この国を憂うのは尚早か--2007年を振り返る - (page 2)

 遺伝子をあたかも意志をもった存在のように扱い、僕たち生物はその乗り物でしかないという「セルフィッシュ・ジーン(利己的な遺伝子)」という社会生物学的な発想に立てば、僕たちがウェブを創り出し活用しているというのは幻想で、せいぜいウェブと共生している、あるいはウェブの進化を実現するための手段という存在として捉えることができるのだ。

 僕たちはビジネスという主体的な発想の下、ウェブをより広い領域に適用しようとしている。が、実際には事業として必ずしも収益が実現しないものも多い。そんな現実にもかかわらず、新たなウェブ上でのサービスは生まれ続け、よりそれらの洗練性を高め、更なるユーザーを獲得し、その満足を与えることに大きな努力を傾けるようになっている。

 この現実は、「サービスそのものが生み出す対価ではなく、そのビークル(器)である企業を売却することで得られる益をもって代替とする」ということで正当化されている。ただし、その成功確率は(特に日本では)決して高くはない。すなわち、ビジネスという理由付けは必ずしも成立せず、僕たちの行いはウェブの系(システム)としての発展に寄与しているだけではないか。

 こういった妄想じみた発想までいかなくとも、これまでのように「テクノロジーとユーザーは対峙する独立の存在である」と考えるのではなく、「ウェブはユーザーとこれまで以上に相互にフィードバックしあう系である」と考えるべきだろう。このことが通常のイノベーションとは異なる性格をウェブに与え、社会がその存在を受け入れることを困難にしている可能性が高い。

過剰な慣性という反作用

 もしかすると、それはウェブだけではなく、デジタルという技術のインパクトそのものが理由になっているのかもしれない。それは、デジタルというテクノロジーに固有のものから生じる可能性もあるが、それ以上にきわめて急速にかつ広範囲に社会の在り方を問うものだからではないか。その中でもウェブは、社会そのものとの相互作用が大きい点で顕在的なのだろう。

 たとえば、放送の在り方(IP網における同時再送信に関する議論とその背景にある県域免許制度など既存の放送の制度)や、通信免許の付与プロセス(2.5GHz帯を用いた次世代高速無線通信免許やMVNO(他社から通信回線を借り受けて通信サービスを提供する事業者))、著作権の理解(違法流通コンテンツのダウンロードへの罰則適用やネットワーク技術の根幹部分との不整合)、利用者の保護(携帯電話のフィルタリング対象の適用範囲など)といった行政的な課題を挙げるだけでも、枚挙にいとまがない。

 これらのほとんどは、これまで適用されている制度とは異なる次元で本来議論されるべきもの=制度を構築するフレームワークそのものの変更を伴うものであるにもかかわらず、従来通りのカテゴリや慣習が適用されているために生じている問題と考えられるだろう。

 よく僕は、日本のコンテンツ産業の特色を示すコンセプト・チャートとして、下記のようなものを使う。

日本のコンテンツ産業と欧米のコンテンツ産業

 強固な制度や行動様式が確立されている日本のメディアやコンテンツ産業では、一定の様式(フォーマット)においてきわめて高い表現内容(コンテンツ)が生まれてくるが、それはその様式の範疇において成立することしかできない。一方、欧米の産業では、表現様式そのものが常に変化を求めており、コンテンツは多様性を持つことが重要とされるといった説明をしている(容器の底の部分の形状もネタの一つだが、今回は言及しない)。

 どうやら、社会の変化に対する状況にも全く同じチャートを使って説明ができそうだ。何らかの理由で変化が生じた(ウェブなど)ため本質的な器の変更が必要にもかかわらず、以前としてその器を使いたがる傾向が強いがために、変化を受けいれることができないという、過剰な慣性があまりに強いのだ。

 このことは、何もテクノロジーに関連した領域ばかりで起こっているわけではない。金融や企業、そして労働の在り方に関しても過剰な制約を課す傾向は強まっている。例えば、本来リスクマネーが流れ込むベンチャー領域では、その成長の過程でハイリスク領域であるがために公開会社以上の情報整備や開示が求められるなど、本末転倒な様相が随所で見られるようになっている。これも、安心・安全や消費者保護、あるいは弱者救済といった、誰もが容易にNOとはいえない課題に対して、当事者の責任意識や認識を高めるのではなく、社会全体のレベルを上げることを前提とする慣性が強いがために起こっている矛盾ではないか(これらは、一種、製造業で獲得された成功体験とその産業構造下で熟成された感性として、「製造業メンタリティ」と僕が揶揄するところだ。とはいえ、それは過剰な慣性としてのものであり、製造業が達成した素晴らしい状況そのものを決して否定するものではない)。

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