今年2月25日にWIRED16.03で公開された彼の記事「Free! Why $0.00 Is the Future of Business(現在「FREE」というタイトルで無料ビジネスなどをテーマにした次の本を2009年の発行に向けて準備中であり、この分類はその本の一部という)」では「無料がすべてを変える」として、過去現在のさまざまなケースを掲げている。
それぞれのケースをよく見てみると、Anderson氏が掲げる6つの分類の1つの項目だけで成立しているものはほとんどないことがわかる。むしろ、複数の項目を組み合わさなければ、整理していないし、その成長過程で異なる「フリービジネス」の要素を取り込むなどの工夫が必要だということがわかってくる。すなわち、フリービジネスといっても自由度は高いどころか、むしろかなり複雑で、その成立にはかなりの、そしてさまざまな資本投入が必要なことがわかってくる。
考えてみれば、現実の世界であっても直接僕たちが対価を支払うことなく利用できるサービスは多々ある。最も身近なものはテレビやラジオといった広告収入に支えられたメディアであり、昨今急速に成長してきたフリーペーパーも、その名のごとく「無料」だ。しかし、放送メディアは政府の政策に基づいて供与された免許によって成立しているし、フリーペーパーの多くは大資本に支えられるか、あるいは特定の地域など極めて明確なセグメントを対象にして成長をあまり期待しない、といった点で、インターネットにおけるフリービジネスの成立要件とは異なっている。
とはいえ、モデルとしては共通の部分も多い。提供者と消費者の相対では成立しにくい関係にもう1人を加え、トライアングルにすることで要件を満たすという点は同一だ(実は、同様にコンテンツ提供者にとってのメリット供与のトライアングルをつくるのがミソだ。このトライアングルを内部化されたMulti Sided Marketとしてとらえるとわかりやすいだろう)。多分に成立過程のコストの少なさ、初期投資の少なさなどが、物財や免許といった現実世界での成立条件を緩和しているに違いない。
また、ソーシャルメディアでフリービジネスが活用される傾向が強いのは、インターネットという新たなメディア・インフラがはじめて、ソーシャルメディアとフリービジネスが同時に成立する要件を満たしているからだろう。
現在ビジネスとして成功しているプレーヤーたちを振り返ってみても、スタート当初からある程度の期間を経たとき、極めて精密な収益化ツールを導入してはじめて収益を得ることが実現したケースが多い。それは、ネット広告の商品フォーマットであったり、あるいはクリックという何気ない利用者の行動を原資に第三者からの対価へと変換するメカニズムを開発するなど、無料で提供してきたサービスを「てこ」にしたフリーサービスを実装する努力無しでは成立しない。
いずれにしても、フリービジネスをデザインし実装するには、相対ではなくトライアングルを設計・実装できるスキルが求められる。特に、今回は言及できなかったが、欧米先進国と比べて広告やSPに対してマーケティングコストとして投入される金額が相対的に少ない日本では、特に目新しい商品やサービスであればなおさら、フリービジネスへ燃料を供給してくれる企業を説得するのは困難だろう。それでも、その成功を説得できるコミュニケーションスキルも必須となる。
Anderson氏が言うようにフリービジネスが「すべてを変える」のであるとしたら、今のうちからフリービジネスをデザインし、それを実現するスキルを明確化し、トレーニングする機会を設けることが、この国の新たな成長の糧になっていくのではないだろうか。
国際基督教大学(ICU)教養学部、同大学院(修士)、同助手を経て、米国ゴールデンゲート技術経営大学院(MBA:通信・メディア)およびニューヨーク大学大学院コミュニケーション研究Ph.D(博士)へ奨学生として留学。その後、早稲田大学大学院国際情報通信研究科に学ぶ。
NTT、Microsoftを経て、McKinsey & Companyに転ずる。同社を退職後、アニメ作品投資とプロデュース、メディア領域のコンサルティング、インタラクティブサービスの開発などを行う「コンテンツ・キャピタル・デザイン・カンパニー」株式会社シンクの代表取締役に就任。
また、政府系委員会、メディア・コンテンツ領域団体の委員や、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科・九州大学大学院芸術工学研究科などで教鞭を執る。
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