PowerPointとつまらないプレゼンを無関係にするには?

 PowerPointのスライドはプレゼンテーションをするときのビジュアルの“助け”として使われるべきではないかと思うが、SFCではグループワークのアウトプットの対象であったり、そのアウトプットを発表の際に表示させて発表者が台本として読んでしまったりといった、“助け”に留まらないポジションを獲得してしまっている。僕はこれをネガティブなニュアンスで受け止めているが、一方でPowerPointの使い方を考える上での示唆にもなっている。それでは他にどのような使われ方がありうるのか、ご紹介しよう。

 前回の記事では文字多すぎて発表者も聴衆もスライドの文字を読んでしまい、「音は映像を規定する」という佐藤雅彦先生が唱える“ルール”に反したシチュエーションが作り出されていることをご紹介した。そのくらいに、文字が出されると聴いている人は文字を追いかけてしまうし、(文字が豊富な)PowerPointがプレゼンテーションの場を先導してしまう。そこで考えた。PowerPointを活用して「文字が場を先導する」という性質を逆手に取れないだろうか。

 この方法は僕が思いついたわけではなく、一番身近なメディアで既に、しかも存分に実践されていることに気がついた。テレビの字幕がそれだ。ニュースではキャスターが今読み上げているニュース項目が表示されている。またバラエティ番組では、まるで外国語の映画のように喋る言葉やツッコミなどの、(おそらくは)笑いのポイントが強調されるように、その都度字幕が出てくる。これらはあくまで映像と音の“助け”であるが、ニュースの場合は途中から見ても何のことを話しているか分かるし、バラエティの場合は(自分の笑いのツボに合うか合わないかは別として)どこを笑って欲しいかを伝える役割を担っている。

 僕が大学1年生の時に受講した「言語と伝達」という授業でテレビの字幕について調べたことがある。同じ内容の映像で、字幕があるときと字幕がないときと比べるとで、視聴者の受け取る情報にどのくらい違いがあるか。さらに違う字幕を何パターンか入れてみて、それによって強く印象に残る内容が変わるかどうか。これらを調べる実験を行ってみた。このときに使った映像はその授業を担当していた先生の講義だったが、(こんなことを言うと失礼だが)あの講義に字幕がつくとどんなにわかりやすいことか、思い知らされる結果が出てきた。先生はその結果を苦笑いしながらも、割合満足げに受け取ってくれたのを覚えている。

 そんな気付きや経験から、PowerPointを講義や講演の字幕として使ってみてはどうか、という試みを何回か試してきた。できればデュアルディスプレイに対応したノートパソコンがあると都合がよい。プロジェクターなどに映し出される側のディスプレイには、PowerPointの画面のスライドプレビューが画面いっぱいなるように広げておく。そして手元の画面にはそのスライドプレビューから外れたアウトライン表示がはみ出てくるようにセットする。すると手元の画面でスライドのテキストを編集すると、プロジェクターにはPowerPointのスライドがその場でテキスト入力がなされていく様子だけが映る。

 この方法を授業のゲストとして招いた糸井重里さんの講演の時に試してみた。講演の進行に合わせて今何を喋っているか、あるいは話の中で出てきた作品のパッケージや表紙、テーマとなるキーワードや語句の簡単な説明などをリアルタイムで挟んでいった。糸井さんは話が上手く面白かったため、講演中はほとんど助けを必要としなかったが、最後の質問コーナーの時に威力を発揮した。学生の質問内容とそれに対する答えのやりとりをその場で画面に表示させる。他の学生からは、質疑応答の内容を共有するのにわかりやすいという意見を多くもらったし、時には糸井さんも画面を見て「質問内容なんだっけ」と確認していたくらいだ。そして出来上がったPowerPointのファイルは、まさに講演のキーワードを切り取ったのログそのものなので、後からこのPowerPointのファイルを読み返してみると大まかな話の流れが分かるし、質疑応答の様子もありありとよみがえってくる。

 しかしこの作業には、素早くミスの少ないタイピングが要求される上、講演中の60分から90分は一瞬たりとも話から耳をそらすことはできない。これは高いハードルのように感じられるが、複数のチャットウインドウで同時に走る会話に遅れずについて行くという、タイピングの訓練のようなことをしているSFCの学生のことだ。タイピングのクオリティに関しては無理な話というわけではないだろう。さらにチャットの裏ではウェブブラウザを開いて、時にはチャットに出てきた分からない単語を調べたりしているから、このリアルタイムで字幕を出す作業は夜な夜なのチャットとほぼ同じことだと言える。ただミスタイプでもしようものなら、後援者の話と全く関係なく笑いが起きたりもするのだが。

 ところでプレゼンテーションでは文字の多さが目立つ、ということはこれまで言ってきた通りだが、一方でPowerPointは日常的なビジュアルを伝える手段にもなっている。ビジュアルを作ったり共有したりするとき、僕の場合パッと思い浮かぶソフトはIllustratorだったりPhotoshopだったりする。これらのソフトは学校備え付けのコンピュータには入っているし、アカデミック価格で購入することができるので購入する学生もいる。しかしSFCの学生が持っている大多数のノートパソコンにはインストールされていないし、日常的に触ろうとしない。「お尻が重い」ならぬ「マウスポインタが重い」と言ったところだろうか。PowerPointの図形描画機能と同様の機能はWordやExcelなどの他のOfficeソフトにも搭載されているはずだが、簡単な図を作るときは決まってPowerPointのファイルで流通している。

 さらにPowerPointをアイディアプロセッサとして活用することもできる。PowerPointにはアウトライン表示をする機能がある。これはスライド単位ではなく、文字列にインデントをつけてツリー状に表示させる機能。一番上位レベルがスライドタイトルにあたる。まず一番上位のレベルで思いつくことを箇条書きの要領で列挙していく。そしてその項目をマウスで移動したり、さらに項目を追加したりしながら分類していく。この作業が一通り終わると、バラバラの箇条書きだったものが分類されているし、しかもPowerPointのスライド単位でまとめられているのだ。

 あるいは例えば「ケータイの良いと思う場面」を10個箇条書きにして、1つずつ「それはなぜか?」を階層付けて掘り下げていく。すると要素還元していく作業の役に立つ。PowerPointでアイディアをひねるときに面白いのは、分類したり掘り下げられたりしたアイディアが既にカードにまとめられている点だ。これらをプリントアウトしたり映し出すだけでも、十分にアイディアを練り直したり共有することができる。それを見越して全員がPowerPoint入りのノートPCを持ってブレインストーミングに望み、自分のアイディアを手元のPowerPointにメモしてから発言すると、その場の創発力やミーティング後のさらなるアイディア発想に大いに役立つのではないだろうか。

 冒頭で「プレゼンテーションの“助け”に留まらないポジションを獲得してしまっている」と書いたが、ビジュアル共有の手段やアイディアプロセッサとしての活用など、ただ単にグループワークを分担するだけではない使い方をすれば、「グループワークとPowerPointと退屈な発表」は無関係になる日が来るかもしれない。

CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)

-PR-企画特集

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]