Linuxで創るソニーの次世代プラットフォーム

インタビュー:末松千尋(京都大学経済学部助教授)
構成/文:野田幾子、編集:山岸広太郎(CNET Japan編集部)
2003年10月31日 10時15分

長年のライバル関係にある松下電器産業と手を組み、CE Linuxフォーラムを設立したソニー。今回は、社内全体の共通技術を提供する役割を担うソニー プラットフォームテクノロジーセンターの堀氏に、今後のプラットフォーム戦略や課題について話を聞いた。なお堀氏は、本連載の第1回目にご登場いただいた松下電器産業の南方氏と一緒に、CE Linuxの共同開発を行なっている。


ソニー
プラットフォームテクノロジーセンター デピュティプレジデント
堀昌夫 氏

1981年、ソニー入社。Unixワークステーション「NEWS」や業務用コンピュータの開発に携わる。1996年にITカンパニーでVAIOデスクトップコンピュータ部長、1997年にIT研究所でコンピュータシステムラボ 統括部長を歴任。その後、現在所属するプラットフォームテクノロジーセンターの前身であるネットワーク&ソフトウェアテクノロジーセンターで、デジタル家電機器の開発を牽引、現在に至る。




世界共通で使えるOSの採用と育成

末松: ソニーの家電にLinuxを、という意識が高まった背景はどんなものだったのでしょうか。

: 家電そのものの進化、特に、他機との連携が必須であるネットワーク機能の追加により、これまで作ってきた単機能の製品では考えられなかったOSの問題が持ち上がってきました。通常、機器と機器との連携には共通のミドルウェアやアプリケーションを作る作業が必要なのですが、OSが異なる機器の連携は非常に手間がかかって効率も悪かったし、だんだんうまくいかなくなってきていたのです。

 そういったこともあり、機能が高くてソニー共通の製品で使え、且つそれが世の中の流れに乗って進歩していくOSを探そう、という動きになりました。ソニーには様々なジャンルの製品がありますから、我々自身の手でそれぞれの商品に移植/最適化しやすいものがいいだろうと。そして、Linuxがひとつのチョイスだという判断に至ったのです。すべての商品にLinuxを載せるというわけにはいかないでしょうが、最大公約数的にカバーできるだろうという判断からLinuxを選び、推進してきました。

末松: その判断が、長年のライバルであった松下電器産業との歴史的な連合、ひいてはCE Linuxフォーラム(以下、CELF)と、よりオープンな方向へ発展していったわけですね。CELFには国内主要メーカーである日立やNECのほか、IBMやRoyal Philips Electronics、サムソンなどの海外メーカーも参加していますが、これはグローバルスタンダードへの活動であることの表れでしょうか。

: ええ、全世界の人たちによって開発が進められているオープンなLinuxを国内メーカーだけで開発するというクローズな発想では、失敗が目に見えていましたから。また、当社にとっても、ソフトウェア開発の拠点が世界に拡がっている今、Linuxを世界共通で使えるOSとして育てていきたいという思いを強く持っています。

共通プラットフォームで増大する製品開発の柔軟性

末松: これまでの日本企業は、自社内ですべての機能をまかなう『自前主義』が強かった。特にソニーは、その傾向が強いというイメージがありますが、それは常に新しいモノや新機軸を生み出し、それをすごいスピードで製品へ反映させるために、コミュニケーションレベルの高い自社グループ内でサッと作って市場に出すという戦略だったからですよね。Linuxを共通プラットフォームにしたことは、そういうクローズなやり方に転換が起きつつあるということでしょうか。

: そうですね、家電に求められる機能のレベルが高くなってきましたし、OSもカーネルだけではなく、周りの開発ツールやミドルウェア、ありとあらゆる種類のCPUに対応することが求められている。しかも毎年さらに質の高いモノを作り続けなくてはならない。これは1社ではやりきれないだろう、という気持ちはありました。

末松: ソニーの中で比較的オープンな市場でモノ作りを進めてきたという先例として、VAIOの存在があります。マイクロソフトのOSやインテルのCPUを搭載するといった、他ジャンルに比べてオープンな世界でのモノ作りは、ソニーの方向性として正しいのかという議論が社内で交わされたり、反対する人もいらしたのではないかと想像するのですが。

: 正直言って、利益という点では大変苦労しています。ただしPCは、ソニーの全体戦略である「インターネットとユーザーをつなぐ4つのゲートウェイ(『テレビ』『プレイステーション』『VAIO(PC)』『モバイル』)」の、ひとつの柱として位置づけられている。従ってビジネスとしては苦しくても、戦略的にはとても重要なのです。

 PC産業にソニーが参入した当時、私はVAIOの担当をしていましたが、確かに相当な議論が交わされました。なぜソニーが、ただのPCを作らなくてはならないのか。他社の技術を使った製品で利益を上げられるのかと。

 でも我々は、「いまPCをきちんとやっておかないと、これから家電がデジタル化していくときにPCの技術を盛り込んだものが作れなくなってしまう」と主張したんです。PCと家電、両方をやって初めて全体としての戦略が立てられるのではないか。だから苦しいけれどもやっていこう。ただし、ソニーが作るべきPCはただの業務用ではない、「AV」で特徴を出すのだ──と。

末松: PCをやって理解していたから、現在のデジタル家電の戦略を描けた、ということですね。

: その通りです。PCにしても家電にしても、最終的には機器の使いやすさや格好よさ、それがブランドイメージにつながると考えています。PCを製造していたという条件では他社と同じでも、マイクロソフトから買ったOSやアプリケーションだけで安いPCを出せばいいやという発想でやっていたとしたら、家電で流用できるノウハウは何も身に付かなかったでしょう。VAIOがAV機能で先を走り続けていけたのも、Windowsというベースを使ってその上に特徴を出そうと決めたから、どんどん新しい機能を追加できたんです。家電も差別化するべきところに注力できるのはPCと同じパターンですよね。Windowsの上にいろんな独自機能を付加している部隊も我々の中にはいるわけで、そういう成果も家電で利用できる。

 特に家電は機能が増えると使いにくくなるものなので、アプリケーションレベルを含めて、いかに使いやすさを出すかが勝負です。その機能が使いやすい、とユーザーに認められれば、同じ機能を他の製品に実装することもできますし。

末松: そういう意味では、CELFはソニーに一番メリットがあるのではないですか? ソニーが最も得意とする、製品の使いやすさや楽しさを広げる、といった差別化に注力できるわけですから。

: 確かにそうですね。差別化にならない基本機能を用意して成長させていくところはLinuxにまかせて、その上でバリューをしっかり提供していこうと思います。

成功事例が導くLinuxの社内認知性

末松: 効率性を高めるために、ソニー社内でのプラットフォームを統一したいということはありますか。

: それはあります。プラットフォームがひとつになれば、ソニー内部での製品作りがさらに楽になりますから。

末松: さきほど機能の再利用についてお話しされましたが、堀さんのプラットフォーム テクノロジーセンター(以下、PTC)は、社内のプラットフォームを整備すると同時にモジュールの再利用を推進する役割も兼ね備えていると。

: そうです。我々自身もそういうモジュールを提供していますし、ある事業部で作ったものは他事業部でも使えるようになっています。具体的な事例を挙げるのは難しいのですが、細かいところではいくつか利用されていますよ。

末松: プラットフォームをまとめれば効率もよくなるけれど、情報の共有という面からも重要ですよね。社内でひとつのプラットフォームを作ることに日本の企業では混乱が起こっていましたし、それができなかったことが競争力の低下へつながっている要因のひとつではないか、と私は考えています。欧米企業なども、そういった長い混乱の歴史を経て、プラットフォームを統一しようという動きになりましたし。

: 確かに各事業部側は、ソニー全体のプラットフォームを考えるよりも、自分たちの商品に最適なソリューションを用意したいわけです。結果、全体を眺めると不整合が起きたり効率が悪くなったりということが発生しますから、それらをどう調整していくかが今後の課題ですね。

 実は、PTCは、社内全体の共通技術を提供しろ、という命を受けて作った部署なんです。私自身もそうですが、もともとUnixワークステーションの「NEWS」に携わっていたような、Linux関連に強い人間が集まってLinux推進のために動いているんです。おかげでLinuxに関しては、PTCが推進するものに乗ってみようか、と思う事業部が増えているようです。

末松: それが成功事例となって、各事業部が協調するプラットフォームが整備されていくこともありえるのでは? 例えば営業や研究開発活動を一緒に行ったり、顧客データベースを共用することもあり得る。そうなったら、全体としてのパワーも高まりますね。

: そうなったらすごいですよね。お話いただいたのはかなり上のレイヤーの話ですが、逆に下のレイヤーでは「OSが同じであれば、ハードも、同じチップを使うなどして共通化できるのではないか」という動きも出てきてるんです。これまではOSが違うという以前にハードが個別最適化されていたので、それぞれのOS、ミドルウェア、アプリケーションと垂直統合で各製品ごとにやってましたから。

末松: そういった個別最適の弊害に疲弊しているところへ、Linuxのような成功事例がポンと出てくると、「ずいぶん効果があるものだ」と注目されるでしょう。

: ええ。実際、ハードディスクレコーダ「CoCoon」もLinuxを搭載していますが、我々PTCの者が助けたから、だいぶ楽にこういったネットワーク機器ができたのだと、事業部側も実感していると思うのです。これが、例えばTronを使った上での問題なら、事業部自身で解決するしかありません。もちろんLinuxにしたからすぐに問題が解決するわけではありませんが、Linuxならある程度知っている人がサポートできるので、事業部は商品としての競争力を持たせるところに力を入れられるようになるわけですね。

末松: 最終的にLinuxを採用するかどうかは各事業部の意思決定によるとは思いますが、ソニーではLinuxがどういったセグメントにまで拡がっていくというお考えですか。携帯電話や、AIBOにも搭載されるのでしょうか。

: それは事業部次第なので何とも言えませんが、技術的にはかなり小さいモバイル機器にも対応できるようになっています。Linux搭載機を商品としてヒットさせ、成功事例を作ることが社内普及へのカギとなるでしょう。ネットワーク機能の入った家電は現時点で爆発的に売れているわけではありませんが、ブロードバンドが普及してインフラが整ってからが勝負のしどころです。

末松: ひとつひとつ成功事例を提示することで、Linuxへの求心力をソニーの社内外へと発揮し続けていただきたい。これからもソニーの製品から目が離せませんね。

インタビューを終えて

 ユビキタス社会においては、何でもがネットワークにつながるという側面が強調されているが、実は、どれもがネットワークにつながれば、機能はネットワーク上の任意の場所に存在することができるので、画期的な製品が開発される潜在性が大きい。

 さらに、ソニーのような様々な製品事業部を持つ企業が、ネットワーク機能の強い組み込みOSという横串で貫通され、事業部間の連携が製品開発のレベルにまで進展すると、これまでは考えもつかなかった製品が次々と登場してくる可能性がある。例えば、家電と携帯とロボットとPDAとインターネットをリシャッフルして、打出の小槌を使えば、何が飛び出てくるのだろうか。実に楽しみである。その市場規模も大変なものとなろう。ウォークマン以来、華々しいヒットが出ていないとも言われるソニーだが、Linuxにより以前の輝きをとりもどすことを期待したい。

2003年10月31日 末松千尋

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