どこまで似れば盗作なのか ~だってウサギなんだから - (page 2)

福井健策(弁護士・日本大学芸術学部 客員教授)2014年06月20日 11時00分

 なるほど、これは本質を突いた主張に見えます。ピーターラビットとミッフィーでは、同じ直立したウサギといっても大きな違いを感じさせますね。確かに、極限まで細部をそぎ落とし8つの色(=ブルーナカラー)のみで描いた造形は、ブルーナの代名詞です。そして、キャシーはその点でいえば、明らかにミッフィー的です。

 シロ派はオーソドックスに反論します。いや、それは「超単純化」というアイディアだろう。ブルーナはすごいと思うけど、アイディアを独占はできないはずだ。「さらに両者には、決定的な違いがある」とシロ派は続けます。見てみろ。ミッフィーには口があるけど鼻がない。キャシーには鼻があるけど口がない。その結果、表情が違うじゃないか。

 ……これ、どうでしょうか。ミッフィーファンの方、ここで何か言うことはありませんか?……そうです。よくある誤解ですね。ミッフィーのバッテンは単なる口ではありません。正確にいえば、鼻と口です。上の∨が鼻で、下の∧が口です。ほら、ウサギの口って、そうなってるじゃないですか。


 なるほど。そう言われてみると、確かに鼻と口に見えてきました。そして、そういう目で見てみると、ミッフィーの表情は随分違ったものになります。つまり、口元について言えば、意外と写実的なのです。さらに目が離れている点も、ウサギを正面から見たら、離れ気味ですよね。

 他方、キャシーはどうか。あれは明らかに鼻です。口はありません。そしてこの、「口や鼻なんて省略してもいいんだ。かわいければ」という思いきりこそが、サンリオキャラをして世界ブランドたらしめた最大の特徴ですね。この点を、果たしてブルーナの延長上と見るか相違点と見るか。勝敗を分ける最後のポイントかもしれません。

 いかがでしょうか。なんだか遊びのように見えたかもしれませんが、実は実際の著作権裁判でも多かれ少なかれ、こんな論争が繰り広げられます。そこでは「原告の特徴的な表現を被告がどれだけ借りたか」「共通点と思える特徴は既に先行作品にも見られる定石ではないのか」「アイディアが共通しているのに過ぎないのか」「相違点はどれだけあるか」といった点が争われます。

 例えば映画同士を比較するならば、ストーリーやキャラクターの造形、画面の構図や推移の類似点などが問題になります。恐らく、双方が数多くの類似点と相違点を挙げてぶつけ合うでしょう。

 ところが、今回のように比較的単純なデザインや短い作品同士を比較する場合、争点はだいぶ違ったものになります。なぜなら、全体がシンプルであるが故に、2頭身か1.5頭身か、口が省略されているか、服の形状が少し違うかといった、「わずかな相違」が時として決定的な差になるからです。

 だからといって、少し変えれば何でもOKとなってしまっては、「ミッキーマウスもどき」や「キティもどき」を防ぐことができない。このクロとシロを分けるバランスラインが特に難しいのが、単純な/短い作品同士の盗作論争ですね。そして、この種の論争はキャラブームの中で確実に増えている気がします。

 さて、裁判の落ちの話をしましょう。実は、この裁判が争われている最中に東日本大震災が起きました。その災禍に胸を痛めたブルーナ側がサンリオに、「お互いに無駄な争いをやめて、その分節約した弁護士費用を被災地に寄付しよう」と提案。サンリオもこれに乗って、めでたく裁判は和解で終了します。

 ……いい話ですね。当時も「粋な解決」なんて報道されました。もっとも実はこの和解に際してサンリオは、「キャシーの新製品を今後売らない」と表明しています。被災地支援でもきっちり言い分は通す。ミッフィーは意外と交渉上手だったかもしれませんね。

 次回は、もう少し「複雑」な作品同士の類似性を考えます。

 レビューテスト(6):○×テスト。作品が似ているかどうかを判断する上では、ありふれた要素やアイディアレベルでの類似点は除いて、両者を比較すべきである。正解は本文に!

 最後に宣伝を。筆者がシリーズ編者をつとめる「エンタテインメントと著作権」の5冊目・インターネット編が、CRIC(著作権情報センター)という日本の著作権研究の元締めみたいなところから出版されました。著者はほかに、ニワンゴ(ニコニコ動画)社長の杉本誠司さんや元文化庁著作権課の池村弁護士、若手ホープの増田弁護士と、なかなかワンオブ・ザ・ベスト布陣です。18歳にはちょっとだけ痛い価格ですが、噂によるとこの連載、それよりかなりご高齢の読者もいる由ですね(笑)。ひとり3冊大人買い、よろしくお願いします。

福井 健策(ふくい けんさく)

弁護士(日本・ニューヨーク州)/日本大学芸術学部 客員教授

1991年 東京大学法学部卒。1993年 弁護士登録。米国コロンビア大学法学修士課程修了(セゾン文化財団スカラシップ)など経て、現在、骨董通り法律事務所 代表パートナー。

著書に「著作権とは何か」「著作権の世紀」(共に集英社新書)、「エンタテインメントと著作権」全4巻(編者、CRIC)、「契約の教科書」(文春新書)、「『ネットの自由』vs. 著作権」(光文社新書)ほか。

専門は著作権法・芸術文化法。クライアントには各ジャンルのクリエイター、出版社、プロダクション、音楽レーベル、劇団など多数。

国会図書館審議会・文化庁ほか委員、「本の未来基金」ほか理事、think C世話人、東京芸術大学兼任講師などを務める。Twitter: @fukuikensaku

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