アップルのiTV登場に思うこと

 楽曲ダウンロードで先鞭をつけたApple Computerがついに映画配信サービスを開始した。米国ではブロードバンド環境が貧弱にもかかわらず、そうそうたるプレーヤーが、映画などハイクオリティ映像配信に躍起になっている。が、一方でブロードバンド大国である日本では映像配信は極めて貧弱な状況が続いている。共通点は「リビングルームを目指せ」なのだが・・・。

iTVでリビングルームへリーチするApple

 9月12日(米国時間)、AppleはiTunes Storeでの映画販売と2007年初めのiTV発売によってリビングルーム侵攻を宣言した。とはいえ、すでにCNETの記事やコラム(例えば、CNET坂和さんの「アップル「iTV」発表への7つの疑問」など)でも多く指摘されているように、Appleの映像コンテンツ配信サービスのサービスレベルは、ブロードバンドとは言えども「ダウンロードに30分かかる」米国向けであり、ブロードバンド環境の整った日本などでは疑問がある仕様になっていることは間違いない。

 正直、新iPodについては、日頃から外出時に携帯音楽プレーヤーを必須としないタイプであり個人的にはあまり興味がないこともあって、妥当な進化が施されたという程度にしか認識していない。ただ、今回からより映像視聴を意識した仕様になっている点は興味深い。

 とはいえ、依然として機器的性能での限界に由来する映像コンテンツの早送りなどは、絶望的なスピードに違いない。きっと、メタキャストが提案しているような「TAGIRI」を用いて、まずは映像コンテンツとは別にボランティアが作成するであろうシーンシークエンスデータを入手し、H.264へのフォーマット変換と同時にシーン別にタグ付けを行い、タグ検索で見たいシーンに到達、というプロセスを経なければ、早送りや巻き戻しといったトリックプレーを伴う視聴は困難ではないか。

 そもそも、2003年4月に開始されたiTunes Storeは、音楽に特化すると宣言してきたわけではない。実際、米国では2005年5月からビデオコーナーが設けられテレビ番組を販売してきたし、日本でも映像コンテンツの販売こそされてはいないものの楽曲とコミックのコラボレーション「シネステージア:shinzou.jpTHINKからもアニメとウェブの新進気鋭のプロデューサーたちが参加している)」をトップページでフューチャーするなど新しい表現形態に対して積極的だ。だから、密接な関係があるDisneyグループが参画するだけだといっても、映画コンテンツの配信の開始はごく自然と捉える向きは多い。

 米国での映像コンテンツ配信サービスの動向を見てみると、8月末にはAOL Videoで、そしてAmazon.comも9月8日に開始した「Unbox」でと、立て続けに米国では映画コンテンツのオンライン販売サービスの開始が発表されている(ともにサービス利用可能地域は米国内のみ)。先行する大手スタジオが関係する配信サービス「CinemaNow」や「Movielink」に加えて、これらインターネットのメジャープレーヤーが続々参入している。

 配信サービス参入へ堰を切ったような流れを受けて、2005年1月のMac mini発売時点で想定され得たものではあるものの、Macからの映像コンテンツデータをワイヤレスで受け取り、HDクオリティのデジタルテレビにデジタル出力できるiTVの発表は意味深いものになりうるだろう。iTVは来年春の発売予定だが、その時期までにはソニー・コンピュータエンタテインメントのPLAYSTATION 3(日本では11月11日、米国では11月17日、欧州など他地域では2007年3月中)や任天堂Wii(米国で11月17日に先行販売を開始し、日本国内12月2日、地域はそれ以降順次発売予定)、TVチューナーボード装備PCにも対応し先に発売されているHDゲーム端末Xbox 360との連携も可能なWindows Vista(1月末)など、リビングルームの大型薄型ディスプレイへのリーチを重視した製品の発売が続くことになるからだ。

日本とのギャップは広がるばかり

 振り返ってわが国では、インターネット上の映像配信といってもアダルトやアニメなどのコンテンツが提供されるにとどまっており、一部のハリウッドコンテンツを除き全滅といってもいい状態にあるといってもいいだろう。実現しない理由も、権利処理の複雑さなどといわれているが、本当にそれがボトルネックかどうかは明確には言い難いのが現実だ(テクニカルにいえば、やろうと思えば権利処理に関する時限的な特別法を制定するといった荒業すらあるはずだ)。すなわち、豊富にコンテンツが存在するにも関わらず、それらは自由な利用が制限されているのだ。しかも矛盾することに、インフラは世界最先端レベルであり、そして新たにぞくぞくとテレビ周辺機器が導入されているのだ。このような状況は結果的に経済的な退行を生じかねない状態に突入するのではないか。

 そんな状況を打ち破るために2005年から2006年にかけて、「放送通信の融合」というお題目の下、政策を巡る議論がなされたことは記憶に新しい。特に、日本の映像コンテンツとしては圧倒的な存在感を示すテレビ番組のインターネットでの流通を実現しようという試みは、結局、地上デジタル放送のIPネットワーク上での放送と同範囲に限定された同時再送信のみを実現すると言及されたにとどまった。そのため、それまで構造的な変化が起こらないのと同じ理由から、実質的に地上アナログ放送の停波が訪れる2011年7月24日までは大胆な変化は生じない、一種の脳死状態に陥ることになった。

  もちろん、これまでの議論がすべて無駄だったとは思わない。例えば、放送コンテンツの外部調達促進やマスメディア集中排除原則緩和、そしてそれらを前提とする新たな法体系の整備など、確実に歩んでいるところもあるだろう。しかし、すでに現実はその動きをとうに追い越し、相対的にそのスピードで移動している米国などのメディア、コンテンツ、ネットプレーヤーに置いてきぼりを食らい、日本という大量の豊かな消費者からなる「ガラパゴス諸島」=忘れられた島国となってしまわないか。そして、外部からの侵襲には極めて脆弱な体質に陥ってしまわないかという点を、危惧するのだ。

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