スタートアップに知ってもらいたい、特許についての3つの大きな誤解

大谷 寛(弁理士)2016年05月31日 09時00分

 「特許を取るには時間もお金もかかるし、特に事業の立ち上げ期は防御している余裕もないと思う」

 あるエンジェル投資家から数年前に聞いた言葉がとても鮮明に記憶に残っています。見事にすべてが誤解なのですが、「こういうアドバイスが投資家から起業家にされているとしたら、スタートアップ支援をしていくのは大変だな」と当時不安になりました。

 誤解は3つ、(1)特許(特許出願・特許権)には時間がさほどかからず、(2)費用もVC投資を受ける企業であればさほど大きな額ではなく、(3)特許は防御ではありません。

特許(特許出願・特許権)にはさほど時間はかからない

 申請してから何年もかかってしまうのでは半年、1年といった時間軸で成長していくスタートアップにとっては意味がないという誤解があるようです。

 まず、「特許」という表現は「特許出願」を意図している場合と「特許権」を意図している場合があります。これらは大きく異なりますので、特許制度を活用する上で区別することが大切です(第1回)。

 特許出願の準備にかかる期間は、弁理士に依頼をしてから1カ月程度で十分。ミーティングの内容を踏まえて弁理士側で書類作成の大半を対応してくれる人に頼むことができれば、スタートアップ側での作業時間はミーティング数時間、それから作成された書類のレビュー数時間程度で済みます。

 特許出願後には、特許庁による審査を受けます(第2回)。


 ここで、どの程度の時間がかかるかを特許庁の統計資料で確認すると、2013年度末の実績として審査が開始されてから審査結果が通知されるまで10.4カ月です。また「早期審査」という制度があり、これを利用すると2012年度の実績として審査結果が通知されるまで1.9カ月です。スタートアップは基本的に従業員が300人を超えるまで、この制度をほぼ無料で利用可能です。

 審査結果に受けて、特許庁とのやりとりが発生することがほとんどのケースとなりますが、早期審査を利用すれば早くて半年以内に特許権を成立させることができるのが現状です。たとえば、アーリーステージでプロダクトのローンチに向けて開発を進めるのと並行して、特許出願をして審査を受けていくような状況を想定してみると、ローンチ後、数カ月で権利が成立するスケジュールとなります。これが遅いということはないでしょう。

特許(特許出願・特許権)にはさほどお金がかからない

 ここはケースバイケースの部分はあり、どこまでリソースを割いて出願書類を作成するかによって得られる特許権のクオリティが変わってくることは否めません。しかし、数百万円もかかるというのは誤解です。

 まだまだスタートアップに特許制度の利用が浸透していない日本の現状では、権利取得までざっくり100万円程度の予算で弁理士に依頼をしてもらえれば十分です(他方、米国では出願書類の作成まで<審査対応除く>で100万円を超えることも珍しくなく、割いているリソースが違うという現実はあります)。

 ここで、100万円を特許に使う価値があるか否かという疑問が当然湧きます。VCから数千万円、もしくは数億円のシリーズA投資を受けているスタートアップを例に考えてみると、調達した資金の1%前後を使う価値があるか否かということになります。

 10件も20件も出願する必要はないのですが、1件も特許出願すべき発明が見当たらないというのは、これまで数十社のスタートアップの話を聞いてきてほとんどありません。言い方を換えると、VCから調達を検討していたり、すでに調達ができているスタートアップで、(将来の)競合に対する優位性を高めている、特許出願を検討すべき発明が1つも生まれていない会社というのはむしろ少ないと言えます。


 100万円で競合優位性を高めるために取ることのできる手段、成長を加速するために押すことのできるボタンはそれほど多くありません。目の前にある「特許」のボタンを一度も押さないこと(少なくとも検討もしないこと)の合理的な説明は、少なくとも私には思いつきません。

 ただし、数百万円のシード投資を受けた段階だと、特許出願に見合う発明が生まれているか、もう少し開発が進むのを待つ必要がないかなど、判断はやや慎重になります。

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