートル先が見えない日もあり、大気汚染は年々悪化していると感じる。

デリーの大気汚染と渋滞問題(出典:Youth Ki Awaaz)
デリーの大気汚染と渋滞問題(出典:Youth Ki Awaaz)

 これまで大気汚染は北インド数都市における問題であったが、今後正しい対策が取られなければ、経済発展とともにインド全土へと広がり、被害は拡大していくだろうと思われる。

大気汚染問題に取り組むスタートアップ企業

 大気汚染による健康被害を防ぐための製品やサービスを提供するベンチャー企業が誕生している。

 以前ご紹介したサービスポータルアプリ「Helpchat」は、ユーザーの居住地域や職場周辺の大気汚染の危険度指標をユーザーに提供し、注意を喚起している。また、「Smart Air Filters」や「Kurin Systems」は空気洗浄機を、「OnMask Life Sciences」は高機能マスクを提供している。日本のダイキンやパナソニックも空気清浄機をインド市場に提供しており、販売台数は年々増加している。

 11月には、インドのモバイルウォレット最大手「Paytm」の創業者 Vijay Shekhar Sharma氏が、大気汚染問題の解決へ取り組むスタートアップ向けの約1.5億円ファンドを組成し、支援を開始すると発表した。Vijay氏は「私たちインド人はこれまで、大気汚染問題をあまり深刻な問題として扱ってきませんでした。しかし、これからは衣食住と同等に重要な問題と認識し、議論していかなければなりません」と話す。

 ただし、大気汚染状況モニタリングサービスや空気清浄機、高機能マスクは、大気汚染による健康被害を防ぐことに貢献しているが、大気汚染問題の根本的な解決へはつながらない。こうした中、持続可能なエネルギーによる交通手段を生み出すことで、大気汚染問題の解決を目指すスタートアップも生まれている。EVバイク開発会社「Ather Energy」だ。

インド発EVバイク開発会社「Ather Energy」とは

 Ather Energyは2013年にIIT(インド工科大学)出身のTarun Mehta氏とSwapnil Jain氏によって創業された。Tarun氏は在学中にスピード不足やバッテリ寿命の短さ、不十分なアフターケアにより、既存のEVスクーターの普及が遅れていることに気づいた。そこで2人は「Ather-S340」と名づけられた独自のEVバイク開発に取り組み始める。

共同創業者
左からAther Energyで製品開発責任者を務めるArun氏、共同創業者のSwapnil氏、Tarun氏(出典:YourStory)

 Ather-S340は軽いアルミニウムの車体にリチウムイオンバッテリとタッチスクリーン型のスマートダッシュボードを搭載し、最高速度時速75kmを目指す。ユーザーは自分の運転の傾向とGPSをもとに、現在の充電量でどれだけの距離を走れるかをスマートダッシュボード上で確認できる。1時間で最大90%という高速充電も可能で、ユーザーのEVバイク購入へのハードルを下げようと努力している。

 Ather Energyは、インド最大のECサイト「Flipkart」創業者のBinny Bansal氏とSachin Bansal氏、米国系PEファンドTiger Global Management、そして2016年11月にはインド最大手のバイク製造会社Hero Motocorpから2700万ドルを調達済みだ。Ather Energyが3年以上の時間をかけて開発しているAther-S340は、現在テスト段階にある。

Ather Energy開発中のAther-S340(出典:YourStory)
Ather Energy開発中のAther-S340(出典:YourStory)

 順調に見えるAther Energyだが、新しい市場を切り開く際には多くの問題が発生するだろう。EVバイクのデザインは既存のバイクのデザインとは別物になるため、過去のやり方を真似るだけでは、安全性の確保や部品調達などは難しい。しかし、Ather Energyのビジネス責任者 Ravneet氏は前向きにこう話す。

 「EV自動車は7、8年前のスマートフォンと似た状況にあります。一部の新しいモノ好きの人しか最初は購入しませんが、低価格化と商品の認知が進むにつれてメインストリームとなっていきます。自動車産業のEV化と、すべてのモノがインターネットに接続されるという2つの大きなトレンドにより、EV自動車市場が今後大きく成長していくことは確実でしょう」

 インド政府は2030年までにインド国内のすべての自動車をEV化するという政策目標を掲げている。この目標達成のためには、充電ポートの普及不足やEV自動車の初期コストの高さといった問題を解決していかなければならず、13億人の人口と多様な人種、言語、宗教を抱えるインドにとって、簡単な道のりではない。大気汚染という問題に対してインドの政府、企業、国民が一致団結し、持続可能な社会を成立させていくことに強く期待したい。

(編集協力:岡徳之)

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